強面な祖父は――



 やっと心の平穏を得られた。
 とはいえ、まだ気を抜くのは早いようだ。

「ナディア、先程のあれは何なのだ?」

 国王陛下の執務室にて。
 かおり高い紅茶を飲んでいると、アルフォンソ陛下にたずねられた。

 先程のあれとは、ダナンが転倒したことだろう。

「これはまだ試作品ですが、結界魔術による護身具です」

 左手首につけている腕輪を外し、アルフォンソ陛下に見えるように置く。
 少し幅の広い銀の腕輪には、底に何かが刻まれているのが見えるくらい透明度の高い鉱物、魔晶石を嵌めている。

 それを見てアルフォンソ陛下は、興味深そうに質問した。

「結界魔術とは?」
「私が考案した、空間領域を設定する魔術です。腕輪本体の底に魔術式を刻み、魔晶石を押し込むことで結界魔術を発動する仕組みです。解除するなら、横のくぼみを押して、魔晶石を浮かせるとできます。この護身具なら誰でも使えますので、魔工製品ではなく魔術装具として売り込めたらと思いまして」

 仕組みを含めて説明すると陛下は目を丸く見開いて凝視した。

「……戦争が一変しそうな発明だな」
「とはいえ、戦闘に向いていません。ただ、総大将を守るのなら適していると思います」

 欠点もあるが、有用性を告げればアルフォンソ陛下は感心する。

「使ってみたところ、一つにつき使用者のみ守れるようです。装備式のため、結界は四方に張った状態で逃走できます。ただ、外部に流出できません。犯罪者の手に渡れば大変ですから。使えるとすれば、アルフォンソ陛下と、陛下が選んだ王族と臣下でしょうか」
「その理由は?」
「良識があり、悪戯に使わない方が好ましいからです。アルフォンソ陛下には、良識と常識を持ち合わせている臣下が多くいると存じますが、何事も例外があります。その上で陛下が認めた方のみに、身を守るために一つだけ購入できる。そのようにしたいのです」

 懸念けねんを交えて提案すれば、アルフォンソ陛下は神妙な顔で頷く。

「其方の配慮は素晴らしい。ならまずは、余とルシアン、そしてアーヴィングから頼む」
「メレディス公爵閣下ですね。……第一王子殿下は?」
「ロベルトはまだ修行の身だからな。ただ、ルシアンには持っていてほしいのだ」

 それは私と婚約者だから――ではないはず。

「狙われているのですか?」

 ささやくように問えば、アルフォンソ陛下は息を詰めて神妙な面持ちで頷く。

「次期国王の継承の派閥があってな。第一王子であるロベルト派と、第二王子であるルシアン派、中立派で分かれている。ロベルト派の中には過激な者が多い。それ故に、ルシアンも幼いながら苦労をかけてしまっている」

 まさか王城で、そんな派閥があるなんて思わなかった。
 なるほど、だから私と婚約を勧めたのか。少し引っかかっていたから納得した。

「しっかりお守りします」
「……其方にも苦労をかけるが、頼む。其方がいてくれて良かった」

 心からの言葉をもらい、私は穏やかに微笑んだ。

「では、装飾なので、好みのデザインを考えてください。我が商会の装飾を専門とする方をお呼び致しますので、その方に子細を伝えてください。最上の物をご用意いたします」
「期待しているぞ」

 その後は今後の予定を話し合い、本日の面談はお開きとなった。


 陛下の執務室から退室し、私と祖母の客室へ向かう。
 その途中、近衛騎士団長のハロルド・ナイトレイ伯爵が立ち止まり、頭を下げた。

「えっ、あの、ナイトレイ卿? 何故……」

 突然のことに戸惑ってしまうと、ナイトレイ卿は沈痛な面持ちで謝罪した。

「私は陛下の近衛ですが、貴女を危機から護れなかった。誠に申し訳ございません」

 怒り狂ったダナンの攻撃のことだろう。

 あの時は仕方がない。子供に手を挙げるなんて、誰も思わなかったのだろうから。
 しかしナイトレイ卿は、それを仕方がない≠ニ片づけないようだ。
 職務に真剣で生真面目なナイトレイ卿に、自然と頬が緩んだ。

「頭を上げてください」

 私の一言で顔を上げたナイトレイ卿は、柔和に微笑む私を見て目を丸くする。

「確かに怖かったです。ですが、私には私を想ってくれる方の加護があります」

 本当は怖かった。タイミングを間違えれば、間違いなく殴り飛ばされていたから。
 でも、私には私を護ると言ってくれた人達から結界魔術の腕輪を贈ってくれた。彼等の思いと加護があるから大丈夫だ。

