なんともいえない気持ち


イタリアから電話をもらって来てみると、そこには見知った顔と見知らぬ顔があった。きょとん、とこちらを向く少女はイタリアが連れてきたのだろうか?

それにしては日本とよく似ている。日本の連れだとしても今まで会ったことのない子だと思った。とりあえずまずは挨拶が先だ、と俺は簡単に自己紹介をした。


「初めまして、だな。ルートヴィッヒだ。君は?」


言うと同時にすっと差し出した右手。もちろんそれを握り返し向こうも名前を言うだろうと予想していた俺の右手は今も宙を浮かんでいた。


「?」


何かまずいこと言っただろうか…。何も反応をしめさない少女に若干困惑しながら、少女の両隣りにいる二人に視線を向けた。イタリアは少し不思議そうに少女を見て、俺と目が合うと困ったように笑った。いや、実際困ってるのは俺のほうなんだが…。

日本は日本で何かを考えるように顎に手をつけていて。一言「やはり」と言った。いやだから、やはりとかじゃなくて。

俺のこの右手はどうしたらいいんだ!ひっこめたらいいのか?!いや、それだとなんか恥ずかしいだろう!むしろ今のこの状況もたいがい恥ずかしいのだがここで引いては負けた気がする。

そうだ。これは訓練だ。そう思えば羞恥などなんてことない。少し浮かせている右手がぷるぷるしてきたがこれは訓練なんだ。この高さを維持し、相手が握り返してくれるのを待つという過酷な訓練だと思えば!

だがやはり少しの羞恥が残るので早くしてほしいのはやまやまなんだが…。


「ヴェー、やっぱりわからないんじゃない?」
「?、何がだ?」
「名前さん。この方が先程言った意味、わかりますか?」
「えと…よろしくとかそんなんですか?」
「あれ?わかるの?」
「いえ…でも、この手は握手するために差し出されたんですよね?だから、そうかなって…」
「そうそう。握手だよ〜!こうやって、ほら、ぴったり!」


俺が今まで差し出していた右手はようやく握り返された。少女じゃなくイタリアに。


「なんでお前が握るんだ!離せ!」
「ヴェー!俺が握っちゃ駄目だったー?」
「駄目ではないが、お前とするために差し出したのではない」
「だってー差し出したまま放置ってなんか右手が可哀相でさー。ひっこめてよかったのに」
「な!そんな簡単に「そんなことよりもお二人。パスタを食べましょう!」


あれほど悩んで羞恥に耐えていた俺に簡単にひっこめたら?と言うイタリアに、そんなことで片づける日本に、俺は心底泣きたくなった。なんでこんな思いまでしてパスタなんか!

やるせない気持ちのままふと少女を見ると、ばっちり目が合ってしまった。イタリアならここでふにゃふにゃと笑って、日本なら優しく声をかけるのだろうけど、生憎俺はそんな気の利いた性格ではない。

どうしようか悩みつつも視線を外せないでいると、少女が笑った。ふにゃりとも優しくとも違う、眉毛を少し下げたへにゃっとした笑いだった。少し、ほんの少しだけ、なんともいえない気持ちになった。

そういえば俺はまだ少女の名前を聞いていない。イタリアたちがナマエとかなんとか呼んでいたが、それが少女の名前なのだろうか?


「というか何故パスタなんだ」
「いいからいいから!」
「パスタだけなのもあれなので、何か他のも作りましょう。わざわざルートさんに来てもらっているので、ここは一つ定番のドイツ料理でもお願いします」
「あ!それいいね!ナマエもパスタばっかりだったら飽きるだろうから!」
「まぁそう言うなら作らないこともないが…」


じゃがいもとヴルストで簡単な料理を作り、イタリアが作ったパスタと一緒にテーブルへと運んだ。その間日本と話をしていた少女が料理の匂いにつられてとてとてと現れた。テーブルを見て顔を輝かせる様子にまたもなんともいえない気持ちになった。


「さ!食べよう!」
「そうですね。いただきましょう!」
「そうだな」


それぞれ椅子に座り食べ始める。ふむ、いつもながらにイタリアの作るパスタは美味いな。そう感心していると、ふとイタリアと日本が食べずに少女を見ていることに気付いた。


「?、どうかしたのか?」
「あ。いえ。お構いなく」
「どう?パスタ美味しい?」


少女がパスタを食べ、それを飲み込んでから笑った。美味しいです、そう言ったのだろう。それを見てイタリアと日本が顔を合わせ軽く頷いた。


「紹介が遅れました。名前さん、このかたは私たちの友人で…」
「?」
「ほら。名前だよ名前!言ってみて?」
「あ、ああ。ルートヴィッヒだ。よろしくな」

今度は手を出さなかった。代わりに出来るだけ優しく笑うと、少女はまたきょとんとした。なんだ。何かまずいこと言ったのか?!


「名前さん?」
「えと…なんて言ったんでしょう?」
「あれ?わからなかった?」
「はい…何語ですか?」
「ドイツ語です」
「へぇ!ドイツ!全然わかんないや!」
「おかしいなぁーパスタ食べたはずなのにー」
「パスタ?ええ。美味しかったですよ」
「パスタを食べると言葉がわかる、という予想は外れたみたいですね」
「?」
「なんの話だ?」


視界の端で少女が俺の作った料理を食べているのが見えた。口に合うといいのだが…一口二口と口に運ぶ様子を見ればその心配はないのだろう。


「しかし困りましたね。私の考えだとパスタを食べれば…」
「でも通じなかったねぇ」
「お前たちさっきから一体なんの話をしているんだ?」
「いや、なんと説明しましょうか…」
「パスタを食べると言葉がわかっちゃう魔法のことだよ」
「魔法?誰にかけるんだそんなのも」
「あ…」
「ん?どうかした?ナマエ」
「言葉…わかります」
「そうですか…、って、え?本当ですか?!」
「は、はい。さっきまで何言ってるか全然わからなかったけど、今はちゃんと、聞こえる?ような…」
「え〜?!なんでー?!そうだ!ルート!何か言ってみてよ!」
「え?あ、ああ…えーと、なんだ…その、あー…と…」


そんないきなり何かを話せと言われても、お前じゃあるまいし。ぽんぽん話題が飛び出るわけもなく俺はまたも困惑した。そんな俺に対して少女は少しだけ笑って。


「私、名前と言います。見ての通り日本人ですが、もしよければ仲良くしてください」


そう言って少女は何故か左手を差し出した。けれど深く追求することもなく、俺はやっと少女と挨拶をかわせることに嬉しさを感じていた。


「ルートヴィッヒだ。よろしくな」
「こちらこそ!る、ルートべ?ヴァ?ッヒさん…」
「ぶはっ」
「…〜ッ…」
「笑うなフェリシアーノ!それに菊も笑うならいっそ笑ってくれ!」
「ヴェー、どっちー?」
「あああ、すみませんごめんなさい私のせいですよねごめんなさいもう一度お願いします」
「い、いや、そんな謝らなくても…言いにくかったらルートと略してくれて構わない。好きに呼んでくれ」
「う…はい。じゃあ、ルートさんで」


言葉が通じるって、なんて素晴らしいんだ。三度目の正直とはこういうときに使うのだろうか。いや、少し違うか。

今度こそ握り返してくれる手があるという喜びに、ようやく少女の目をしっかりと見れたことに、不思議だが言葉が通じることに、俺はまたなんともいえない気持ちになった。

少女の手は思ったより小さく感じた。

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