為政者流の説と秘策



 会議室にお邪魔して、お茶で一服。気分が軽くなった時、将校達の様子に気付く。
 深刻な渋面や暗い面持ちなど、かなりむさくるしい。
 目をしばたかせてガスお爺様に視線を向けると、彼は頷いて告げる。

「今後の方針について会議を行うが、まずは各々おのおのの言いたいことをべよ。今なら許す」

 ガスお爺様の言葉を皮切りに、元帥を担うメルヴィン・サージェント侯爵が口を開く。

「フェリス卿。此度の模擬戦、彼等は手加減をしているように見えたのだが……?」
「戦時前ですから。フェリス領の兵にも、大怪我をさせないよう言い含めております」

 しっかり頷いて答えた途端、将校の大半が顔に手を当てたり頭を抱えたり……。

「……あの、どうなさったのです?」
「フェリス卿には、軍の者共を見てどう思った」
「え? ……連帯感が薄くて、臨機応変な対応や機転に欠けているように感じました」

 少し悩みながら答えると、とうとうサージェント元帥も頭を抱えた。

 え、何。いったい何がどうした。

「戦闘経験のないフェリス卿でもそう感じるとは……!」
不甲斐ふがいないにも程がありますな」
「フェリス領軍の練度は我々を上回る。これを機に訓練内容を見直さなければ……」

 深刻な顔で口々に問題点を挙げる。

 ……ん? ちょっと待って。まさか国軍って……弱いの?

 特出した戦闘能力を持つ軍人が何人かいたけど、他の軍人との連携が上手くなかった。

 ということは……

「あの、軍内部で軋轢あつれきがあったりします?」

 恐る恐る訊ねると、将校達は沈黙した。
 まさかの予想的中に、流石に私も頬が引きつった。

「フェリス卿、貴殿の領軍はどのようにして結束力を磨けたのか教えてくれ」

 サージェント元帥が切実な思いを込めて訊ねた。

 思い返せば二年前までのフェリス領軍も結束力が無かった。
 たぶん、私の言葉にも少しは影響があるのかな。

「私は彼等に、フェリス領の兵士としての心構えを説いただけです」
「心構えを……?」

 復唱するサージェント元帥と、居住まいを正す将校達。
 別に難しいことではないけど……。

「私はフェリス領を正しく回す者。貴方達はフェリス領の民を守る者。私達は領地の安寧を齎す歯車の一つであり、一人一人が領地の要である。領民は私達の家族であり、家族だからこそ失ってはならない。どこかで一人を喪えば、家族を、恋人を、友人を、隣人を喪うことと同義だと思いなさい。悲しみの芽を摘み取り、領民を守る者こそが、フェリス領に相応しい守護者となるでしょう。どうか、そのことを心に刻んでほしい」

 私が領主となるためにフィリア商会を立ち上げ、領地が豊かになるにつれて外部からの移住者が現れ始めた。移住者による不和が生じる危険性に気付き、その前に領軍の結束力を深めるために演説を行ったのだ。
 かつてを思い出しながら、当時の言葉を掻い摘んで語る。

「――これが、フェリス領の兵士に語ったことです」

 最後の一句まで言い終える。
 伏せていた目を開けば、将校達の視線を浴びた。
 そこに熱量があるように感じるのは何故だろう。

「若輩の大言壮語だったのではないかと不安もありましたが、受け入れてくれました」

 気圧されかけても苦笑気味に言えば、サージェント元帥が口を開いた。

為政者いせいしゃだからこその説法か。……なるほど。彼等が卿を慕うのも頷ける」

 あの時は不安だったけど、サージェント元帥の言うとおり、彼等は私を受け入れてくれて、慕ってくれた。だからこそ私は彼等に応えたいと強く思ったのだ。
 領民である彼等への愛情が芽生えたのも、その時だった。

 しばらくしてガスリー公爵が会議室に入り、ガスお爺様の後ろに控えた。
 これで重役は揃った。いよいよ会議の始まりだ。

「最初の議題は魔術師の運用だが、二、三日ほど様子を見ることにする。部下がどれだけ彼等を受け入れて協力的になれるのか。最低限の条件を満たさなければ運用は不完全で危うくなるという意見もあるので、魔術師の運用は三日ほど保留とする」

 ガスお爺様の決定に、将校達は静かに頷いて受け入れる。
 私も頷いて見せると、ガスお爺様は次の議題に移る。

「次は回復系の魔術師について。特出した治癒魔術の使い手が一人。外傷特化の治癒魔術の使い手が一人。外傷だけではなく毒などの状態異常への回復魔術の使い手が一人。外傷と病の回復魔術の使い手が一人。以上で四名の回復系の魔術師が此度の戦場で力を貸してくれる。ただし回復系の魔術師は希少で、魔導院に残った者を合わせて八名しかいないと聞く」
「ならば戦場に復帰できる程度の負傷者を優先的に治療し、重傷者は戦後に治療するのが良いでしょうな」

 ガスお爺様の説明に、サージェント元帥が提案する。
 私も考えていたことなので、元帥が率先して言ってくれてありがたい。

「魔術師は保有する魔力量によって、行使できる幅が決まります。此度の戦に協力してくださる魔術師達は、戦闘系の魔術に特化し、なおかつ魔力量の多い方々です。それでも限界はありますが、その時は魔晶石から魔力を吸収し、回復する対策を講じております」
「つまり、魔晶石があれば魔術師の現場復帰は早いと?」
「はい。魔晶石に関してはフェリス領産の物を用意しました。分配できる量に限りはありますが、工夫すれば充分だと判断しておりますし、万が一の予備も完備しています」

