叙爵式と決別の儀



 これまでフェリス領の領主になるべく邁進まいしんし、フィリア商会で辣腕らつわんを振るった。
 その甲斐があって、七歳からの努力が僅か三年で実った。
 だが、私の人生はまだまだ長い。これが終着点ではないのだから。


「――以上をもって、ナディア・フェリスにフェリス辺境伯の爵位と領地を授与じゅよする」

 しっかり練習したとおりの流れで叙爵式じょしゃくしきを執り行った。
 ざわつく観衆の中で拝礼しようとしたその時。

「お待ちください!」

 最もこの場に相応しくない男が声を張り上げた。
 目を向けると、銀髪に青目の酷くえた男が、深紅の絨毯へ踏み込んだ。

 叙爵式の際、授与される者しか踏み込んではならない決まりだというのに、伝統を重んじる貴族としては不作法だ。
 そもそも部外者なのに、何の権利があって邪魔するのだろう。

「何故このような小娘に、代々受け継いだ我が領地と爵位を与えるのです!?」

 ……ああ。誰かと思えば、私の父親か。
 最後に見た時の姿が変わりすぎて誰だか分からなかった。

「ダナン辺境伯。貴様は自領を経営するどころか、領地をかえりみていないではないか」
「まさか……! そんなことはありません!」
「では、現在のフェリス領の特産は何だ?」

 アルフォンソ陛下の質問に、ダナンは頬肉を引きらせた。

「魔晶石と酪農です。我が領では珍しい黒毛牛、黒豚、地鶏を飼育しております。特に黒豚の腸詰は――」
「それは二年前までの特産だ。ナディア・フェリス辺境伯、答え合わせを」

 アルフォンソ陛下に促され、私は陛下に一礼する。

「現在のフェリス領の特産は、木綿と木綿製の布、チョコレート、ライチで酒造した蒸留酒、魔晶石を使用した魔工製品です。特に最近、魔工製品は給湯器と冷凍庫付き冷蔵庫を開発し、私が経営するフィリア商会が販売しております。この魔工製品で、いつでも温かな湯を、高価な氷を一般家庭でも作ることができます」

 ごく一部の者しか知らないフィリア商会の目玉商品を告げれば、沈黙を保っているが、そこら中から震撼しんかんの気配が広がる。
 まぁ、仕方ない。十歳の小娘が国一番の商会の経営者とは誰も思わないだろうから。

「時にダナン。彼女が誰の娘か分かるか?」
「は?」

 アルフォンソ陛下の問いかけに、ダナンは胡乱うろんな声を出す。
 どうやら私は、どこかの商家の娘だと思われているのだろう。
 彼の怪訝けげんな反応に、私は冷めた目で見つめた。

「貴様の娘だ」
「……は?」
「冬生まれの娘と、秋生まれの息子だけではないだろう。春生まれの長女が彼女だ」

 アルフォンソ陛下の言葉に、ダナンだけではなく、この場にいる貴族達が驚く。

「そ……そんな、まさか……」
「貴族院に彼女の籍がある。申告したのは貴様ではないか」

 言い切って、アルフォンソ陛下は嘆息した。
 呆れ果ててしまったようだ。親としても人としても最低な人間なのだから無理もない。

 私も、危険を承知で好機を与えた。フィリア商会の社章に使われているネモフィラは、フェリス辺境伯の家紋にも使われているから。
 私が経営していると知り、家族関係を復縁できれば嬉しかった。搾取さくしゅするなら国に訴えるつもりでもあった。

 けれど、彼等は気付かなかった。調査すらせず、ただ客として利用していた。
 無関心でいたのは、私の存在を忘れていたから。
 実の娘を忘却ぼうきゃくするなんて、親の所業とは思えない。

 悲しいとは感じない。代わりに失望感と諦念ていねんを覚えた。
 同時に吹っ切ることができた。これで彼等と決別できると。

 片隅にあった家族との縁を切る葛藤かっとうが消え、覚悟が固まった。

「彼女は八歳でフィリア商会を興し、並行で領地経営を成功させている。彼の地へ行ってみたが、その政策は素晴らしいものだった。貧民街はどの領地より小規模。そこに住む者は服にも家にも困らず、食はシンクレア教会への寄付金で炊き出しを依頼。さらには病気の予防で定期的に湯浴みができるよう公共の風呂場――大衆浴場まで作った。貧民街から流れ出る疫病えきびょうを未然に防ぐことで、新たに立ち上げた教育施設へ通わせ、彼等も職にありつけている」

