国軍VSフェリス領軍



 ルシアン一行が王都に帰還して数日、入れ違いで軍務大臣補佐官ことウィリアム・ガスリー公爵がフェリス領に訪れた。

 此度の戦争に導入する、保存箱の魔工製品の確認。
 名付けて、保存魔工馬車。
 行軍の耐久性を考慮して、形状は思い切って馬車型に設計。
 通常の馬車より一回り大きく、軽量化の魔術式を施すことで馬一頭でも軽々とける。

 段ボール箱で物資を小分けに詰めれば取り出しが楽で、段ボールなので燃料にもなる。
 フィリア商会に所属する魔工職人が、数々の討論を重ねながら仕上げた逸品いっぴん

 工房で説明を交えながらガスリー公爵が確認した結果――

「これは……素晴らしい魔工製品だ。理論的で欠点が見当たらない」

 魔工職人も完璧だと胸を張るほどの完成度に、ガスリー公爵も驚嘆した。
 ガスリー公爵の感想を聞いた棟梁とうりょう達が、万感の笑みを浮かべる。
 互いに手を叩き合ったり腕を打ち合ったりして、喜びを分かち合う姿が微笑ましい。

「ひとまず軍におろす十台は完成しておりますが、足りるでしょうか?」
「もう十台は欲しいところだが、あまり時間がない。けど、行軍の行き来のみの健康維持に必要な食料を限定すれば、持ちこたえるはず……」

 含みのある言葉に嫌な予感が過る。

「まさか、来年ではないと……?」
「……そのまさか。密偵によると、動きを見せ始めたと。短くて、来月には……」

 恐れていた戦争が、もう間もなく迫っている。
 震えそうな手のひらに爪を立てて抑え込み、きつく閉じた目を開く。

「なら、十日以内には志願兵を連れて王都へ参ります」
「少し早いのでは?」
「いいえ、むしろ足りません。前回、私の護衛騎士と魔術師との模擬試合で国軍を圧倒しました。フェリス領軍は魔術師との連携を図れますが、国軍の皆様は慣れていませんし、魔術師への先入観は根深い。少しでも良好な関係を築き、連携を強化していどむべきです」

 ガスリー公爵の意見を否定してのべべると、彼は衝撃を受けた表情を引き締めて頷く。

「私もフェリス卿の意見に賛成だ」
「感謝します。此度の戦に必要な物資ですが、魔術師の分はこちらで用意します。彼等にも行軍の訓練を積ませましたが、体調の改善と魔力回復用の魔晶石が必要ですから」
「それならば、そちらはお任せする」

 今後の課題を詰めた後、ガスリー公爵は魔工保存馬車を持ち帰った。
 ……私も、覚悟を決める時が来た。


 三日で物資を揃えると、志願兵と魔術師を合わせたフェリス領軍を率いて王都へ到着。
 野獣との戦闘で命を奪う経験はさせたけれど、相手は人間なので多少の不安が残る。
 それでも彼等は、国よりも居場所を守るために戦う意志を掲げている。
 彼等の覚悟を信じて、私も前へ進もう。

「久しぶりだな、フェリス辺境伯。そして、よく来てくれた、魔術師の諸君」

 国軍との顔合わせに王城に赴いて、国軍の訓練場にとんでもない人物がいた。

「お久しぶりです、国王陛下」

 私とマキシミリアンが臣下の礼をとると、控えている魔術師はおずおずとお辞儀する。

 どうしてアルフォンソ陛下がいるの!? 軍の訓練場に来てもいいの!?

 混乱していると、アルフォンソ陛下が「面を上げよ」と許したので姿勢を正す。
 後ろに控えるグンナール・ガスリー軍務大臣ことガスお爺様を見れば、苦笑いを浮かべた。

「失礼ながら陛下、どうしてこちらに?」
「なに、其方そなたの勇士を見に来たのだ」

 そう言って、アルフォンソ陛下は魔術師の前へ出る。
 魔術師達は緊張感やら気まずさやらで表情が硬いが、しっかり前を向いている。
 じっと観察したアルフォンソ陛下は、ふっと柔和にまなじりを下げた。

「其方らは魔術師だが兵士ではなく一般人だ。それでも此度の戦に力を貸してくれるとナディアから聞いた。敵には誘拐や人買いで集められた魔術師が大勢いる。彼等を救うためだとしても、我が国民の守護に助力してくれることを感謝したい」

 一国の主が、国王として一般人へ直々に感謝を伝える。
 普通ならありえないことだが、アルフォンソ陛下は真摯に魔術師と向き合った。
 マキシミリアンもそうだけど、魔術師達にも動揺が走る。

「我々徒人が過去の魔術師にした仕打ちが消えるわけではない。許されずとも余はナディアの味方であり、ナディアが信じる其方らを支持したい。どうか民を救う一助となってほしい」

