戦略会議と顔見世



「ソフィアから聞いたが、気付いているそうだな。近々戦争が起きるだろうと」
「……はい」
「その理由は?」

 ガスお爺様の質問の真意が分からない。私にいったい何を求めているのかも。
 でも、質問されたからには答えなければならない。

「マグニフィカス公国は、アナトール王国とレヴェント帝国の国境を中心に北へ広がっています。そこから南部に位置するフェリス領まで侵入するのは難易度が高すぎます。さらにそこから人攫いを仕掛けるなんて危険すぎて違和感があります。その上、フェリス領で攫おうとした子供は魔術師でした」
「……まさか」

 そこまで説明すると、ガスリー公爵がぽつりと呟く。ガスお爺様も表情が険しい。
 私は二人が予感した内容を察して、頷く。

「公国は魔術師を集めているのだと思います。そして、彼等を戦争に使うのだろうとも」

 考えすぎなのかもしれない。けれど私の直感が囁くのだ。油断するな、と。
 真剣な顔で告げれば、ガスリー公爵の表情が強張こわばり、ガスお爺様は感心する。

「よくそこまで考えられたな」
「連想ゲームのように考えれば分かりますから」
「……連想、げーむ?」

 不思議そうに復唱するガスお爺様の反応で、この世界に連想ゲームは無いのだと悟る。

 これは説明するより実践してみせればいいかな?

「お題にした単語から連想する単語を口にする遊びです。例えばお題が戦争の場合、剣から始めると……剣と言ったら斬る=B斬ると言ったら包丁=B包丁といったら料理=B料理と言ったら食材=B食材と言ったらお肉=v

 少し考えて、前置きを言いながら二回手拍子を鳴らし、次の単語を口にするときは空白を作るように手拍子を止める。

「お肉と言ったら干し肉=B干し肉と言ったら硬い=B硬いと言ったら鋼=B鋼と言ったら武器=B武器と言ったら弓矢=B弓矢と言ったら狙撃=B狙撃と言ったら標的=B標的と言ったら敵=B敵と言ったら他国=B他国と言ったら戦争=\―という風に、一つの単語でどれだけ連想できるのか図る遊びです。脱線したお題をどうやって軌道修正するのかも考えられたら脳トレ……頭脳を鍛えられます」

 前世の遊びを少しだけ工夫して説明すれば、ガスお爺様とガスリー公爵に凝視される。
 気まずくなってお婆様を見上げれば、お婆様まで驚き顔で私を見下ろしていた。

 ……言わない方が良かったかな?

「それはナディアが考えたのか?」
「……はい」

 ここははっきり言わないと怪しまれるので、気後れしつつ頷いた。

「複数でも可能な遊びか?」
「はい。複数人ならより楽しめると思います。自分が出せない単語も出てきますし、制限と敗者への罰を決めると本気で考えられるはずです」

 簡単に説明すれば、ガスお爺様とガスリー公爵は神妙な顔で考え込んだ。
 ただの子供の遊びに、ここまで真剣な顔をするなんて思わなくて戸惑う。

「ナディア、少し付き合ってもらう」
「え?」

 ガスお爺様は椅子から腰を上げると、私に近づいた。そして、ひょい、と持ち上げた。六十代だというのに立派な筋骨で、十歳の私を軽々と抱き上げたのだ。

「あの……どちらに?」
「すぐに分かる」

 困惑する私に構わず、ガスお爺様は執務室から出た。
 途中でガスお爺様や私の身の上話を交わしながら歩くこと数分で、ある一室に入る。
 とても広く、中央にある円形のテーブルに十二人の厳つい男達が着席していた。
 まさか将校の会議室……とか? 笑えないんだけど。

