未来の義兄と義姉



 初めてのダンスは、不思議と簡単に踊れた。
 ルシアンのおかげで踊りやすかったこともあるし、楽しかった。

 一度目のダンスの後は、ルシアンの紹介により方々の貴族に挨拶した。
 ルシアンが信頼できる貴族とは親しくなれて、下心を持つ貴族とは軽い会話だけで終わる。

「疲れた?」
「正直に言うと、少し。ですが驚きました。皆様が私に好意的で……もっと警戒なさるかと」
「それはナディアが頑張ったからだよ。領地経営も、商会も。特にサザーランド伯爵には感謝されていたね。不人気だったバナナが人気になったのはナディアのおかげだって」

 先程会話したサザーランド伯爵を思い出す。私が熟成させてフェリス領で広めたから、他の商会が購入していると。
 そこからバナナには美容やダイエットに効果的だと話せば、サザーランド伯爵夫人に食い気味に質問されたのだった。

「調理法もいろいろありますから」
「過熱すると濃厚なスープみたいになるのは気になるなぁ」
「フェリス領にお越しの際、お出ししましょうか?」
「なら、その時はお願いするよ」

 ルキウスとの会話は背伸びしている状態でも自然と話せる。気楽でいられて落ち着く。
 お婆様とアンジェラ以外と心地良く感じるなんて不思議。会ってまだ数回なのに。
 でも、彼と一緒に頑張れるのだと思うと嬉しかった。

「少し小腹が空いたね。立食形式だけど、料理があるよ。行ってみる?」
「はい。お城の料理はとても美味しいですから、楽しみです」

 実は気になっていた立食のメニュー。食い意地を張っているわけではないけれど、とても楽しみだったのだ。
 満面の笑顔で言うと、ルシアンはクスクスと笑った。

「ルシアン」

 立食コーナーに到着すると、年上の少女が声をかけた。
 柔らかく巻いて結い上げた明るい金髪。大きな澄んだエメラルドグリーンの瞳。桜色の唇は瑞々しくて柔らかそう。愛らしさの中に凛とした雰囲気を感じられる美少女。

 白百合の如き美貌の彼女は、柔和な笑顔でこちらに近づく。
 歩く所作も全てが美しくて、自然と見入ってしまう。

「姉上……! お加減は大丈夫ですか?」

 見蕩みとれていると、ルシアンが軽く驚いた様子で美少女を呼んだ。

 え、姉上って……まさか。

「もう大丈夫よ。ところでルシアン、貴方の婚約者を紹介してくれないかしら?」
「はい。こちらが僕の婚約者、ナディア・フェリス辺境伯です。ナディア、こちらは僕の姉シャーリーだよ」

 やっぱり第一王女殿下でした。今年で一二歳になられる、美貌の姫と名高い方だ。
 内心であせったが優雅に拝礼すると、シャーリー王女が「楽にしてちょうだい」と言う。

「はじめまして、フェリス辺境伯。ルシアンの姉のシャーリーと申しますわ」
「お初にお目にかかります、シャーリー王女殿下。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

 軽く頭を下げて謝れば、シャーリー王女は軽く目をみはった。

「まあ、堅苦しいわね。あなたはわたくしの妹になるのに」
「……だからこそ、早くご挨拶したかったのです。それよりも……ご病気の快復、本当によかったです」

 数日間も寝込んでいたと聞いていた。今回の夜会に出席できない可能性が高いとも。
 快復してすぐ夜会に出席するのは体に良くないけれど、会いに来てくれて嬉しい。

「受け入れてくださり、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 柔和な笑顔とともに改めて挨拶すれば、シャーリー王女は頬を淡く染めた。

「……素敵。フェリス辺境伯、とても素敵ですわ」

 うっとりとした笑顔は大輪の花の如く。
 立ち振る舞いは白百合だけど、笑顔は白薔薇のようで、すごく可愛らしい。
 そんな満面の笑顔で褒められて、一気に頬が熱くなった。

「あ……っ、ありがとうございます。その……私のことはナディアで構いません」
「ふふっ、嬉しいわ。わたくしのことも、ぜひシャーリーお姉様と呼んでくださいな」
「はい、シャーリーお姉様」