 アルフォンソ陛下が、頭を下げた。
 強い願いが込められた言葉に、態度に、この場にいる全員が震撼しんかんする。

 逸早いちはやく我に返った私は、アルフォンソ陛下の斜め後ろに立つ。

「この戦で、貴方達の心を傷つけてしまうでしょう。命の危機も避けられない。それでもこの地の民を、あの地に捕らわれた魔術師を助けたい。貴方達の力を傷つけるだけではなく救う力として、私達に貸してください」

 心からの願いを込めて、私も頭を下げる。
 途端、マキシミリアンが慌てて声を上げた。

「陛下、ナディア様、頭を上げてください。お二人の気持ちは、我々にも分かります。我等も同士のため、そして帰るべき居場所を守りたくて邁進してまいりました」
「そうです! 私達を救ってくださったナディア様と、ナディア様の味方でいらしてくれるこの国を私達はお守りしたいのです。どうか頭をお上げください!」

 魔導院副長のユリアも、今にも倒れそうな気持ちを込めた声で言った。
 彼女のためにも、私とアルフォンソ陛下は姿勢を起こす。

「ナディアと其方ら魔術師の覚悟に敬意を。ありがとう」

 心の底から気持ちを込めた言葉で告げた。
 アルフォンソ陛下の感謝に、魔術師達は揃って一礼する。
 統率がとれた軍人の如し一礼の後、アルフォンソ陛下はガスお爺様に声をかける。

「ガスリー軍務大臣」
「はっ!」

 アルフォンソ陛下の意図を察して、ガスお爺様が前に出る。

 私は邪魔にならないように下がろうとすると、私の頭にポンッと手を置く。
 驚いて顔を上げると、ガスお爺様は優しい眼差しで私を見下ろしていた。
 そして、次には引き締まった表情でマキシミリアン達を見据える。

「この国の軍務大臣、グンナール・ガスリーだ。お前達がどのような力を以て戦うのか、それをこれから披露してもらいたい」
「承ります。儂は魔導院長、マキシミリアン。ナディア様が率いる魔術師の副指揮官として、此度の戦に尽力します。では、まずは第一部隊、前へ」

 マキシミリアンが張りのある声で告げると、表情を引き締めて前に出たのは、赤茶色の癖毛に冴えた赤眼の少年・ゼノンと、壮年のフェリス領軍の兵士サムを含む四人組。
 続いてガスお爺様がりすぐりの部隊の六人を呼び、訓練場の中で見合わせる。

「――始め!」

 ガスお爺様の合図が響いた直後、国軍側が前に出る。
 しかし、先行する軍人が前のめりに倒れかけた。
 よく見ると、彼の足元に土が盛り上がっていた。

「くっそぉっ!」

 倒れかけた軍人はサムの木剣に敗れ、退場。
 軍人の二人がサムに向かうが、彼とへだてるように灼熱の炎が足元に走る。
 炎にひるんだ兵士に向かって、フェリス領軍の兵士が木剣で一撃を当てた。
 一撃離脱。そして魔術による牽制けんせいと攻勢。

 無駄のない戦いに、ガスお爺様が声をかける。

「ナディア、以前と戦い方が違うようだが……」
「今回は勝負ではなく、戦争に向けた訓練でもありますから。魔力の節約と無駄のない戦術を鍛えさせました。例えば火魔術で足元を燃やしましたが、前触れもなく生じれば生き物なら本能が危険信号を脳に送ります。僅かな炎で一瞬でも動きを止められれば、あとは素早く隙を突けばいい。他にも土魔術で足元を阻害すれば、楽にとどめを刺せます」
「なるほど、理にかなっている」
「ですが、相手が強ければ小手先の技は通じません。その時は本気で相手をするように言っています。フェリス領では、一般の警備兵でも魔術師との連携を図る訓練を積ませているので、本気の魔術にも対応する胆力があります」

 説明すれば、ガスお爺様は深く頷いて模擬戦を観察する。
 聞き耳を立てていたアルフォンソ陛下は目を丸くして、巧みな戦術に見入っていた。

 兵士と魔術師が手を取り合って戦う姿を初めて見ると、誰でもそうなる。
 怖がらないか不安だったけど、アルフォンソ陛下の目はキラキラと輝いていた。
 どことなく童心に返っているようにも見える反応に、思わずクスッと笑ってしまう。

「陛下、どうですか? 彼等の戦い方は」
「……まったく無駄がない。それどころか、面白い。確かに強力な魔術なら恐ろしいが、こうしてみると美しいものだな」
「ええ。特に遊び心のある魔術は綺麗ですよ。私の侍女のアンジェラは氷魔術の使い手。夏場ではよく助けられていますし、冬の祭りでは氷の彫像まで作りますから」
「それは是非とも見てみたい」

 次々と部隊を変えて模擬戦が繰り広げられる。
 今回は本気で戦わないので魔術を直撃させないという縛りがあるにも関わらず、魔術師達の戦い方は精緻で巧み。
 今のところ、魔術師のいるフェリス領軍が勝っている。相手は六人でかかっているのに危なげもなく終わらせているのだ。

