道中の祭り
帝都への旅が始まって七日が過ぎた。
花嫁候補を乗せる馬車が一台と、その両脇を守る騎士が乗馬する馬が二頭、後方にいるアレンの馬で進んだ。
使者の騎士は三名だけど、一人は御者役だから、必然的に馬車の守りは騎士二人とアレンだけになる。
ちなみに私は乗馬経験がないので、アレンの馬に乗せてもらっている。
ソフィーは私を馬車に勧めたけど、スザンヌがいる。アレンはそれを配慮して、旅の間にいろんなことを教えたいからと言って遠慮させてくれた。
馬を疲れさせたくないけど、スザンヌと同じ空気を吸うことに
こんな私にまで配慮してくれたアレンには、本当に感謝してもしきれない。
安全な道を進んで町を転々とする。町の宿に着けば、騎士達は羽目を外さない程度で騒ぐ。移動中は盗賊などの無法者に遭わないように気を張っているから仕方ない。
騒音は苦手だけど、彼等の気楽な賑やかさは心地良かった。
こんな感じで、帝都に近い大きな町に到着する。
これまで以上に大規模な町は、とても賑やかで楽しそうな雰囲気で満ちている。
いたるところに屋台があるし、飾りつけに大小さまざまな暖色系のカボチャがある。
お祭りのような活気に驚いていると、アレンは思い出したように言う。
「そういえば、今日は収穫祭だったな」
「収穫祭?」
「農産物の収穫時期に、無事の収穫を祝うための
言われてみれば、確かに食べ物を売る屋台が多い。
この世界にも収穫祭があることに驚いたが、初めて見るお祭りに心が弾む。
できることなら楽しんでみたいけれど、花嫁候補の護送があるから我慢しないと。
自制心を働かせていると、私の頭にアレンの手のひらが乗った。
「この町の収穫祭は、どちらかと言うと宗教寄りだ。良かったら見て回らないか?」
「えっ? いいの?」
「ああ。城に着くと、なかなか会えなくなるからな」
そういえばそうだ。
アレンは宮廷魔導師じゃないらしいから、同じ職場ではない。会えるとしても、時間が合うのかも分からない。
「……それでも、会える?」
この旅の間に、アレンは私にとって大きな存在になった。
私を助けてくれて、優しい言葉をかけてくれた。不安になった時は傍にいてくれて、彼の笑顔を見ると安心する。
人間に対してここまで心を許すなんて私らしくないけど、彼のおかげで頑張れた。
城に着いて会えなくなったら心細くなると思う。
そんな私の心情に気付いたのか、アレンは微笑んだ。
「もちろん。
アレンも忙しいのは理解できる。それでも会えるのだと言ってくれて安心した。
馬を預けて宿に入ると、スザンヌはすぐに部屋へ籠った。
ソフィーも彼女の傍に行くと思ったけど……。
「ちょっと買い物に行ってくる。アレン、私が戻るまでシーナを連れ出さないでね」
ソフィーはアレンにそういうと、急ぎ足で外に出た。
彼女が戻るまで待つことになったけど、どうしたのだろう?
