とっても気になる


第一印象は「良く笑う人」だった。

せっせと料理を作る姿を少し離れたところから見ていると、こちらを向いて笑いながら何かを喋ったようだが全然理解できなかった。言語もそうだけどこの人の行動も理解できない。

なんで見るからに怪しい私を助けてくれたんだろう?突き出されてもいい覚悟をしていた。いや、けれど心の奥で助けてくれたら、という期待もあった。

そうやって考え込んでいたらいつの間に目の前にいたのか、彼は私に何かを言いながら手に持っていたトマトを一つ差し出した。食べろってことだろうか?わからないよ、という意味で首を横に振ったら少しだけ残念な顔をされた。なんか、すいません。

男の人がつけるには少し可愛いんじゃないか、と思わせるようなエプロンに身を包み、手際よく料理を作っていく。何かを思い出したように私のほうへきて、私の体の向きをぐい、と変えたかと思うと、そのまま背中を押して私を歩かせる。戸惑いながらも両肩に乗った手を払いのけることはしなかった。

連れてこられたのは小さな部屋みたいな場所。すっと奥に入って水を出すと手招きをされた。見て納得、お風呂だった。

何で?と思っているとバスタオルを渡され、にこにこと彼は笑う。お風呂に入ってもいいってことなのかな?どんだけ優しいんだこの人は。通じないかもしれないけれど、小さくありがとう、と呟いてお辞儀をしたら、彼はふにゃりと笑って私の頭をゆっくりと撫でた。うわ。なんか恥ずかしい!

鼻歌を歌いながらその場から立ち去った彼の背中を見届けてから私はようやく自分の姿を鏡に映した。なんともまぁ、汚い。その一言に限る。

どこで拾ったかも覚えていない薄汚れた布で体を包み、手や足、顔なんかもどろどろだ。よくあの人私なんかを…、と改めて思った。

少し熱めのお湯をかぶりながら、私は自分に起こったことを整理した。気が付いたらどこかのお城の中にいた。首をかしげながらも歩いていると一人の兵が私を見つけ、何故か怒鳴り始めた。

掴まれた腕が痛くて、集まってくる人たちが怖くて、なによりも言葉が通じない不安に泣きそうになった。無我夢中で腕を振り払って走った私は何を思ったか窓から飛び降りた…気がする。よく覚えていない。

熱いお湯が知らない間に作った傷口に当たってピリピリする。指も足も随分と傷が多いなぁなんて、人事のように思った。裸になって色んな場所に痣が出来てるのもわかったし、本当に醜く変わり果てたみたい。


「此処、どこなんだろ…ちゃんと帰れるかなぁ」


不思議と涙はでなかった。結構たくましいな、私。

そういえばあの時はパニクっててこんなこと思ってる余裕なんてなかったけど、今思えば私と彼の出会いってなかなか笑えるんじゃ?そうだよ、だって、あの人エプロンをつけて手にはトマト持っててすっごいポカンとした顔でこっちを見てたんだよ?

かくゆう私は見た目からして怪しい人物だったわけで。なにあの状況。第三者から見たらおかしいのなんのって。


「ふはっ…ははは、なんだかなぁ…」


今になってこみ上げてくる笑いに言葉が通じたらいいのにって思った。きっと彼が私に向けて言ってくる言葉は嫌なものではないはずだ。

そのとき、ドアの向こうからコンコン、とノック音が聞こえ、彼が何かを話しかけてきた。きっとそろそろ出て来いって言ってるのかな?

慌ててお湯を止めて風呂場から出ると、少し小さめの服が申し訳なさそうに置かれていた。畳んでいた私の服の上には紙袋がおいてあって。つまり此処に入れろってこと?なにこれ親切すぎる!しかもこの服着てもいいのかな?っていうかいつ置きにきたんだろう?

彼の服だろうか?それにしては少し小さいような気もするけど私にしたら丁度いいかも。もしかしてわざわざ探してくれたのかな?うわぁ、もうなんてお礼言ったらいいんだろう。私彼に頭が上がらないよ。


「(そういえば…)」


彼って結構若く見えるけど何歳なんだろう?私よりは年上だとは思うんだけど、なにしろ外国人だ。パッと見じゃ全然想像つかないや。それにあの髪の毛のくるんとしたのはなんなんだろう?アホ毛?それとも癖毛?気になるなぁ。

がしがしとタオルで頭の水気をとりながら廊下へと出るドアを開けると、ふわん、と美味しそうな匂いと一緒に彼とはまた違う声が聞こえた。柔らかく喋る彼とは反対に、少しキツめの声色で話すその人にも、あのくるんがふわふわと揺れていた。ああもう。それとっても気になるなぁ!

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