彼に縋るしかできない


実を言えばメインデッシュを食べたあたりから彼の言葉だけが聞こえていた。アーサーさんと楽しげに話す合間に、私の様子を見るように声をかけてはわからないか、と困ったように笑う仕草がいいなと思った。わかります、と言いたかったけれど、あともう少しだけ彼の優しさに甘えようと私はわからないフリをして。こてんと首をかしげるだけでいいなんて、簡単すぎてすぐに飽きてしまいそうだった。

わかったことが一つあった。フェリシアーノさんやルートさんのときと同じで、何故か食べているときに言葉がわかるようになる。私が思うに、その国の料理を食べれば言葉が理解できるみたいで。でもこれがわかったからといって、誰かにこのことを話したとして、信じてくれる人はきっといない。ああでも、もしかしたら、菊さんならわかってくれるかも。そう思うとなんだかとても悲しい気持ちになって。


「(菊さんに会いたい…フェリシアーノさんもロヴィーノさんも、今頃どうしてるだろう?私のこと探してくれてるのかな?あーどうしよう…みんなに凄く会いたいかも…パスタ食べたい…)」


席を立って部屋を出た二人を見送りながら、私はここにいない人たちを思う。そういえば私、なにか間違ってない?会いたい人はいるけれど、どうしてそれが家族じゃないの?友達じゃないの?どうしてこの世界にいる人たちのこと考えてるの?

私が本当に居るべき場所は此処じゃないのに、こんなところで絆を深くしてどうするの。私はこの世界の人間じゃないのに。

なにか大事なことを忘れている気がする。思い出せないけれど、自分のことだというのはわかる。漠然としかわからないそれはだんだんと薄れていって、糸が切れるようにプツン、と存在を消していく。それと引き換えに増えていくここでの思い出に、なんだか『私』という存在すらも消えてしまいそうで酷く怖くなった。

がたり、と立ち上がって扉の前に行くと、廊下で話し込む二人の会話が途切れ途切れに聞こえてくる。嫌な感じがする。妙に脈が速い気がする。

開いた扉の先に立つ彼に縋るしかできない私は、結局は一人では何もできなくて。私、なんでこの世界にいるんだろうって、本気でわからなくなった。

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