 前世今世ともに年上の兄姉がいない私にとって、義姉ができるのは嬉しい。
 はにかんで呼べば、シャーリーお姉様は口元を引き締め、ルシアンの肩に手を置く。

「ルシアン。ナディア様を傷つけたら許しませんわ」
「わ、分かっています、姉上」

 笑顔の威圧感にタジタジになるルシアン。
 シャーリーお姉様は私に向き直り、にこやかに微笑む。

「ナディア様、おすすめの軽食がありますが、いかがでしょう?」
「いただきます」

 食い気味に即答してしまった。
 シャーリーお姉様が鈴を転がしたような笑声を漏らし、給仕の男性に軽食を持ってくるよう指示を出した。

「ルシアン様。ルシアン様の好きな料理はございますか?」
「鶏肉やトマトを使った料理かな」
「私もその組み合わせは好きです! 濃厚な鶏肉のトマト煮は最高ですよね」

 手持ち無沙汰ではルシアンも退屈だろうから話を振ってみると、私の好みと被った。
 嬉しくて笑顔で同意すると、真顔になったルシアンの頬が淡い赤に染まる。

「鶏肉のトマト煮?」

 きょとんと首を傾げたシャーリーお姉様の反応に、あれ?と思う。

 知らないのかな? この国は洋風な文化なのに……。

「湯剥きして、合わせ調味料と一緒にトロトロになるまで煮詰めたトマトスープがベースの煮込み料理です。具は鶏肉と玉ねぎと茸だけですが、濃厚で美味しくて……」

 前世ではトマトの肉詰めファルシと同じくらい得意な料理だった。今世では料理人に頼んで作ってもらって、私が作った以上に美味しかった、という裏話がある。
 頬に手を添えて、味を思い出しながら教えると、二人はゴクリと生唾を飲んだ。

 ああ、駄目、久しぶりに食べたくなってきた……。

「フェリス辺境伯は食通なのだな」

 その時、変声期前の男の子の声がかかった。

 顔を向けると、そこにはアルフォンソ陛下と同じ色彩でありながら、陛下より優雅な印象を抱かせる凛々しい美少年がいた。
 白色と明るい緑色を組み合わせた立派な礼服、そして金髪にエメラルドグリーンの瞳から、彼が王族であることが分かった。

「はじめまして、フェリス辺境伯。私はロベルト・ロイ・エウフェミア。第一王子だ」
「ナディア・フェリス辺境伯にございます。以後、よろしくお願い致します」

 やはり第一王子のロベルト殿下だった。
 流れる所作でお辞儀して顔を上げると、ロベルト殿下はニコリと笑いかける。
 人の良さそうな笑みだけど、どことなく壁や裏が感じられた。

「ところでフェリス辺境伯。ルシアンとはどうかな?」

 曖昧な言葉で問いかけられた。

 これは……試しているのか。
 王太子になるにあたって、ルシアンが驚異になるのか、私が危険人物となり得るのか。
 まさかぼかしてくるとは思わなかったが、この質問は苦じゃない。

「とても良くしていただいています。それにルシアン様は努力家で勤勉で。彼となら領地をより良くしていけると、ひいては国のためになると思います」

 ルシアンは国王になるつもりはない。フェリス家に婿入りするのだ。
 その意図を込めた言い回しをすれば、ロベルト殿下は軽く目を見開いた。

「貴女はルシアンを婿入むこいりさせるつもりなのか?」

 ……ここではっきり言ってくるとは。

 このままでは周囲の心象を悪くさせる。そうならないために口を開く。

「これは陛下のご意向です、兄上」

 しかし、その前にルシアンが口を挟んだ。

「陛下はナディアを高く評価しておられます。そんな彼女と見合いを勧められたのです」

 ルシアンがありのままの事実を言った。でも、それだけを聞いていると、この婚約にルシアンの思いはないように受け取れる。
 急に不安になってくると、ロベルト殿下は怪訝な顔をした。

「……お前はそれでいいのか?」
「たとえ陛下のご意向であっても、僕はナディアを選びます。彼女は民に寄り添う心を持っています。僕はそんな彼女を尊敬していますし、そんな彼女だからこそ共に在りたいのです」

