恋心の自覚

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 アレン達がいる一階に下りる。
 ちょうど先に遊んでいた一人が戻って、次はティモシーが息抜きに向かう番になっていた。

 彼等の中に、アレンはいない。

「あら? アレンはどこかしら」

 ソフィーが尋ねると、ティモシーは言いにくそうに指先で頬を掻く。

「あー、なんか知り合いらしい奴に掴まって外に出て行ったぞ」
「なんつーか、その知り合い剣幕けんまくそうだったっス」

 最後に息抜きに行く一人が続けると、ソフィーは憤慨ふんがいしそうになった。

「もう、せっかくシーナを綺麗にしたのに!」
「ああ。見違えるほど綺麗になったな。ソフィー、いい腕してるぜ」

 ティモシーが笑って褒めると、ソフィーは頬を赤らめて「ありがとう」とはにかむ。

 ……なるほど。ソフィーはティモシーが好きなのね。
 ここはお邪魔しちゃいけないから、アレンを探しに行こうかな。

「私、アレンを探しに行くね」

「一人で大丈夫か?」
「うん。行ってきます」

 最初に息抜きに行った騎士に心配されつつ、私は宿から出た。

 私は相手の魔力を探査することができる。アレンの魔力は独特だから、すぐに見つかった。
 人気の少ない宿の陰に行くと、壮年の男に言い募られているアレンがいた。

 頭巾フードからのぞく、癖のある銀灰色の髪シルバーアッシュ精悍せいかん強面こわおもて。身長はアレンよりやや低いけど、平均より高い。外套の上からでも武人らしい体格だと判る。
 知り合いのようだけどアレンが困っているので、とりあえず声をかけることにした。

「アレン!」
「! シーナ……か……?」

 アレンが私に顔を向けると、呼吸が止まるほど固まってしまった。
 あれ? 何で? もしかして似合ってなかった?

「どうしたの?」
「……あ、いや、その……綺麗だ。似合ってる」

 しどろもどろに言うアレンは、お世辞を言っているように見えない。
 気恥ずかしくなって口を引き結びつつ、「ありがとう」とはにかむ。

「ところで、その人は?」
「あ、あぁ……城に仕えている知り合いだ」

 知り合いなら、どうして険悪な様子だったのだろう。
 不思議に思うけれど、相手は宮仕えの人。この世界での正しい礼儀作法は知らないが、第一印象のために挨拶しなくては。

「えっと、はじめまして。シーナと申します。アレンの勧誘を受けて、宮廷魔導師見習いになることになりました。よろしくお願いします」

 柔らかな表情で軽く会釈すれば、男性は私を凝視した。
 挨拶の仕方を間違えたか不安は残るけれど、それはともかく。

「アレンに何かありましたか?」

 単刀直入に訊ねると、男性は気まずそうに重い口を開けた。

「……その、だな。とても大切な仕事の時に留守だったのだ。連れ戻すよう、上に命令されているんだが……」

 ……アレンって、そんなに偉い立場にいる人だったんだ。
 そんな人を私の都合で拘束してしまったなんて……。

「あの……すみません。私のせいなんです」
「君の?」
「はい。世間知らずの私にいろんなことを教えてくれて……。いつも親切にしてくれて、いつの間にか頼ってしまって……」

 自分でも気付かない内に、彼を頼っていた。彼の優しさに、無意識に甘えていた。
 やっと自覚して、自分の不甲斐ふがいなさに辛くなった。

「私が彼を引き留めてしまったんです。……本当にすみませんでした」

 都合のいい話だと思う。でも、私が悪いということは事実なのだ。
 これ以上アレンが怒られないよう頭を下げて謝れば、男は気まずそうな様子になった。

「……そう、か。なら、仕方ない」

 どこか吹っ切れたように言った男の表情は、少しだけ柔らかくなった。

「アレン殿、こちらのことはお任せください」
「……いいのか?」
真摯しんしな彼女にめんじて何とかしましょう。では、早いお戻りをお待ちしております」

 どこかうやうやしい態度で言った男は、最後に私に笑いかけて去っていった。
 アレンは不思議そうな顔で見送ったけど、私は申し訳なさでいっぱいだった。

「アレン、ごめんなさい」

 消え入りそうな声で謝れば、アレンは目を丸くして私を見下ろした。

「どうした?」
「……私、アレンに頼ってばかりで、迷惑かけちゃったから……」

 顔を直視するのも難しくなるほど気持ちが沈んで俯いてしまう。
 アレンは頼ってくれと言ってくれた。けど、その優しさに甘えたせいで怒られてしまった。
 私のせいで……。

「……ごめんなさい」

 不甲斐ない自分が情けなくて泣きそうになる。
 涙が出ないよう目に力を込めていると、アレンは私の頭に手を置いた。

「シーナは一度も迷惑なんてかけてない」
「そんなこと……っ」

 いつも優しい言葉をかけて気遣ってくれる。それがとても辛いと初めて感じた。

「嬉しいよ。シーナが俺を頼ってくれていたなんて」
「……え?」

 嬉しい? 私に頼られて?