 アルフォンソ陛下が挙げた私の功績に、ダナンは頬をヒクつかせる。
 貴族達は驚愕の様子で、隣にいる貴族と顔を見合わせて、小声で言葉を交わしている。

「比べて、貴様はどうだ? 領地の経営どころか、国の公務も妨害している」
「ぼ、妨害? そんなことはありません! わたくしめは……!」

 知らぬ存ぜぬといった態に、私ははらわたが煮えくり返る。
 深く息を吐きだし、凛とした表情をつくろってアルフォンソ陛下へ向き直る。

「陛下、発言をお許し下さい」
「許そう」
「感謝申し上げます」

 即答したアルフォンソ陛下に一礼し、ダナンに向く。

「ダナン様。貴方はご自身の失態を部下に押しつけ、左遷させんや除籍を繰り返しています」
「なっ!? 何を根拠に……!」

 ダナンの否定的な反応に、私はそっと目を伏せて記憶したことを思い浮かべる。

「宮仕えから追放された方は、有力ではない伯爵家、子爵家、男爵家、そして有能な平民の官僚。名を挙げるなら、ギャニール伯爵の次男、キース・ギャリソン様。バルボサ伯爵の四男、ミゲル・バークレー様。オークレー伯爵の三男、ジェフ・オーブリー様。ウェザレル子爵の長男、エグバート・ウィルキンソン様――」

 追放された伯爵家の中で高位の三家、複数の子爵家と男爵家の当主と子息、そして有能で有名だった平民の官僚の名前を挙げる。
 次第にダナンは顔色を悪くし、貴族達は真剣な顔で静聴せいちょうしている。

「――合わせて二十九名の有能な方々が、左遷・追放されています」
「よく調べてくれた。名簿の作成まで助かった。礼を言う」
「恐れ入ります」

 柔らかな笑みとともに一礼すれば、そこらかしこから感嘆の吐息が聞こえた。
 よし、彼等に関心を持たれたし、多少は認められたはず。

「さて、ナディアの挙げた官僚だが、無視できない者達ばかりだ。貴様は職務を全うしないどころか公務を妨害している。国への反逆行為だが、自覚はあるか?」
「し、知りません。そんな者達など……!」
「では、証人を召喚しよう」

 その一言で、宰相が近衛騎士に呼びかける。近衛騎士は入口へ向かい、扉を開いた。そこから入場したのは、私が挙げた貴族だけではなく、平民の元官僚の人々。

「なっ――!」

 流石に顔を見れば分かるようで、ダナンは絶句した。

「彼等はナディアによって集められた。特に平民の官僚は、今まで王都のフィリア商会の支店で匿われていたそうだ」

 アルフォンソ陛下の発言に、貴族達は私に注目する。私は凛然とした面構えで、怒りに顔を歪めるダナンを見据える。

「国税の横領に関する報告もある。これらの証拠を前に、何か弁明はあるか?」

 アルフォンソ陛下は、冷静だが冷たい声でダナンに訊ねる。
 ダナンが握り拳を震わせて、血走った目で私を睨みつけ――

「こ……のっ、クソガキがああぁぁ!」

 激昂げっこうし、怒鳴り散らしながら殴りかかってきた。

 誰もが驚きの余り、咄嗟の行動をとらない。
 反して、私は予想していたため落ち着いていた。
 左手首につけている腕輪の石を押して、防壁≠展開。

「ぐがあ!?」

 殴りかかったダナンは、目に見えない壁に顔面と拳をぶつけ、もんどり打つ。
 一瞬、かなり間抜けな顔だったけど、私は冷静沈着な表情を必死に維持する。
 みっともなく仰向けに倒れたダナンの姿に、誰もが唖然とする。

 ……危なかった。マキシミリアンに護身具≠依頼して、本当によかった。
 思い返すと体が震えそうになるが、何とか抑え込んで小さく深呼吸する。

「陛下、捕縛をお願いします」
「あ、ああ。衛兵、捕らえよ」

 私の一言で我に返ったアルフォンソ陛下の指示により、ダナンは拘束された。

「追って沙汰を出す。地下牢へ連れていけ」

 脳震盪のうしんとうを起こして意識が混濁こんだくしているダナンを、今のうちにと衛兵が二人がかりで会場から退場して、やっと騒動が収まった。

 多少の悶着もんちゃくはあったけれど、これで名実ともにフェリス辺境伯となった。
 安堵から一息つくが、最後にアルフォンソ陛下へ向いて姿勢を正した。

「陛下、この度は肉親がご迷惑をおかけしてしまい、深くお詫び申し上げます」

 深く頭を下げれば、アルフォンソ陛下は苦笑気味に「面をあげよ」と告げた。

「其方の謝罪は既に受け取っている。そも、其方そなたも被害者なのだ。むしろここまで証言や証人を用意してくれて感謝する」
「勿体無いお言葉にございます。今後もより精進しょうじんし、このご恩をお返しできるようはげみます」

 真摯しんしな思いを伝えれば、アルフォンソ陛下は穏やかな表情で鷹揚おうように頷く。

「これにより、ナディア・フェリス辺境伯の叙爵式を終了とする」


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