百合の花


※捏造注意。





フランス王家の旗を振りかざして先頭に立つ彼女は勇ましく。それでも笑った顔は花が咲いたように美しかった。生きる神話のような存在は虚しくも赤い炎によって灰となってしまった。

全ては貴方のために。そう言って自ら戦前に向かう彼女の背を、彼はどんな気持ちで見送って。自分のために戦う彼女の姿をその目に焼き付けて、どんな気持ちで彼女の最期を見届けたんだろう。

それはきっと私なんかではとても想像できないほどの感情で。胸の奥がきつく締め付けられて、嘔吐感がこみあげてくるほどの悲しみが私の中へ流れ込んできた。

オルレアンの乙女と呼ばれる彼女の、悲痛な思いがあの場所には溢れていた。だから、そこに行きたくなかったんだ。

それでもそこを綺麗な場所だと言ったフランシスさんに、私は泣きそうになった。近づくたびにじわじわと流れ込んでくる彼女の記憶に、私の足は鉛のように重くなって。耳の奥で響く声に、彼女の最期の記憶が映し出した、彼女の視線の先にいる彼。そして彼女を見つめる群衆の中にもう一人、あの人がいたことが信じられなかった。

ああもう、これだからこんな力、私は望んでないというのに。

目が覚めると、ここ何日かで見慣れた天井が見えた。フランシスさんに与えられた部屋に戻ってきたということは、私はあのあと倒れてしまって、ここまで運んでもらったということか。自分が情けない。

ゆっくりと起き上がると同時に、ぼたぼたと落ちる大粒の涙。もう自分が泣いているのか、彼女が泣いているのか、全然わからないや。止まらないそれを拭うこともせず、ぐちゃぐちゃになった頭を落ち着かせるためにぼーっとしていると、控えめなノックとともにフランシスさんが入ってきた。え、ちょ、今はやばいんだけど。


「あ、起きたんだね。調子はどう、って、え!なんで泣いてるの?!」
「あ…いえ、おかまいなく」
「かまうよ!ど、どこか痛い?あ、それか一人になりたいなら出ていくけど…」
「いえ、フランシスさん。ここに、いてください」
「…、わかった…ここにいるよ」


ズビ、と鼻をすする私にハンカチを手渡してくれたフランシスさんは苦笑いをしていて。なんだか顔をみるのが酷く久しぶりな気がした。


「…なんか、久しぶり…ですか?」
「そりゃ二日も寝込んでたらねぇ」
「え!私二日も寝てたんですか?!」
「そうさ!全然起きなくてかなり心配したんだよ?」
「そうですか…それは実にすみませんでした…」
「ま、泣き顔だけど起きた顔を見れて安心したよ」


そう言って黙ってしまったフランシスさんをちらりと見ると、何かすごく難しい顔をしていて。いまだに涙が止まらないのは、彼を見る私の目を通して、彼女が彼を懐かしんでいるからなんだろうか?

私の頭に響く彼を呼ぶ彼女の声が、少し大きくなった気がした。


「フランシスさん…少し、いいですか?」
「ん?なに?」
「信じる信じないは、フランシスさんにお任せします。俺には俺の理解と判断があると、そう言っていたあなたの気持ちを信じて、伝えたいことがあります」
「…、なんだい?」
「………」
「?」
「…、彼女は、あなたに会えて良かったと、言っています。あなたのために戦うと誓い、どんな困難も受け入れ、どんな死が待ち受けていようとも、あなたに会えて良かったと…そう言っていました」
「!、そ、れは…まさか…!どうして、それを…?」
「直接話したわけじゃありません。でもこれは紛れもなく彼女が言っていた言葉です。どんなときも、彼女が心に抱えていた感情です。誰も知らない。彼女だけが知り得る気持ちです」
「本当に…?その、彼女っていうのは…」
「そんなの…フランシスさんなら、言わなくてもわかりますよね?」


酷く驚いた顔をしたフランシスさんの瞳は揺れていて。これを話せば本当の私のことも全て話さなくちゃいけない。菊さんのようにそういう理解があるとは思えないし、そればっかりは信じてもらえないかもしれない。

それでもフランシスさんに伝えたいと思ったのは、私の中の彼女がそれを望んでいたから。あの人に伝えて欲しいと、強く願うそれはあの場所にとどまり続けた。いつか誰かが彼のもとへ届けてくれることを祈って。


「まさか、彼女が?あの子がそう言っていたのか?!」
「はい。処刑され、自分の意識が途切れるその瞬間まで…あなたの元に、この国に生まれ…、さ、最期まであなたのために、生きてこれたことを…っ、幸せだと…、言っ、て…!」


もうだめだ。涙の量が多すぎて全然フランシスさんが見えないや。声も震えちゃって、最後まで言いたいことも言えない。もっとたくさん、もっともっと、彼に伝えたいことがあるっていうのに。ごめんね、私…役に立てなくて…。

ふいにぐ、と腕をひかれて目尻から涙がこぼれていった。とん、とぶつかったそこはフランシスさんの胸元で、気付けば彼の腕の中で。きつく抱きしめられたと理解した瞬間、彼の肩が震えているのがわかった。

フランシスさん、泣いているの?

トクン、と聞こえる鼓動に乗って、フランシスさんの感情が流れ込む。若かりし頃の、フランシスさんとあの子は、とても幸せそうに笑っていて。いつの間にか、私の口は私の意思とは関係なく動いていて。


「全然、怒ってないよ。憎しみを感じたこともない。ただね、私、もうちょっとでいいから…あなたと一緒に、生きたかったなぁ…」
「ごめん、ね…本当に、ごめん…!」
「いいの…全ては神に委ねたから。私は灰になってしまったから、生まれ変われるのかわからないけれど…もし、それができるのなら…私はもう一度、女の子としてあなたの元に生まれたい」


そしたら今度は、ちゃんと恋をして死にたいな。


顏は見えないけれどフランシスさんが優しく笑った気がした。そして私の耳元でそっと、待ってるよ、と小さく、とても小さく言った。彼女が酷く幸せそうに笑って、ありがとうと言ったのはフランシスさんに?それとも私に?

私を抱く腕の力がだんだん強くなって。痛いけれど、不思議と嫌じゃないね。私の口から出る言葉はもはや、代弁なんかじゃなくて。彼女の本当の言葉だって、もう私が言わなくてもわかってるよね。

嗚咽をあげながら泣くフランシスさんの声を聞きながら、肩越しに見える壁にかかった百合の花に、祈りを捧げる彼女の背中が見えた気がした。花言葉は確か、純潔、だったよね。まさしくそれは、彼女のようだと…。

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