「いつも遠慮ばかりだったから、信頼されていないのかと不安だったんだ」

 遠慮はしていた。でも、信頼している。でなければ大切な本を預けない。

 顔を上げると、アレンはとても嬉しそうな顔をしていた。
 優しく細められた鳶色の瞳に、胸の奥が高鳴り、熱くなるほど締めつけられた。

「次は甘えられるようになってくれ」
「……お人好しすぎるよ」

 本当にお人好しだ。こんな私に甘えられたいなんて。

「ありがとう」

 でも、こんな私を受け入れてくれるなんて、正直に言うと凄く嬉しい。
 喜びと感謝の気持ちを込めた笑顔でお礼を言えば、アレンは穏やかに笑む。

「さあ、行こう」
「うん」

 私は差し出された手を取り、お祭りで賑わう大通りへ踏み出した。


 収穫祭の屋台は食べ物関連が多かったけど、輪投げやダーツなどのゲームがあって、アレンと一緒に遊んだ。
 途中で小腹が空くと、屋台で売られているカボチャやサツマイモのような野菜のお菓子を買って一緒に食べた。

「美味しい……!」
「ははっ、それはよかった」

 人生初のお菓子に感動したら、アレンは面白そうに笑った。
 耳に心地良い弾んだ声と、明るくて優しい笑顔。それを見るだけで、心が弾む。

 この不整脈がソフィーの言うとおりなら、私はアレンに恋をしているのかもしれない。
 でも、まだはっきりと実感できない。

 前世では誰かに恋をしたことがないし、疑似的な恋なら漫画や小説といった創作物の登場人物で充分だった。
 好きになった登場人物の「幸せな結末」を祈るくらいには好意をいだけた。
 どんな形であれ、推し≠ェ幸福で満たされる結末――幸福を願った。

 でも、現実でその感情を抱いたのは、前世では祖母だけだった。
 幼い頃からおばあちゃんっ子で、たくさん苦労した分だけ幸せになってほしい。
 ……謎の死因が原因なのか、その結末を見届けられたのかまでは憶えていない。

 虫食いの前世の記憶は、有用な知識と情報、つちかった負の記録と感情で構成されている。
 醜いものは引き継ぎたくなかったけれど、おかげでしたたかに生きられたのは確かだから、一概いちがいに不要と断じることはできない。

 それに書物を通して、「憧れは恋ではない」「傷つけるだけの恋は暴力だ」という恋愛論を学ぶことができた。
 この恋愛観をもって、「本当の恋心」というものを模索していこうと意気込んだ。

「……! 音楽……?」

 ふと、遠くから笑声に混じって音楽が聞こえた。
 鍵盤けんばん楽器や弦楽器、打楽器の音が調和したような、とても楽しそうな音律リズム

「行ってみよう」

 アレンに手を引かれて、町の広場へ歩いていく。
 広場の中央ではキャンプファイヤーみたいに細めの丸太を組んだ焚き火台が燃え盛り、その周りで町の人々が楽しそうに踊っていた。
 老若男女、種族問わず、俗世を忘れたかのように男女二人で手を取り合って。

 音楽は型に嵌ったようなものではなく、明るくて楽しい民族的なもの。
 アコーディオンやギターに似た楽器、竹のような筒状の木で作られた打楽器。

 とても盛り上がっている光景に見入っていると、アレンが私の手を取った。

「シーナ、踊ろう」
「えっ!? わ、私……踊り方知らないよ?」
「俺が教える。大丈夫、簡単だから」

 アレンの素敵な微笑に逆らえず、戸惑いを抱えながら私達は彼等の輪に加わった。
 踊りなんて初めてで、最初はぎこちなかった。けど、アレンが丁寧にリードしてくれたおかげでステップのコツを覚え、次第に楽しくなって夢中になって踊った。

「シーナは筋がいいな」
「アレンが教え上手だからだよ」

 踊りながら笑って言えば、アレンは照れくさそうにはにかむ。

 その笑顔を見て、また心音が跳ねる。
 トクトクと鼓動こどうが早くなって、甘い熱が広がっていく。

 嗚呼……そう。そうなのね。

 私、アレンのことが好きなんだ。

 自覚した途端、嬉しいような、切ないような、よくわからない感情に包まれた。

 アレンは私をどう思っているのだろう。好意的なのはわかるけど……。
 知りたいけど、知るのが怖い。
 だから今は忘れて、この瞬間を楽しもう。

「アレン、本当にありがとう。こんなに楽しいの、生まれて初めて」
「……それはよかった。他にもいろんな祭りがあるから、それも楽しもうな」

 アレンはそう言うけれど、帝都から来た使者の言葉を思い出す。

 ――「とても大切な仕事の時に留守だったのだ」

 この町から帝都までの距離は、早馬なら半日とかからない程度だと聞いた。
 収穫祭という祭日に連れ戻されそうになるほど、アレンは重要な立場にいるのだろう。

 きっと次のお祭りでは、アレンとは一緒に楽しめないかもしれない。
 でも、たとえ叶わなかったとしても……

「アレン。また一緒に、お祭りを楽しめたらいいね」

 いつかまた、アレンと一緒にお祭りを楽しみたい。
 叶う確率の低い望みだとしても、ほんの少しの可能性に賭けてみたくて、拘束力がほとんどない約束を口にしていた。

 すると、ハッと目を見開いたアレンは、フッと切なげに微笑んだ。

「ああ。いつかまた」

 ただの口約束だと気付いたのか、こころよく受け入れてくれた。
 私との時間をしんでくれているのだと錯覚さっかくしてしまう微笑に、胸が苦しくなった。

 もしかすると社交辞令かもしれない。だけど、そうと感じないのは、これまでの旅路でアレンの優しさを受け取ってきたから。

 たとえ叶わない約束だとしても、いつの日かを夢見て、今は優しい時間に浸った。



 
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