アオイと思い出のヒマワリ畑へ

「……まだダメ?」
「ああ、もうちょっと……おっと!小さい段差があった、気を付けろよ」
「うん」

大きな手のひらに視界を遮られながら、たどたどしい足取りで整備されているとは言いがたい道を進む。目隠しをして知らない道を歩くのは不安があるけれど、背後から抱きしめるようにしてアオイが舵をとってくれて、大の大人が二人しておかしなことをしてるねなんて笑いながら目的地に向けて一歩一歩踏みしめた。せっかくだから最高のポイントから見てほしいのだと言うアオイに了承したけれど、もうそろそろだろうか。ふと歩みが止められ、夏の気配を乗せた生温い風が髪を撫ぜていった。頭上から感嘆の声が聞こえ、私はもう待ちきれなくなってアオイの手に触れた。

「――ああ、じゃあ離すぞ」

視界が一気に明るくなり、眩しすぎて一瞬白んだあと広がったのは一面の黄色。立派なヒマワリが一様にこちらを向いて咲き誇っていた。ずっと見たかった、あの景色だ。実際に目の当たりにしたそれはあまりにも色鮮やかで壮大な光景で、思わず言葉を奪われていると、背後からアオイの腕が回ってきてぎゅっと身体が密着した。

「すごいね……」
「やっと、一緒に来られたな」

肩口にアオイの顔が押し当てられて、少しくぐもった声が囁く。軽く身を捻ってその顔を振り仰ぐと、潤んだ瞳が私を見下ろした。そんなふうに涙を堪えるような顔を見たらこちらの涙腺も刺激されてしまって、私は向き合ってその長身を抱きしめた。

「アオイとこのヒマワリ畑を見に来るのが、私の夢だったの。叶えてくれてありがとう」
「……そんなの、俺の方がよっぽど夢見てたよ」

ねえ、やっとここまで来ることができたね。あの島で過ごした日々の中で、私は本当のアオイを何か一つでも知ることができたのか、信じることに不安があったよ。今はこんなに近くにいて触れられる。ちゃんと心が通い合っているって、信じられる。

「アオイ、好きだよ」
「俺も。愛してる」

数えきれないほどのヒマワリ畑の中で大きな愛に包み込まれて、幸福を噛みしめた。

帝が出ているソシャゲにはまる

こんなことになるはずでは、と今になってはそう思う。後悔はない。誤算だったという意味だ。
初めは気軽な気持ちだった。青柳先輩が出演している乙女ゲームのアプリの収録を見学させてもらって、演技を見た興奮が覚めやらぬうちにアプリをダウンロードしてみたのだ。この手のソーシャルゲームはあまりのめり込んでやったことはなかったけれど、流れるように進むチュートリアルを終えてメインストーリーが始まると、かっこよくて個性豊かなキャラクター達が次々に出てきてつい時間を忘れてプレイしてしまった。目移りしそうになりながらガチャを引いてみると、キラキラした演出の合間に聞き覚えのある声が流れてきて、私は前のめりになって液晶画面を覗き込んだ。

「あ、青柳先輩のキャラだ……!SSRって、一番レアなのだったっけ?」

美麗なイラストに見とれてしまいながら、はっと気が付くとだいぶ時間が経っていた。ちょうど体力も使い果たしたところだし、回復するまでの間に課題を終わらせてしまおうと私はようやく携帯から手を離した。
それから、ちょこちょことアプリを起動してはストーリーを進めたりキャラクターを強化したり、空いた時間にやろうくらいに考えていたはずがすっかりはまってしまった。だって、青柳先輩のキャラクターがとにかくかっこいいのだ。すぐに口説くようなことを言ってきて女慣れしたキャラクターかと思いきや、押しが強い反面、繊細な部分もあったりする。まんまと引き込まれてしまった。ストーリーを進めるためには、時間が経って体力が回復したままにしておいてはもったいないので、ちょこちょこと消費しなくてはいけない。ソーシャルゲーム恐るべし。いちユーザーとしての気持ちをかみしめつつ、外部の講習を受けたあとに遅めの昼食をとろうとたからハンバーガーに入って注文を待っている間にも私はまたせっせとアプリを構っていた。

(ふう、今日のクエストは終了。……あれ?)

