バカ!


つい、手を取って連れて来てしまった。何でってそりゃあ、女の子に助けてなんて言われたら男として助けないわけにはいかないだろう。

仕事でイタリアに来ていたオレはドイツ野郎に見つからないようなホテルで一休みをしていた。そろそろ此処に用はないと部屋を出てすぐ、階段に繋がる廊下で彼女とぶつかってしまった。突然のことすぎて自分の体勢を立て直すのに必死だったが、彼女が階段に落ちてしまうと思った瞬間、自分でも驚くほど素早く彼女の腕を掴み自分のほうへ引き寄せた。

大丈夫か?と声をかけるも虚しく、彼女はぺたりと座りこんでぜぇぜぇと息を吐いていて。その間ずっと声をかけていたけれど彼女がそれに応えることはなかった。なんだよ無視かよ。あーそうかよ。

それでも息を吐くたびに揺れるアジア特有の黒い髪がなんだかとても綺麗に見えた。ん?アジア人?

どうしたもんか、そう悩んでいると、とても小さな声で彼女が何かを言った。あまりにも聞き取れないそれにオレはしゃがんで彼女に耳を近付けて…ハルプミ、そう聞き取れた気がする。ハルプミ?なんだそれ。人の名前?あ!彼女の名前か?

いまいち意味がわからなくてもう一度、と言えば彼女は勢いよく顔を上げてさっきよりも大きな声でやはりこう言った。


「ハルプミ!」


いやだから、ハルプミってなんだよって話。だけどこんな必死の形相でオレにそれを言うってことは何か助けを求めているような気がしてならな…あ。


「ハ、ハルプミー!」
「ハルプってなんだよハルプって!ヘルプだろバカ!ちゃんと発音しなきゃわかんねーだろうが!」
「?」
「Help me! OK?」
「!」


彼女に指をさしながらそう言えば、ようやく伝わった嬉しさからなのか、何度も何度も安心したように頷いた。ったく、たった一言なのに何でこんなに時間がかかるんだ。

多少げんなりしながら彼女の伝えたい意味がわかったのはいいが、一体何から助けて欲しいのかが全然わからない。それを聞こうと口を開きかけたとき、下の階から男たちの騒ぐ声が聞こえてきた。それはイタリア兵のもので誰かを探しているようだ。

うるせぇな、と眉間にシワを寄せるオレとは正反対に、彼女は身体をビクリと跳ねさせ、声のするほうを見ながら怯えていて。まさか?と思案するオレの腕を掴んでもう一度、さっきより幾分かマシになった発音でヘルプミー!と彼女は言った。うん、今のはまぁ…聞き取れんこともないな。

そうこうしてる内に駆けあがってくる男たちの足音に青ざめた顔をしている彼女の腕を引いて、立て!と叫んだ。


「なに絶望的な顔してんだバカ。あんなやつらドイツじゃあるまいし、笑って逃げ切ってやるぞ!」
「???」


長い英語は聞き取れないみたいで、こて、と首をかしげながらオレを見る彼女に、心底溜め息が出た。さっきの絶望的な顔が、オレがスコーンを出したときのアメリカの顔にそっくりでなんだか笑えるような泣けるような。

行くぞ、と手を引いて走りだそうとしたとき、彼女がたどたどしく口を動かした。


「せ、センキューベリーマッチ!」
「は?」


何故か言えたことにご満悦な彼女に少し、いや、かなり頭が痛くなった。ありがとう、と、そう言ったであろうそれに、何でかわかってしまう自分への凄さと彼女の発音の悪さにはお手上げだ。

何がセンキューだ!オレじゃなかったら伝わらないぞバカ!

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