二人の所為


私、イタリア観光に来たはずなんだけど…なんでこんなことになってしまったのか。今私の手を引いて前を歩いてる方は一体どこの誰なのか。聞かなくても繋がれた手から流れ込んでくる記憶でわかっちゃう私って、もう普通の人間じゃないのかもしれない。


「(あーあ、この人もまた、化身なのかぁ…)」


何故知らない人とこうなったのか、遡ること二時間くらい前。私はフェリシアーノさんとロヴィーノさんと一緒にイタリアの街に来ていた。

始めは二人が私になんやかんやと色んな場所の説明をしてくれて、正直一気に言われたから何がなんだか覚えてないのだけれど二人が楽しそうなので何も言わなかった。だけど、それが駄目だったみたい。

三人でジェラードを食べながら歩いていると、突然ロヴィーノさんが声をあげすたこらさっさと別の方向へ歩きだしてしまった。いつの間にジェラードを食べ終わったのか、手にはもう何も持っておらず、代わりに髪の毛を少しセットしながら歩いていく。私は誰か知り合いでもいたのかな?とその後ろ姿を見送っていると、ロヴィーノさんは二人の女の子の前で立ち止まった。


「チャオ!そこのお嬢さん。俺とお茶していかない?お嬢さんたちにぴったりの素敵な店を紹介するぜ?」


今まで一緒に過ごしてきて、彼のあんな悩殺スマイルを見たことがあるだろうか。いや、ない。断じてない。いつもの彼は怒ってるようなツンツンしてるようなそんな顔だったはず。私は内心驚くのと同時に呆れ果てた。


「あれは俗にいう…ナンパ?凄い、あんなあからさまなの初めて見たかも」


それに感激しながら様子を見守っているとどうやら女の子二人に振られたらしい。泣きそうになって落ち込んでいたと思えば直ぐに別の子に声をかけ始めた。なんていうタラシ!っていうかなんで今それをするかなぁ!

今日はナンパをするために外に出たのではなかったんじゃ…と思いながら、フェリシアーノさんに抗議しようと彼のほうを向けば…いない!なんで?!もしかしてはぐれた?!と私が焦るもそれは虚しく、別の方向からヴェー、とフェリシアーノさん独特の甘い声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ君可愛いねー!俺とお茶しない?いい店知ってるんだ〜!」


なんと彼も知らない女の子にナンパしていた。え?まさかこの二人ってタラシなの?!それとも世のイタリア人がこうなの?!

のんきにジェラードなんか食べてる場合じゃなかった。この状況をどうしよう?フェリシアーノさんのとこへ行けばロヴィーノさんを見失ってしまいそうだし、その逆もまた然り。

とりあえず二人が見えるこの場所で動かないほうがいいような気がして近くの椅子に腰をかけた。右を向けばロヴィーノさん、左にはフェリシアーノさんが見えるというこの場所で二人を見失わないように観察をする。二人とも何度振られても同じ誘い文句で次の子に行くから面白い。って面白がってる場合でもないけどそうでもしないとなんだか気が治まらない。


「(でもなんだかなぁ…もうイタリア観光じゃなくなってるっていうか…そもそも今こうして二人を見守ってる私って何?)」


段々腹が立ってきた。だって今日は向こうから思い出を作ろうとか言ってイタリアを案内するって提案してきたのに。そんな私を放ったらかして自分たちは可愛い子見つけたらナンパ?ありえないっての。そりゃ私なんかと比べたら周りの女の子が全員可愛く見えるだろうけど私との約束のほうが最優先じゃないの?!って私は彼女か!だけどこればっかりは怒ってもいいよね?


「ふん。そっちがそのつもりならこっちだって!」


ナンパ!は、しないけど一人で観光してやる。と、意気込んで二人から離れたのが間違いだった。


「おい女!待て!」


はい、追われてます。誰にって、例の兵士たちに。おかしいな、二人と歩いてるときは全然出くわさないからてっきり此処にはいないと思っていたのになんでいるかなぁ!しかも私が一人のときに限って現れるなんて!空気読みすぎ!今になってあのときフェリシアーノさんが言った「俺たちといれば問題ない」の意味がわかった気がした。もう遅いけど。

イタリアの地理なんてわからないし何処をどう走って逃げればいいのかもわからない。とりあえず足だけは止めちゃ駄目だと思い、もつれそうになるのを必死に避けながら走った。立ち止まって休憩も出来ない。誰の助けも求められない。それでも追い付かれそうになる手に恐怖を覚え、私は走るしかなかった。

周りを見渡せば華やかな出店などはなく少し薄暗い路地。なんてお決まりな、と嘆く暇もなく兵士の声がする。大通りがどこかもわからず適当に逃げ惑う私は何を思ったか近くの店に入った。ホテルのように部屋が並ぶそこではたくさんの人が私を不思議そうに見ている。そんな視線にいちいち構ってられず、私は上へと駆け上がった。


「(どこかッ…、どこか隠れられる場所!)」


四階くらいまで駆け上がり廊下に足を踏み出した瞬間、誰かとぶつかってしまった。ずっと走り続けた足には力が入らず、体制を立て直すこともできないままぶつかった反動で後ろへと倒れていく身体。


「(やばい!けどッ、もう…!)」


駄目だ、と階段へと転がっていく痛みを受け入れるようにぎゅ、と目をつぶった…が、一向に痛みは来ない。何故?と考えるよりも先に、声が降ってきた。


「Sorry! Are you ok?」


ぐい、と腕を引かれたかと思えば頭上から聞こえる綺麗な英語。助かった、という安心感から身体の力が抜け、私は一気に廊下へと座り込んでしまった。立とうにも力が出ない私に随分焦ったように英語を話し続けるその人には失礼だけど、ごめんなさい、ちょっとだけ休ませて。もうほんと、あの二人の所為にしたい。

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