 普通なら必ず綻びが生じるだろうが、事前の準備を十全に整えれば生存率が上がる。
 今回は出し惜しみしていられないので私財でまかなった。
 この説明に将校達は感心の吐息を漏らすが、ガスお爺様は難しい顔をしている。

「貴重な魔晶石をそこまで使っていいのか?」
「少々財政に響きますが、魔晶石の鉱脈には魔力溜りがあります。魔力濃度の高いそこに使用済みの魔晶石を保管すれば、数年後には元の容量まで回復します。なので、此度の戦に使う魔晶石は魔導院専用として、使用後は管理することになります」

 魔晶石はただの消耗品ではないのだと説明すれば、将校達から驚愕の声が上がった。
 あ、そう言えば一般的な常識ではなかった。

「なんと……! それは本当か?」
「一年で使用済みになった魔晶石を鉱脈の魔力溜りに保管したところ、一年で約半分の魔力を充填じゅうてんできましたので、間違いないかと」
「再利用が可能とは……! これは魔晶石を利用する経済状況が変わりますぞ!」

 一人の将校が興奮して目を輝かす。
 私もそうだったから、気持ちは痛いほど分かる。

「なのでフェリス領では使用済みの魔晶石を安く買取っています」
「なるほど、理にかなっている。後ほどフェリス卿と経理部へ説明しましょう」

 ガスリー公爵が申し出てくれたので、協力のために頷いた。
 アナトール王国の経済に影響を与える情報なので、積極的に開示しよう。

「とはいえ、魔術師の運用でナディアばかりに負担をかけさせられない。戦力のかなめだが、元は戦の経験もない一般人なのだ。ナディアも本来なら軍人ではない。此度に必要とする魔晶石だが、軍か国庫で賄うように図ろう」
「とてもありがたいですが、国庫が赤字になる可能性があります。なので叶うなら五割以下でお願いします。使用済みの魔晶石は再利用のために、こちらで回収しますので」

 ガスお爺様の申し出は助かるけど、国庫は流石に不味い。
 負担をかけすぎるのは良くないと判断すると、サージェント元帥が目を瞬かせた。

「戦は国の一大事。勝つためなら多少の赤字も必要経費なのだが、フェリス卿は国の未来も見据えているのか」
「当然です。必要以上の徴税ちょうぜいは、民の生活が苦しくなりますし、下手をすれば国内で暴動が起きかねません。敵国に勝利しても民が喜べなければ、経済が破綻します」

 国民の幸福と安寧を守るために勝利しても、国民が貧窮ひんきゅうすれば元も子もない。

「私達は運命共同体であり、国だけではなく家族のためにも勝利し、生きて帰るのです。全力を出し切った後のことも考えなければ、自分も家族も苦しい思いをします」

 フェリス領の統治者としての意見を言えば、サージェント元帥は小さく呻く。
 まぁ、甘い考え方だとは思うけど、それでも視野を広げなければ取りこぼしてしまう事もあるのだから、策は十全に整えるべきだ。

「魔術師の運用や指揮についての意見は遠慮なく出しますが、軍側も意見や要望があれば遠慮なく言ってください。生きて勝つための策はいくらあっても足りません。十の中の一だけで勝てるなら僥倖ぎょうこうですが、それが現実になる訳がありません。ですから、歴戦の戦士である皆様の知恵をお貸しください」

 勝つためには先人の知恵が必要不可欠。運命共同体としてこだわりは捨てるべきだ。

 真剣に思いを告げて、頭を下げて願う。
 沈黙が下りたが、隣のガスお爺様に頭を撫でられた。
 驚いて顔を上げれば、ガスお爺様は優しい眼差しを引き締めて将校達に向けた。

「皆、聞いたな?」
「……子供に諭されるとは、我々もまだ青いということですか」
「まあ、フェリス辺境伯の言葉には重みがありますからなぁ」

 サージェント元帥が嘆息し、隣の将校が苦笑する。
 反感を持たれる覚悟で言ったのに、誰もが受け入れてくれた。
 戸惑う私に、サージェント元帥は表情を引き締めた。

「我々は魔術師への理解が不足している。理解者である卿の存在は必要不可欠なのだ。こちらこそ忌憚のない意見を遠慮なく言ってほしい」
「はい、全力を尽くします」

 そこから先は激論が続いた。
 以前、私が告げた懸念点を覚えていてくれたおかげで部隊編成も着々と進んだし、計略の段取りも複数案が決定した。
 あとは敵、マグニフィカス公国がどのような策を出すのか予測して、対策を練る。
 昼食を挟みつつ進めると、あっという間に終業時間を告げる鐘が鳴った。

「む、もうこんな時間か。皆の者、本日はここまでだ。次は三日後、軍部と魔術師との関係の結果が出た後だ」

 長いような、あっという間のような軍事会議が終わった。
 不思議な感覚だが、疲労感が出始める。
 ガスリー公爵の意向で、本日はこれでフェリス辺境伯の街屋敷に帰宅した。



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