「それに、ナイトレイ卿のお気持ちはとても嬉しいです。陛下を守護するお方が、私のような者を慮ってくださったのですから」

 私はただの子供ではない。その一端を初日に知ったはずなのに、私を一人の人間として心配してくれた。その思いだけで充分だ。

「お気持ちを聞かせてくださり、ありがとうございます」

 自然と笑みが深まり、私は心からの感謝を伝える。
 私のお礼の言葉に、ナイトレイ卿は目を見開き、口を引き結ぶ。そして片膝をついて、胸に手を当てて頭を下げた。
 騎士としての最上の礼に、私は目を丸くするほど驚く。

寛大かんだいなお心に感謝します。どうぞ、今後はハロルドとお呼びください」
「……でしたら、私のこともナディアとお呼びください。ハロルド様、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い致します、ナディア様」

 顔を上げたハロルド様は、すっきりした微笑を浮かべていた。
 き物が落ちた表情を見て、私も穏やかに笑った。


◇  ◆  ◇  ◆


 叙爵式から二週間後、ルシアン殿下の誕生会と同時に婚約を発表する夜会が開かれる。それが終われば領地に戻れるのだが、成功させるためにダンスの練習に励んだ。

「ナディア、少し息抜きをしない?」

 練習開始から一週間が過ぎた朝、お婆様が提案した。

「息抜き?」
「軍部に顔を出しましょう。彼等と魔導院の方々の働きで、戦争が左右されるのだから」

 もっともな理由に、「確かに」と納得する。
 朝食が終わると、さっそくお婆様に連れられて軍部に向かった。
 通路を進み、すれ違う人々から驚かれたり、ひそひそ話をされたりしたけれど、反応するだけ無駄なので無視。
 そうして到着した軍部の建物で、待っていたらしい従僕によって重厚な扉を取り付けた一室に案内される。

「フェリス辺境伯、並びにフェリス辺境伯おうなをお連れしました」
「通せ」

 低く重いバリトンの声に心臓が跳ねる。体が竦みそうな威圧感に気後れするが、気を引き締めて入室した。
 目立つ贅が凝らされていない、かといって質素ではない、機能性を重視した立派な執務室。

 樫の木でできた重厚な執務机に着いているのは、いかつい顔つきの初老の男性。
 彼の後ろに控えているのは、黒髪に緑色の瞳、理知的な銀縁眼鏡が似合う男性。

 まさに武人と表現できる風格に緊張感が走り、背筋を伸ばす。

「ようこそ、ソフィア・フェリス。そして……フェリス辺境伯」

 鋭い目が私に向けられる。
 微かに手が震えたが、毅然きぜんとした態度を崩さず一礼する。

「お初にお目にかかります、グンナール・ガスリー軍務大臣。ウィリアム・ガスリー軍務大臣補佐官。ナディア・フェリス辺境伯と申します。此度こたびは見学を許してくださり感謝致します」

 いつもの自然体な笑顔で挨拶する。
 白髪混じりの初老の男性――ガスリー大臣は深く頷き、眼鏡の大臣補佐官――ウィリアム・ガスリー公爵は目を見開いて驚いた。

「そして、ガスリー公爵閣下。弟を養子に迎え入れてくださり、まことに感謝申し上げます。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 ウィリアム・ガスリー公爵に向けて、胸に手を当てて深く頭を下げる。
 顔を上げれば、ガスリー公爵は観察の目で私を眺める。

「どのように育てても構わないか」

 どのように――というと、母とは違い厳しく育てるということか。
 なんとなく察して、意見を口にする。

「できれば飴と鞭を使い分けてくださるとありがたいです。厳しくしすぎるとぐれて反攻的になりますし、甘くしすぎると我儘で惰性的だせいてきな人間になってしまいますから」

 厚かましいとは思うけれど、事前に釘を刺しておかないとあの子が不幸になりそうだ。
 懸念を込めて伝えると、グンナール軍務大臣は灰色の顎髭あごひげに触れて私を見つめる。

「一理あるな。お前は子供ながら有能なようだ」
「ありがとうございます。ですが、若輩じゃくはい故に未熟でありますので、ガスリー軍務大臣やガスリー公爵閣下、先人の皆様をよく見て学ばせていただきます」