好感度のレベルが上がったからか、ホームに置いている青柳先輩のキャラクターが新しい台詞を喋るようになっていた。今はイヤホンを持っていないので部屋に帰ったら聞こうと思いながら、頭の中で青柳先輩の声を再生しつつ台詞を読む。

「お待たせしました、ご注文のたからセットです」
「う、わっ……!!」

まさに思い浮かべていた声に背後から話しかけられて、私は椅子から飛び上がってしまった。振り返ると、店員の制服を着た青柳先輩がハンバーガーのプレートを片手ににっこりと満面の笑みを浮かべていた。

「そのアプリ、始めてくれたんだな」
「はい、あの、後学のためにですね……!この間見学させていただいたことを、しっかり自分の演技に活かすためにもと思って!」
「特待生はさすが勉強熱心だな。まあ女性向けと男性向けでは色気の出し方も違うだろうが」
「さ、参考にはなりますよ」

携帯を引き寄せると、ホーム画面にいるキャラクターを見て青柳先輩の表情がぱあっと明るくなった。

「おお、SSRが出たのか!すごいな!」
「あ、はい、一番最初に……SSRってやっぱりかなりレアなんですね。何度かガチャ引いてるんですけど、SRしか出なくて」

そう言いながらキャラクターの一覧をスクロールすると、一緒に画面を覗き込んできた青柳先輩がふむと唸った。

「俺のキャラだけずば抜けてレベルが高いな」
「……一番好きなので」

小さな画面を覗き込むのに近い距離にある青柳先輩の顔を見つめ返してそう返事すると、青柳先輩は一瞬かたまったあと、ぱっと身体を起こして距離をとるといつもの笑い方をした。

「カカカ、嬉しいものだな!ちなみに、近々俺がメインのイベントがある予定だから今のうちにレベル上げをやっておいた方が良いぞ」
「そうなんですか!?わかりました!」
「それじゃあな。ごゆっくりお召し上がりくださーい」

店員に戻った青柳先輩が去っていって、私は気合いを入れ直してアプリを再開するのだった。

荒木先生と打ち上げに遅刻する

新多から打ち上げに来ないかとお誘いの連絡が来た。ユニットの集まりなら自分がお邪魔しても良いものかと少し気が引けたけれど、参加する人を聞けばユニットも学年もまちまちで、とあるイベントにみんなで参加した帰りらしい。賑やかで楽しそうなメンバーだなと思ったところで『先生も誘ったら来てくれるって。レアだよね』というメッセージが続いて、行きます!と迷わず打ち込んだ。
教えてもらったお店に到着すると、店先で佇む先生の姿があった。見慣れたスーツ姿も学校の外で見るとなんだか大人の男の人という感じがして、私は高揚感を抱えながら駆け足で近寄った。

「先生、こんばんは!」
「おー特待生、お疲れさん。お前一人か?」
「はい、他のみんなは先に行って待ってると……」

きょろきょろと辺りを見回しても私と先生以外にはまだ誰も来ておらず「まあもうすぐ来るんじゃねーか?」とのんびり言う先生と並んで待つことにした。しかしいつまで経っても新多たちは現れず、私と先生を不思議そうに見ながらカップルが一組お店に入っていった。お店の目の前で突っ立っているのもなんだか気まずくなってきて、横の先生をちらりと見上げると、同じ考えでいたらしい先生と視線が合う。

「なあ、ここで合ってるよな?」
「はい。イタリアンのお店って、この辺だとここだけですよね?ちょっと新多に聞いてみます」

メッセージを飛ばしても既読にならない。困ったな。早く気付いてほしいと念を送りながら液晶画面を見つめていると、突然ぐうとお腹が鳴った。ハッとして音の出所を押さえるもなかったことにはできない。ちょうど夜ご飯を食べようとしていたところにお誘いをもらったから、だいぶ空腹が極まっていたのだ。居たたまれない気持ちでいっぱいになってしまう私の頭上で、先生がふっと笑う気配がした。

「んー、もう二人でここ入るか?腹減ったろ」
「え!?」
「なんだよ、特待生は嫌か?」
「や、いやなわけないですけど……!」

願ってもない展開に思わず声が上擦ってしまい、どうしようどうしようと目まぐるしく思考を巡らせる。だってこんなの、いいのかな。でも別に最初から二人きりで行こうとしたわけじゃないし、こんな機会はもう二度とないかもしれない。ええい、頷いてしまえ。そう決めかけた瞬間、握りしめていた携帯が震えた。

「あっ……新多からです。ちょっと出ますね。もしもし?」
『あ、特待生!実は結局カラオケに行くことにしたんだ!ごめんね、連絡遅れちゃって』
「そうだったんですね。えっと、どこのカラオケですか?」

私と新多の会話に耳を傾けていた先生は、通話を切ると「カラオケかよ、全然違うじゃねーか」と呆れて苦笑していた。

「しかもここから歩くと地味に遠いしよー」
「まあまあ、みんな待ってくれてるそうなので行きましょう」
「しょうがねーなぁ……」
「私、先生のキャラソン聞きたいです。アイドルユニットのシリーズで何曲か出してましたよね」
「げ。何年前のだっけ、あれ……カラオケ入ってんのか?」
「入ってたら、絶対歌ってくださいね!」

