これはこれで


俺の前にイギリスが座って、その横に彼女がちょこんと座っている。目の前の料理に目を輝かせながら喜んでいるのが顔を見ればすぐにわかる。言葉なんか通じなくても表情さえわかればなんてことない。


「それじゃあいただこうか」


俺がそう言って笑うとイギリスはそうだな、と言って首元に紙ナプキンをしゅるりと挿した。それは本当に自然な動作であって、もちろん俺も無意識にそれをやる。

ふと彼女を見るとイギリスのほうをじーっと見ては自分の手元にある綺麗に折られたナプキンを見て、しゅるりと解く。満足気に首元にそれを引っかけた彼女はチラチラと横目でイギリスと自分のそれを確認していた。ぷ。なにあの可愛い生き物は。

彼女の視線を気にすることもなく、イギリスは目の前の料理を手なれた感じで口に運ぶ。食べる様子も様になっていて、さすがはあのイギリス紳士さま、と心の中で茶化しておこう。まぁ味覚音痴なのがすごーく残念だけど。

イギリスが使ったフォークとナイフをたくさん並んでいる内から探し出していざ使おうとしてぴた、と彼女は止まった。不思議に思って見ていると、フォークとナイフをテーブルに置いてぽむ、と両手を合わせた。


「○○○○○○」


その瞬間、時が止まったように見えた。大袈裟かもしれないけど彼女のいる空間だけ、妙にピン、と空気が張り詰めた気がした。背筋を伸ばして少し顎を引いて、祈るように両手を合わせる姿に日本の姿が重なった。ああ、そうか。そう言えば彼女はアジア人で、その中でも日本人なんだなぁと漠然と思った。


「いいね。日本人の、その命に感謝する姿ってのは」
「は?え?なんだって?」
「いや、なんでもないよ」
「あ、おい、コイツサーモン残してやがる」
「えー?もしかして嫌いなのかな?」
「はぁ?こんなに美味いのに?」
「好き嫌いは人それぞれだからねぇ」
「っつっても日本人ってあれだろ?生の魚も食べれるんだろ?あのー…なんだっけ、ほら、あれだよ!」
「いや、わかんないから」
「だからあれだって!ほら…あの、なんつったっけ…」
「サーモンは少し臭みがあるからねぇ。こうやって他の野菜とこのソースを絡めて食べると君でもいけると思うよ?」
「???」
「あ、そっか。通じないんだっけ」


がた、と席を立ち、イギリスとは反対の彼女の隣へと座る。近付く俺を視界に入れながら不思議そうに見やる彼女ににこりと笑いかけ、彼女のお皿を少し拝借する。日本のある料理名を思い出そうと必死なイギリスは置いといて、さっき彼女に話していた食べ方を隣で再現していると、興味津津というように真剣に覗き込む姿になんだか笑えた。


「これをね、こうやってー…」


食器と食器がぶつかり合う音を聞きながら、こぼれることなくうまくフォークに乗ったサーモンをゆっくりと彼女の口元へ近付けた。もちろん片手を下に添えて。

目の前に迫りくるサーモンに、少し嫌そうに顔を歪めた彼女はちらりと俺の様子を窺う。本当に食べなきゃだめ?そう目が言っていた。大丈夫!と言ったけれど多分通じていない。けれど少しだけ強張った表情が和らいで、ゆっくりと、けれど確実に食べようと口を開く彼女に、俺は久しぶりに胸が躍った。

誰かに何かを食べさせるなんて、なんだか少し昔を思い出して懐かしくなった。もうそいつはいっちょ前に大きくなって、なんでも一人でできるようになってしまって、俺を頼ることすら少なくなって。俺が可愛がってあげたってのに、なんでか味覚だけは全然似なかったことにどれだけ絶望したか。今となっては古い古い過去の記憶だ。なぁ?イギリス?

もぐもぐと口を動かしてこくん、と飲み込んだ彼女にどう?と首をかしげて聞くと、彼女はしばらく考えこむように黙った。やっぱり口に合わなかったかな、と思っていたら、彼女は俺の前にあったお皿を自分の前に戻した。それからさっき俺がやったようにサーモンで野菜を包んで、ソースを絡めて、ぱくりと食べる。見よう見まねで覚えたやり方で一口、二口、と食べ、お皿にあったサーモンは全てなくなった。

どうだ!と言いたげにこっちを向いた彼女にちょっと面喰って、それでも彼女の見せるドヤ顔にお兄さん笑えばいいのか泣けばいいのか。いや、こういうときはどっちも違うな。偉いな、とよく頑張ったと、褒めてあげなくては。


「C'est bien!」
「?」


意味はわかっていなくても、なんとなく雰囲気でわかったのか、彼女は嬉しそうに笑った。それに心があったかくなって、俺も彼女の頭を撫でる手をやめなかった。

途端に俯いた彼女に、どうしたのかと顔を覗きこむとちょっと顔が赤い。ああ、そういえば19歳って言ってたっけ。全然見えないけどね。少し子供扱いしすぎたかな、と反省していると、恐る恐る口を開き、ぶきっちょなフランス語でこう言った。


「め、メルシー!」
「!」


ブラボーといい、メルシーといい、イギリスが発音が悪いと嘆くだけはある。けれど彼女なりに必死で伝えようとしてくれているその気持ちが嬉しくて、お兄さん発音とかそんなの全然気にならないけど!むしろたどたどしくて可愛いじゃない!全然ありでしょ!いけるでしょ!


「Merci ici」
「!、メルシー!」


こちらこそありがとうと言ったつもりが何故かまた彼女からありがとうと返されてしまって。まぁ笑顔が可愛かったから良しとしよう。

言葉が通じたらなぁと思うけれど、これはこれで育て甲斐がありそうで楽しいかもしれない。ついでに身体もお兄さん好みにしちゃうってのもいいよねぇ〜。え?だめ?ざんねーん!

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