特別な感情


夢を見た。けれどそれは夢と呼ぶにはあまりにも鮮明で、昨日の出来事を思い出しているようなそんな感覚。

焦げ臭い荒れ地に呆然と座っている俺。そこはかつての戦場で。静かに泣きながら手元にはボロボロの白旗があって。この時の感情も、この時誓った気持ちも、何一つ変わることなく俺の中によみがえる。

悲しいな…、と漠然と思っていると、ふいに聞こえた小さな声。


「フェリシ、アーノさん…?」


微かだけれど、確実に聞こえたそれは空耳なんかじゃなくて。紛れもなくそれは彼女の声だった。俺たちが今必死で求めている、彼女の声に間違いなかった。

驚きと期待と安心と罪悪感と、いろんな感情が渦巻くなか振り返ったそこに彼女はいない。確かに、後ろから聞こえたのに。そこには誰もいなくて。周りに立っている人も見当たらない。孤独感が一層増した。


「ナマエ…?」


思った以上に震えた声が出た。俺って本当に情けない。彼女の名前すらちゃんと呼べないなんて。


「ナマエ…!ナマエ!いまっ、どこにいるの?!ごめん、俺、今度はちゃんと案内するから!ナンパなんてしない!兄ちゃんだって、反省してるし…俺だって!ナマエ…約束、一緒に寝ようって、約束…俺、ごめん…本当にごめん…一人にして、ごめんね…」


そこには誰もいないのに、俺は泣きながら叫んだ。彼女に届くはずないのに、言わずにはいられなかった。

本当のこと言うとさ、俺、嬉しかったんだ。一緒に街を歩けることが嬉しくて、妙に意識しちゃって変に舞い上がって、いつも以上に喋って、精一杯喜ばせたくて。頑張ってたつもりだったけど、結局は空回りしちゃったみたいで。

いっぱい楽しい思い出作ることでやっぱりずっとここに居たいって思ってほしくて。日本には悪いけどあっちに行かせたくなくて。一日限定だけじゃなく、明日も明後日も一緒に寝たくて。

もっともっと彼女のことが知りたいって思っても、もう遅くて。

兄ちゃんはどうかわからないけど、俺がナンパしにいったのは癖とか性分とかそんなんじゃなくて。ただほんの少しでもいいからヤキモチを妬いてもらいたくて。

ああ、そっか。俺は知らない内に、と、気付いたところで蓋をした。まだ大丈夫。まだ引き返せる。違う。これは特別な感情なんかじゃない。

しっかりと自分に言い聞かせて、二度とそれが溢れてしまわないよう頑丈に、俺は押さえつけるように蓋をするのだった。

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