 模範もはんとなる貴族を手本に学ぶことも大事だ。でも、褒められて嬉しいな。
 素直な気持ちを込めた笑顔とともに言えば、グンナール軍務大臣は固まった。

 まばたきをすることなくこちらを凝視するグンナール軍務大臣に、不思議に思って首を傾げる。
 直後、グンナール軍務大臣は口に手を当てて机に向かってうつむいた。

「えっ? あ、あの……もしかしてお加減が優れませんか?」

 思わずおろおろしてしまう。そんな私にお婆様とガスリー公爵は苦笑した。

「大丈夫。実のところ父は子供好きなのだ。……が、どうしても子供に怖がられて、泣かれてしまいがちでね」
「……そう、だったのですね」

 つまり、私の子供らしい笑顔のせい、ということ? そんなにもだえる笑顔だったの?
 びっくりした……けど、なんだか可愛いかも。

 微笑ましくて頬が緩むと、顔を上げかけたグンナール軍務大臣は、今度は突っ伏した。

「可愛らしい方なのですね」

 面白い反応に、つい「ふふっ」と笑ってしまう。
 私の言葉に、ガスリー公爵はギョッと目を丸くした。

「……フェリス辺境伯は、我が父が恐ろしくないのか?」
「最初は。ですが、よく知ると怖くなくなりました」

 素直に答えれば、ガスリー公爵はより一層驚き、お婆様は軽やかな笑声を漏らす。

「さすがナディアね。彼、口下手だから、よく誤解されるのよ」
「子供好きで、口下手、誤解……。可愛いです」
「うふふふっ。グンナール様を可愛いと言えるなんて、やっぱり私の孫娘ね」

 面白そうに肩を震わせるお婆様。
 お婆様もグンナール軍務大臣を可愛いと思っているようだ。

「仲がよろしいのですね」
「学生時代からの友人だもの。それに、彼は貴女のお爺様でもあるわ。せっかくだから『お爺様』と呼んであげてね」

 グンナール軍務大臣は、私の母・ミリアムの父親。つまり、母方の祖父にあたる。
 今の私にはお婆様以外の家族はいないから、こんな可愛い祖父ができるなんて嬉しい。

「グンナールお爺様?」
「うーん……ガスお爺様がいいかしら?」

 グンナール軍務大臣の名前の愛称だろう。
 グンナールのガスに、ガスリーのガス……なるほど、確かにそっちの方が呼びやすい。

「では、非公式の場ではガスお爺様とお呼びします」
「……公式の場でも、構わん。わしも……ナディアと呼ぶぞ」
「はい」

 真っ赤な顔で、しかも何故か息切れした声で言った。
 やばい、おもしろかわいい。よし、これからはガスお爺様で決定。
 最初は息抜きになるのかと思ったけど、本当に息抜きになった。

「ところで、フェリス辺境伯。質問してもいいかい?」

 突然のガスリー公爵からの質問だが、「どうぞ」と快く返す。

「フェリス領に魔術師の組織を創立したと聞いたが……」

 いつの間に知ったのだろう。……アルフォンソ陛下から聞いたのかな?

「はい。魔導院は、私が発案して興した組織です。互助会のようなもので、主に魔術の研究と領地の防衛、領民の依頼を仕事としています。害獣駆除や、害獣除けの結界……特定の空間領域を設定した不可視ふかしの防壁を張り巡らせるとか、そんな感じです」

 淀みなく説明すると、ガスリー公爵は驚き顔になる。
 落ち着きを取り戻したガスお爺様は、「ふむ」と呟く。

「フェリス領の警備兵と連携を取る訓練を積ませているそうだな」
「はい」

 普通に返事をしてしまったけれど……あれ?とすぐに気付く。
 普通なら知られることのない情報のはずなのに、どうして知っているのか。

「……それはどちらでお知りに?」
「本人から聞いた」

 本人と言われ察したが、疑問が湧いてきた。

 いつの間に会ったの? そもそも、どうやって面会したの?
 違和感から生じたモヤモヤが解消されないまま、ガスお爺様は続けた。

「お前の護衛騎士と魔術師だが、見事な連携で我等が国軍の実力者を圧倒している。今のところ、こちらが勝てた試しはないようだ」

 思わぬ賛辞に驚くが、ちょっと待って。既に国の軍人と戦っている?

「……いつの間に? ですか?」
「ナディアが爵位を授与するための試験を受け、合格を言い渡される前からだ。ソフィアから紹介されたときは驚いたが、確かに魔術師は国の宝となるだろう」

 軍務大臣であるガスお爺様が、魔術師を高く評価してくれるとは思わなかった。
 いや、軍務大臣だからか。魔術師に軍事的な有用性があるのだと知られてしまった。
 少し厄介なことになってしまったかもしれない。