差し伸べられた手


とても印象的だったのは、快晴の空のような青い瞳だった。フェリシアーノさんの記憶の中で何度か見たことがあるので、初対面というには少し変な感じがした。けれど記憶で見るよりはるかに澄んだその色に、私はしばらく呆けていたと思う。


「(背、高いなぁ…。フェリシアーノさんより高い。体もごついし、男の人って感じだなぁ。顔も少し強張ってて威圧感が凄い…怒ってるわけじゃないよね?大丈夫だよね?)」


言葉がわかるようになってからは、彼がフェリシアーノさんや菊さんと話す様子を観察していた。相槌や言葉の返し方、内容によって変わる表情。少し硬いところもあったりするけれど、それが彼にはしっくりきていて嫌な感じはしなかった。ただ、彼の前に置いているビールの減りの早さには驚いたけど。

私は小さく深呼吸して、ずっとずっと聞きたかったことを聞いた。


「あ、あの…」


私の小さな声で会話が止まるなんて不思議な光景だと思う。今まで喋り続けていたフェリシアーノさんやそれを黙って聞いていた菊さんや時に相槌をうつルートさん、三人の視線が私へと降り注ぐ。うわ。なんかかなり緊張してきた。


「えと…この楽しい時間を使って言うことじゃないと思うんですけど…」
「どうしたのですか?」
「私…これからどうしたらいいですか?」
「え?」
「どうしたらいいとは、どういうことだ?」
「私は一応追われている身でして、いつまでも此処にいるわけにはいかないだろうし。それにフェリシアーノさんたちにも迷惑がかかってしまうし…かと言って…」


私には戻る場所がない。ここは私がいた世界じゃないから。日本にいったって私の住んでいた家も家族も友達もいない。

結局のところどこへ行ったって誰かのお世話にならなくちゃ生きていけないし。でもイタリアにはいられない。外を歩けばいつあの兵に見つかるかわかったもんじゃない。


「俺は迷惑だなんて思わないよ?もちろん、兄ちゃんだってそうだと思う」
「でも、私がだめなんです。いつまでも甘えてられません」
「ヴェー、そういうもの?」
「…はい」
「それじゃあ名前さん、私のところへ来ませんか?」
「え?」
「同じ日本人ですし家や言葉、食べるものには困らないと思います」
「で、でも…」
「名前さんは本来の居場所が無いに等しい状況です。トリップしたということはそういうことなんですよね?」
「は、はい…」
「きっと住んでいた場所、家族、友人。誰ひとりとして本来の貴女を知る者はいません。もしかしたら同じ日本でも少し違うかもしれない。そういう不安と心配があるのでしょう?」
「!、なんで…」
「ふふ。私を甘く見ないでもらいたい。貴女の考えていることなんてお見通しです」


涙腺が緩む感覚がわかる。目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとなって、ああもう泣きたくなんかないのに。こんな男の人三人の前でなんで私が泣き顔を披露しなくちゃいけないのさ。


「でもね名前さん。昔から貴女を知る人はいませんが、こうやって少しでも時間を共に過ごした人なら三人いるんですよ?あ、ロヴィーノくんをいれたら四人でしたね」
「き、くさん…」
「会ってからの時間なんて本当に短いですが、全くの赤の他人ってわけじゃありません。それに、困っている人を放っておくこともできません。私たちはみな、自分ができる範囲で貴女を助けたいと思っています。その気持ちを感じとれない貴女じゃないでしょう?」


はい、と返事をしたけれど、声が思った以上に震えていて聞こえたかどうかはわからない。

ああもう。私って本当、ダメだなぁ。なんでそんなに優しいの?視界がぼやけすぎて何も見えない。今まばたきしたら絶対にこぼれちゃう。


「わた、し…」
「大丈夫です。泣きたいときは泣いてください。我慢したら駄目です」


私の頭を撫でる菊さんの手から、たくさんの感情が流れ込んできた。辛い選択を強いられ悲痛な表情をしていたり、それでも前に進む彼の後ろには沢山の人が貴方の後を追う。

国として何をすればいいのか、私たち国民のことをとても大事に思ってくれている。立場上弱音を吐く姿なんか見せられない貴方は一体どれほどの思いを抱えて過ごしているんだろう。それでも笑って、笑って、笑って…。


「しめっぽい話しになりましたが、もし日本に来るのなら気分転換とでも思ってください。フェリシアーノくんも、心配しなくても大丈夫です」
「!、ヴェー、やっぱり菊には敵わないや〜」
「当たり前です。私を誰だと思ってるんですか」


こんなにも私の事や状況を理解できるのって、世界中どこを探したって菊さん以外ありえないと思う。差し伸べられた手は、私の世界よりも温かいものだった。

- 16 -

*前次#


top