「それじゃ、俺達は交代で遊びに行くか」
使者団のリーダーであるティモシーが言った。
交代というのは、スザンヌに危害がないように守るためでもある。
騎士三人はじゃんけんで順番を決め、一人が宿から出ていく。
宿に残った私は、アレン達から帝都には何があるのか、名物は何かを教えてくれた。
楽しく談笑していると、宿にソフィーが戻ってきた。
ソフィーの両手には袋が抱えられていて、私達を見つけると足早に近づいた。
「ちょっとシーナを借りるわね」
「え、ソフィー?」
何がどうしたのか。
ソフィーに声をかけるが、彼女は強引に部屋へと連れ込んだ。
部屋に入ると、ソフィーはベッドに袋に入っている物を広げる。
それは、長袖の白いワンピースと、ベージュのカーディガン。ワンピースの丈は長く、裾に青い花の刺繍が施されていた。
「可愛い……」
上品で可愛らしい服に、思わず感嘆の溜息が漏れ出る。
私の反応に満足したソフィーは、にこりと笑った。
「さあ、着替えるわよ! ほら、脱いで」
「……え? わ、私が着るの!?」
「他に誰がいるの。お祭りにズボンで行くなんて勿体無いし、お洒落は女の子の特権なのよ。こんな時ぐらい楽しまなくちゃ」
私以上に楽しそうなソフィーだけど、私に似合うかどうか……。
気後れしつつ着替えると、ソフィーは私の髪を
「本当に綺麗な髪ね。枝毛もないし、艶やかだし。どんな手入れをしているの?」
「してないよ? ……あ。よく水魔法で洗っているから、きっとそれかも」
魔法を使えるようになってからは、毎日水魔法で全身を洗っている。
たぶんそれだと言えば、ソフィーは感心した。
「私も水魔法を使えるけど、そんな方法は思いつかなかったわ」
水魔法の洗浄なんて普通かと思ったけど、そうでもないみたい。
寝る前に教えると言えば、ソフィーは嬉しそうに笑った。
ソフィーは今まで見てきた中で、とても綺麗で可愛らしい人。
優しくて気立てもいいし、お姉さんみたいな女性。出会った初日の湯浴みで、私より五歳も上だと教えてくれた。全然そう見えない若々しくて、きっと仕事場で人気があるはずだ。
「ねえ、シーナ。貴女、アレンのことどう思っているの?」
唐突な質問に一瞬、思考が止まる。
でも、アレンへの印象なら簡単だった。
「……優しくて、とても素敵な人」
アレンに対して感じていることを言うと、じわりと胸の奥が温かくなる。
……穏やかな心地になると同時に、少し切なくなるのは何故なのか分からないけれど。
そんな私に、ソフィーはクスクスと笑った。
「やっぱり、アレンが好きなのね」
「……好き?」
え、好きって……え? 何で?
「今の顔、恋する乙女だった」
「ええっ!? わ、私が……こっ、おとっ!?」
言葉にならないくらい
だって、私が恋だなんて、そんな乙女みたいなこと……!
「ありえないっ!」
「こらこら、自分の気持ちを否定しないの」
「だっ、だって……!」
信じられない。私が恋だなんて。乙女だなんて。
私には一生無縁だと思っていたのに……!
「恋愛は女の子の特権よ? 自分に素直になって認めちゃいなさい」
楽しそうに笑うソフィーは、なんだか経験者のように見えた。
「ソフィアも恋してるの?」
思い切って尋ねてみると、櫛を操る手が止まる。
鏡越しでソフィーを見れば、彼女は頬を赤く染めていた。
「ど、どうしてそう思うの?」
「さっきの言葉、なんだか経験者っぽかったから」
「……シーナって意外と鋭いわね」
頬を赤らめて苦笑するソフィーは本当に可愛かった。
彼女の方が恋する乙女だ。私はこんな感じじゃないから、きっと違うはず。
「恋バナはお祭りの後にしましょう。今はお祭りを楽しまなきゃ。それと、シーナはアレンともっと仲良くなりなさい! アレンは特殊な立場にある魔導師だから、城に着いたらなかなか会えなくなっちゃうもの」
「……うん。ありがとう」
ソフィーの気遣いに、胸の奥が締め付けられた。
アレンは恩人で、私の世界を広げてくれた人。だから心から安心できて信頼できるのだと思っていた。
けれど、それだけじゃなかったのだと気付かされて、どうすればいいのか戸惑う。
私が誰かに恋をするなんて、ありえないと思っていたのに……。
「――はい、できた」
思考の海から意識を戻すと、鏡に映る自分に驚く。
両耳の後ろの髪を三つ編みにして、水色のリボンで後ろに結わえられていた。
お嬢様風のハーフアップの髪型は綺麗で、ソフィーの器用さが分かる。
私に似合わないと思っていたのに、意外と似合っていることにも驚いた。
「すごい……! ありがとうソフィー!」
「ふふっ、どういたしまして」
楽しそうに笑うソフィーは本当に魅力的だ。彼女の恋が成就して、幸せになってほしいな。