「大臣……そのご令嬢は?」

 一人が恐る恐るガスお爺様に質問する。それに対して、ガスお爺様はあっさり告げた。

「ソフィア・フェリス媼と儂の孫娘、先日フェリス辺境伯の爵位をたまわったナディアだ」

 ガスお爺様の紹介に、誰もが衝撃を受けた顔をする。

 まぁ、そうだよね。十歳児が爵位っておかしいよね。

「ガスお爺様、下ろしてください。ご挨拶をしなくては」
「……うむ」

 渋々といった態で、ガスお爺様は名残惜しそうに私を下した。
 ほっと一息つき、その場でお辞儀する。

「アルフォンソ陛下によりフェリス辺境伯の爵位を賜りました、ナディア・フェリスと申します。若輩であります故、皆様をお手本に精進させてくださいませ」

 柔和な笑顔とともに挨拶すれば、その場にいる全員がぽかんと口を開けた。
 さて、これからどうしよう、と考えているうちに、またガスお爺様に抱き上げられた。

「あの、ガスお爺様、さすがに皆様の前では……」
「社会見学だろう。なら、遠慮することはない」

 ……たまれない。

「皆、気にせず会議を続けろ」
「「「…………」」」

 無理です、という心の声が聞こえた気がした。

 申し訳なくなりながらも、私は円卓に広げられた紙を見つめる。
 セピア色にせているが、簡略的かんりゃくてきな地図に見えた。

「ガスお爺様。あれは此度の開戦場ですか?」
「いくつか挙がっている候補の一つだ」
「白い駒を立てている場所は……平原ですか?」
「そうだ」
「その両脇は森林?」
「ああ」

 ガスお爺様に確認を取って、地図に記載された地形を把握して、気付く。
 平原なのに森林がある。しかも、馬に騎乗した場合、おそらく三十分足らずで平原の中央に到達するだろう距離。明らかに危険な地帯だと悟り、眉を寄せてしまう。

「何に気付いた?」

 ガスお爺様の質問に、私は言葉を選びながら声に出す。

「両脇の森林を利用した奇襲を仕掛けられる、と。もし公国側がそれを利用して、別動隊に魔術師を潜ませるとしたら、甚大じんだいな被害だけでは済まないと思います」

 地図を睨むように見つめながら言えば、将校達の顔色が変わる。
 私はそれに気付きながらも、おとがいに手を当てて考えを口にする。

「公国は魔術師の子供を攫っていました。希少な彼等を秘密兵器として出すのであれば、別動隊に潜ませた奇襲攻撃が一番効果的のはず。となればマキシミリアンの看破かんぱの力と遠見の魔術で確認をとって、敵の魔術師に対抗できるこちらの魔術師を別動隊とともに送り、魔術師を捕縛、そして敵の別動隊を制圧。敵の陣営の総大将に魔術師をつけている可能性も高いから、そこもマキシムと現地で要相談……が、妥当だとうかな。あとは平原の戦力を罠で削ぎ落とせば……」

 中盤から丁寧な言葉ではなく、素の口調で呟いてしまう。
 自分でも気付けないまま思考に没頭ぼっとうしていると、ガスお爺様が訊ねた。

「罠と言ったが、どんな罠を考えている?」
「……無難に火刑でしょうか。方円ほうえんの陣は、大将を中心に全方位に備えて、円を描いて展開しますよね? そこに大将ではなく油を染み込ませたわらを敷く部隊を配置して、罠を設置。あとは敵と衝突する際に、それとなく鶴翼かくよくの陣を展開して誘い込む。罠の上に踏み込んだところで火矢を放ち、火刑が成立します。あとは混乱に乗じて矢を放つなり、鶴翼を利用した挟み撃ちを仕掛けるなりすれば、敵部隊は瓦解がかいするはずです」
「瓦解の根拠は?」

「公国は飢饉ききんに見舞われています。肥沃ひよくの地を奪うためという名目をかかげれば、平民も死に物狂いで参加するはずです。戦力に欠ける平民なら、勝ち目がないと思い知れば烏合うごうしゅうと化します。その際に降伏を選んでくださるとよろしいのですが……公国の貴族は、逃走する平民をどうなさるのか心配です。できることなら魔術師同様、保護できればいいのですが、物資が持つかどうか分かりませんし……」