「――そこまで!」

 ガスお爺様が声を張り上げて模擬戦の終了を宣言する。
 軍人達は悔し気で、フェリス領軍は歯応えがなさそうな感覚に目を白黒させていた。

「これが魔術師の有無の差か」
「あとは魔術師の使う魔術の特性。これを兵士が理解すれば、戦術も連携の幅も広がります」
「なら、出立まで魔術について講義してくれないか」
「そのつもりで魔導院の講師を連れてきました。マキシムさん、ユリアさん」

 負傷者に治癒魔術を施すユリアに呼びかける。
 ユリアは綺麗な所作で立ち上がり、マキシミリアンと共に集まった。

「ナディア様、講師のお話ですかな?」
「そう。アルフォンソ陛下、ガスリー軍務大臣、こちらが魔導院の副長ユリア。魔術師の歴史や魔術の造詣に最も深い方です。マキシミリアンの師でもありますから、こちらの二人が座学と実技を担当します。実技ではフェリス領軍の兵士がお助けします」

 あらかじめフェリス領軍には伝えているから、力になってくれるだろう。
 学ぶ側が、真剣に受け入れてくれるのか心配だけど。

「失礼だが、ユリア殿はどのような魔術を?」
「治癒魔術です。怪我を癒す魔術ですが、骨折や風穴のような重傷には細心の注意が必要となりますし、魔力の消耗も激しいので控えさせていただきます」
「ユリアさんは魔術師の中で最も少ない回復系の魔術師です。負傷者の優先度や治癒魔術の運用の制度など、後ほど話し合いたいのですがよろしいでしょうか?」

 戦闘に特化していないけれど、後方支援に特化した魔術師もいる。魔導院でも回復系の魔術師は六名。特に外傷や内傷に特化した治癒魔術はユリアだけ。
 ユリアを含めて四名が戦争に参加してくれるけど、戦場での運営は難しい。内の一人は病気平癒に特化した魔術師だから、病気の対策にも温存したい。
 そのためにも話し合いの場を設けたいと申し出ると、ガスお爺様は真剣な顔で頷く。

「もちろんだ。本来なら戦場で傷を癒すなど不可能なこと。それを可能とする魔術師は、確かに世の宝だ。失えば世界の損失と言っても過言ではない」
「そうだな。他にもどのような魔術師がいるのか、余も学びたいところだ」

 ガスお爺様に同意しつつ、アルフォンソ陛下が講義を希望する。
 ユリアは動揺して私に視線を送ったので、苦笑しつつ頷いた。

「お、恐れ多いですが……お互いに時間ができましたら、ご教授致します」
「ありがたい。息子から聞いたが、ユリア殿は歴史の生き証人なのだとか。そのことについても、ぜひ話がしたい」

 若返ったような表情で期待を寄せるアルフォンソ陛下。
 ユリアはたじろぐも、諦めた表情で受け入れた。

「私が見聞きした六百年の歴史でしたら、いくらでもお教え致しましょう」
「……ろっぴゃくねん?」

 ロベルト殿下から聞いているはずだけど、流石に年齢まで聞いていなかったみたい。
 アルフォンソ陛下とガスお爺様の唖然とした顔に、笑いが込み上げてきた。

「……ナディア様?」
「ごっ、ごめんなさいっ……! ユリアさんは見た目も中身も若く見えるから、実年齢と噛み合わなくて。知ればびっくりすると分かっているけど、反応が面白くて……っ」
「ナディアは素直だなぁ」

 低めのユリアの声に、咄嗟に謝る。
 けれど少し不敬だったみたいで、アルフォンソ陛下が苦笑した。

 すみません、と平謝りの後、アルフォンソ陛下は咳払い。

「さて。余もそろそろ公務へ戻るが、その前に少し。軍の宿舎側に魔術師諸君の仮の宿舎を用意している。軍との絆を深めるためにも、ぜひ利用してほしい」
「感謝いたします」

 マキシミリアンとユリアが一礼すると、聞こえた魔術師達も頭を下げる。

「あとはガスリー軍務大臣補佐官が説明する。諸君の励みに期待する」

 そう言い残し、アルフォンソ陛下は文官とともに去っていった。
 国王が退場して、ようやく訓練場にいる人々の気が緩む。しかし、ガスリー公爵の拍手で、シャキッと姿勢を伸ばす。

「フェリス領軍と魔術師には、これから宿舎へ説明を交えながら案内する。休憩後は我が国の軍についての座学を受けてもらう。本日はそこで終わりだが、軍の諸君は明日から魔術師についての講義と合同訓練を行う。いいか、しっかり理解を深めるのだ。戦場で足を引っ張り合えば、その時点で命はないと心得るように」

 流石、軍務大臣補佐を務めるだけある。文官のような理知的な眼鏡がより鋭い印象を与え、全軍と魔術師達に緊張感をもたらす。
 私も魔術師の宿舎を見に行きたいけれど、将校達と打ち合わせがある。
 ガスリー侯爵が戻り次第、回復系の魔術師についても話し合わなければ。