 ルシアンの思いを深く聞いたのは初めてだ。尊敬は言われたけれど、そこまで私を想ってくれていたなんて……。

 胸が熱くなるほど感動すると、ロベルト殿下は力無く笑った。

「そうか。ルシアンがいいなら文句はない」

 先程まであった壁のある笑顔から、親しみのある笑顔に変わった。
 弟の幸せを願う兄という図が思い浮かび、私も警戒が消えていく。

 ロベルト殿下は第一王子。第二王子で、同じく派閥を持つルシアンと対立している。そんな憶測をしていたけれど、杞憂でよかった。

「ジューダスには気をつけろ。公爵ではなく辺境伯なら、難癖をつけるだろうから」
「……ご忠告、ありがとうございます」

 気を引き締めた顔で、ルシアンは目礼する。
 ジューダスは、ルシアンの双子の弟だけど問題児として知られている第三王子。
 現在は性格を矯正させるために、ルチア王妃の祖国へ留学に行っているらしい。
 お婆様から聞かされたけれど、あまりいい印象が持てない。

 それに、ルシアンの障害になるのなら……。

「ナディア様、こちらがおすすめのお料理ですわ」

 思考から意識を戻すと、シャーリーお姉様が料理を乗せたカトラリーを持っていた。
 葡萄酒で柔らかく煮込まれた鴨肉かもにくらしき鶏肉のステーキに、自然と目が輝いてしまう。

「美味しそう……! シャーリーお姉様、いただいてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」

 差し出されたお皿と銀食器を受け取り、一口大のステーキを半分に切ると、ほろり、とほぐれるほど柔らかい。
 驚きつつ食べれば、芳醇ほうじゅんな鴨肉の旨味うまみと風味が口腔こうこうに広がる。

「っ……美味しいです……!」
「ふふっ、よかった。他にもお菓子があります。一緒に食べましょう?」
「はいっ。ルシアン様とシャーリーお姉様の好きなお菓子も教えてください」
「もちろんだ」

 シャーリーお姉様と笑い合い、ルシアンも一緒にお菓子のコーナーへ向かった。

 流石は王城の料理人。立食形式のため一口で食べきれるように工夫されていたが、どれも絶品だった。
 惜しむらくはチョコレート系のお菓子が少ないこと。フィリア商会の製菓部門でも高価な商品だから、加工したカカオマスを王都まで輸送する料金も凄まじく高い。
 それでも大満足して、ルシアンとシャーリーお姉様、二人のご友人とも交流を深めた。


◇  ◆  ◇  ◆


 夜会の三日後、ルチア王妃とアーデルお婆様が主催するお茶会に出席した。参加者は私とお婆様とシャーリーお姉様、そしてメレディス公爵夫人であるネイダ様とそのご友人のご婦人。
 話題は主に私が経営する商会のこと。女性を従業員に引き込み、さらに女性が働きやすいと感じる環境を整えている話への食いつきが凄かった。
 男性だけではなく女性を立てるフィリア商会の指針に感銘かんめいを受けたようで、貴族の女性でもこなせる事業の話題にまで発展した。
 貴族のご婦人でありながら働きたい意志を持つ人達ばかりだったから話題は尽きなかった。

 それから王都にあるフェリス辺境伯の街屋敷タウンハウスの整理が完了して、数日後。

「もう領地に帰ってしまうんだね」

 領地に帰還する準備が整い、出発する前日。
 アルフォンソ陛下に約束の魔術装具を献上するついでに挨拶し、ルシアンとも会った。

「領地の経営もそうだけど、商会もあるから。王都に長く居すぎたら事業がかたむくこともありそうで……」
「それは分かる。ナディアはもうフェリス辺境伯なのだから。……でも、少し寂しいな」

 素直な気持ちを吐露するルシアンに、キュンとした。
 同時に、私まで切ない気持ちになる。

「……私も、まだルシアンといたい。でも……」

 私の帰りを待つみんながいる。彼等の思いも裏切れない。
 板挟みになる心から沈痛な面持ちになる。
 すると、ルシアンが私の頭を撫でた。

「分かっている。だから今度は僕から行くよ。美味しいバナナの約束もあるからね」
「……うん」

 子供だけど聞き分けが良くて、聡明で、優しい。
 ルシアンの笑顔を見て、私まで笑顔になった。

「ありがとう」

 また会える時を楽しみに、今というひと時を大事にした。