 目を閉じて悩みどころも言いながら小さく唸る。
 すると、ガスお爺様が私の頭を撫でた。

「ナディア。それ以上は儂等の問題だ。お前が気に病む必要はない」
「……はい」

 助けられないというもどかしさから苦虫を噛み潰したような顔になってしまうが頷く。

「あの……少しよろしいでしょうか?」

 その時、将校の一人が席から立ってこちらに声をかける。
 ガスお爺様に質問でもするのかと思ったが……

「フェリス辺境伯は戦争に詳しいのですか?」

 ……まさかの私でした。
 しかも、答えにくい質問だった。

「詳しくはありませんが……」
「ですが、まるで戦争を経験したような考察でした」

 鋭いけれど、本当に戦争は経験していない。前世の娯楽で多少の知識がある程度だ。

「いつだったか覚えていませんが、屋敷の書庫で調べ物をした際に、そういった書物を見つけまして。なので知識程度なら知っています」
「火刑の発案は?」
「火刑の知識は、いつか読んだ娯楽系の書物から。題名は忘れましたが、確か戦記ものだったはず……。展開の仕方は書かれていなかったので、そこは私の想像です」

 前世の書物は偉大でした。しっかり読んでいた『私』、ありがとうございます。

 なんてことを片隅で思っていると、将校達から感心の念を込めた眼差しを向けられた。

「時にフェリス辺境伯。貴女は魔術師を保護すると言いましたが、その真意は?」

 中年の将校に訊ねられ、私は自分の中にある意向を語る。

「魔術師は希少価値があります。保護して引き込めば、我が国の宝となります」
「簡単に引き込めるとお思いですか?」
「まさか。ですが、魔術師は大なり小なり心に傷を抱えています。親に捨てられた者もいれば公国に売られた者もいるはず。戦争を強要された彼等の心身を癒し、真摯に向き合えば分かり合えると思っています。実際、私が創立した魔導院の魔術師達は、捨て子や放浪者が大半ですから。境遇きょうぐうが似ている彼等なら説得力があります」
「反撃された場合は?」

 鋭い眼差しで問われて、私は懸念を払拭ふっしょくするために毅然とした態度で答える。

「その場合は、魔術書から発見した魔力を封じる魔術があります。それを刻んだ腕輪をつければ魔術師としての力を封じられます。魔術が使えなければ、ただの人ですから」

 対抗策もあるのだと説明すると、将校は感嘆の吐息を漏らして頷く。

「アルフォンソ陛下から、此度の戦争に参加させると聞かされましたが、遠征の食事はどうされるつもりですか?」

 ……確かに、アルフォンソ陛下に魔術師の指揮権を貰うよう進言したけど。
 まさか既に知らされているなんて思わなかった私は、小さく苦笑した。

「野菜の酢漬けやチョコレートを持参します。チョコレートは高カロリーで携帯食になりますし、保存できる野菜の酢漬けならビタミンがとれます。ビタミンは体を作るために必要なエネルギーですから、船旅の喀血かっけつにも効果があると思います」

 多少の体調の不調は起きると思うけれど、対策は練っている。
 持参する食糧を教えれば、将校達は驚き顔になる。

「野菜の酢漬け……盲点もうてんでしたな」
「確かに干し肉と黒パン、チーズだけでは、以前も不調を訴えられましたし」
「チョコレートも心身を癒すためと考えれば効果的では?」

 軍の食糧事情で盛り上がる中、私はとっておきの情報を開示する。

「実は我が商会では、遠征にぴったりの魔工製品を開発しています。状態固定の魔術を刻んだ保存箱です。よく冷やした食糧を魔工保存箱に入れると、冷たい状態を保ったまま、腐らせることなく食糧を運搬できます。完成すれば国軍におろしますが、いかがします?」
「……フェリス辺境伯」

 商人として開発中の商品を売り込めば、将校達は席を立ち、胸に手を当てて一礼した。

「貴卿の申し出、大変嬉しく思います。完成した暁にはよろしくお願いします」
「こちらこそ、此度の戦争でお世話になります。国を護るためにともに生き残り、ともに勝利を掴みましょう」

 死なない覚悟をもって言えば、将校達は好戦的な笑みをたたえて「はっ」と声を揃えた。


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