俺じゃないみたい


予想通りの反応をする友人に生温かい笑みを送りながら、その様子に戸惑いながらも必死に受け入れようとする彼女になんだか笑えた。彼女の手を握り素晴らしい!と興奮する菊は最早少し怖い、と思う。


「これはですね、俗に言うトリップという現象だと思うのですよ」
「はあ…トリップ、ですか?」
「ええ!これはもう本当に誰もが夢見ることでしてね!我が国にはそういう体験を夢見ている人たちがたくさんいるのです!」
「そう、ですか」
「いやー!貴女が羨ましいですね!で、どうです?実際トリップしてみた感想は?」
「えと、やっぱりこれ、トリップなんですか?そうじゃないかなーとは思ったんですが、私にはなんていうか、場違いな気がするんですが…」
「ようは慣れですよ!慣れ!現に貴方は不思議な体験をしているじゃないですか!」
「え!」
「通じなかったはずの言葉がパスタを食べると通じるようになったのでしょう?それはいわゆる特異体質設定ですね!」
「設定?あの、菊さん…本当によくわからなくなってきたのですが…」
「そうだよ菊。あんまり一気に言うと困惑しちゃうよー!」


だんだん彼女が可哀相になってきたので助け舟を入れると、菊も自分が興奮していたことに気付いたのか、慌てて彼女の手を離して謝りだした。うん。なんかちょっとほっとした。ずっと菊が彼女の手を握ってるのが気になってしょうがなかったんだよね。


「でも私、なんで菊さんとは普通に話せるんでしょう?」
「それは私も名前さんも日本人だからでしょう。そうだ。試しにあの方をここへ呼んでみては?」
「あの方?」
「フェリシアーノくん。ちょっと」


そう言って立ち上がった菊に呼ばれた俺は、不安そうに見上げてくる彼女にごめんね、と言ってから席を外す。少し離れた場所で話す俺たちは彼女に聞こえないよう小声で会話を交わす。


「ドイツさんを呼んでください」
「え?なんで?」
「私の予想だと名前さんはきっとドイツさんと会話は出来ません。っていうか私とフェリシアーノくんたち以外とは話せないでしょう」
「え!そうなの?!」
「言いきれませんが、そんな気がするのです」
「でもドイツを呼んでどうするの?」
「それはですね…パスタを食べるんですよ!」
「ヴェー、なんでぇー?」
「物は試しです。だから早くあなたはドイツさんに連絡を取ってください。その間私は名前さんから聞けるだけ情報を聞き出しますので」
「………」
「なにか?」
「うーん…心なしか菊の顔が凄い楽しそうな気がするんだけどー」
「ええ!楽しいです!」
「(言い切った―!いっそ清々しいー!)」


では!と張り切って行こうとする菊の腕を掴んでちょっと待って、と言えば、少し怪訝な顔をされた。早く離してくれと言わんばかりの顔で。ヴェー…。


「ナマエのこと、傷つけちゃ駄目だからね?」


へらりと笑って、けれど真剣にそう伝えると、菊は少し驚いた顔をしていた。だけどすぐにいつもの優しい笑顔になって。


「わかっています。トリップしたとしても日本人ならば私の子です。無理はさせませんし傷つけるなんてもってのほかです。それに、女の子には優しくでしょう?貴方と過ごしていればいやというほど身に付きますよ」


女性を大切に扱うのは私の国も同じですから、と菊は言った。違う。そうじゃなくて。俺はそういう意味で言ったんじゃなくて。


「(あれ?じゃあどういう意味で言ったんだっけ?)」


お待たせしました、と彼女に笑いかけて隣に座る菊の背中をしばらく見つめていた。ああそうだ。ドイツに電話しなくちゃ。

遠くで二人の話し声を聞きながら、俺はドイツに電話をかける。第一声が「助けてー」じゃない呼び出しは、随分久しぶりな気がした。

俺、変だ。なんでかわからないけど、胸の奥がうずうず?むずむず?もやもや?言葉に表すには難しい感情がある。やっぱり変。こんなの俺じゃないみたいだ。

やっぱりドイツへの電話、助けてのほうがいいかもしれない。

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