ぶうぶう文句を言う先生の背中を押しながら、みんなが待つカラオケへ向かった。ちょっとだけ急ぎながら、でもあと少しだけ二人きりで歩ける時間を噛み締めるのだった。

ちいさい彼女も悪くない新堂さん

「新堂さん、新堂さん……」

小さな声が名前を呼ぶのが聞こえて、微睡みの淵から引きずり落ろされるように覚醒した。耳に馴染む声は心地よく、不快はない。しかし身体を起こして室内を見回しても声の主の姿はなく、なんだ夢だったのかと思ったそのとき、シーツを引っかくような衣擦れの音が聞こえてベッドの脇を何となしに覗きこんだ俺は固まった。

「た、助けてください……!」

シーツにつかまってぷるぷると震える小人がいた。小人は嫌でも見覚えのある顔をしていて、俺は意味がわからないままに手のひらを差し出していた。手に落ちたそいつは軽く、そっとベッドに下ろしてやると心底安心したように溜め息を吐いている。

「君……本物なのか?」
「は、はい。気が付いたらこんなに小さくなってここにいて……新堂さんが起きるまで待とうと思ってたんですが、足を踏み外して滑り落ちちゃって、死ぬかと思いました」

我ながら間の抜けた問いだったが、本物なのかと聞いている時点で同一人物であろうと認識していたのだから、自分自身に呆れる。昨日、九条家の面々とした話が思い起こされていた。彼女が小さくなったら持ち運びに便利だとか、可愛らしいだとか、くだらない話だった。しかし現実にこんな非科学的なことがあってたまるか。黙りこんで思考を巡らせるこちらの表情は険しくなっていたのだろう、不安そうな顔を俯ける彼女に、俺は心持ち声を和らげて話し掛けた。

「……気が付いたらそうなっていたと言ったな。思い出せる範囲で、その状態になる前のことを教えろ」
「え、えっと……」
「医療の分野でどうにかできる問題じゃないかもしれんが、力になれることはあるかもしれん」
「……ありがとうございます」

新堂さんと一緒で良かったですと、危機感はどこへやら、ふにゃりと気の抜けた笑顔はいつもの見慣れたそれで、つられてついこちらの口元も弛みそうになる。しかし彼女はハッと思い当たったように表情を変えてこちらを上目遣いに伺ってきた。

「あ、でも……お礼は、払えるくらいの金額で勘弁して下さいね」
「払う意思があるなら、こちらとしては分割でも構わんが」
「げ、現実的な金額でお願いします……!」

せせら笑いながら、金のことなんて考えもしていなかったなんて、口が裂けても言えない。

青柳先輩の胸に飛び込む

あっという間に日が落ちて真っ暗な帰り道。外気は非常に冷たく、歯の根が震えてくるほどだった。寒いし、今日は心底くたびれた。オーディションで全然思うように演技ができなかったのだ。落ち込みながら寮への道をとぼとぼ歩いていると、曲がり角で青柳先輩と行き合った。

「おお、特待生も今帰りか。お疲れ」
「あ……こんばんは。青柳先輩もお疲れさまです」
「うむ。今日はバイトが暇で早上がりになってな。稼げないのは残念だが、そういえば明日提出の課題があったから帰ったらそれをやるつもりだ」
「それは、ちょうど良かったですね」

行き先は一緒なので自然と並んで歩きだしながら、しかし一瞬会話が途切れて、斜め上から視線が注がれている気がしてちらりと見上げると丸いレンズの向こうの瞳と目が合った。何となくごまかすように、わざとはあっと白い息を吐き出しながら私は言った。

「今晩、すごく寒いですね」
「寒い?風邪を引いては大変だな。さぁ、俺の胸に飛び込め!」

一歩前に立ちはだかってばっと両腕を広げる青柳先輩と見つめあった。青柳先輩が言っていることはいつもどこまで冗談なのかわからない。わからないから、思考停止。もう今日は上手に対応しようと考えるのもやめた。

「じゃあ失礼します」

飛び込みはしなかったけれど、一歩踏み出してその胸に額をつけると「おお、本当に来たな」と笑われた。それからぎゅうっと強く抱きしめられて一瞬息が詰まる。耳元で優しい声が囁いた。

「特待生、お疲れさま」
「っ……はい」
「くたびれてるみたいだったからさ。あんまり無理しすぎるなよ」

不覚にも、なんて言ったら失礼だけれど返事をした声が少し震えそうになって、それを堪えながらしばらくそのままでいさせてもらった。青柳先輩の腕の中は温かくて、寒かったことも落ち込んでいたことも、渦を巻くカフェラテみたいにゆるく溶けていくような気がする。

「俺の胸ならいつでも貸すぞ。その代わり、ときどき特待生のム……」
「帝、公衆の面前で何してるんだお前は」
「あだっ」

痛そうな音と青柳先輩の悲鳴に顔を上げると、呆れ果てた表情の夜来先輩がいた。慌てて身体を離して合意の上だったことを説明したけれど、それはそれで恥ずかしくて顔が熱くなり、結局寒さはどこかにいってしまったのだった。

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