Short story


夢にみた、夢だった - そうめぐ


道を覚えるのが苦手な筈が、行き慣れてしまった路地裏を進む。開けた先の花屋には今日も小さな背中がせっせと仕事に取りんでいた。

「恵」
「あ、ポリスさん!と、じゃなくて…、そーすけくん!こんにちは」
「おう」

向日葵を一本お裾分けされて以来、パトロールを兼ねて花屋に通っていた。会話らしい会話は交わすことはなかった為、昨日、初めて彼女の名前を聞いた。大きな目をぱちくりと見開き、驚いたような表情を浮かべた後、ふんわりとした笑みと共に告げられた名前を何度か脳裏で復唱した。

「今日も向日葵?」
「あぁ、一つ頼む」
「うん!ちょっと待ってね」

何故、こう彼女の元へ通ってしまうのか。向日葵と彼女の笑顔を重ねてしまうのか。自分自身にも理解出来ていない行動に答えは出ない。俗に言う、これが恋愛感情というものなのかとも思い始めるが何分今までその手のものとは無縁だと思っていたから余計に。準備を終え、向日葵を一本抱えた恵が小走りで此方に寄ってくる。

「あ、あの。そーすけくん」
「どうした?」
「この向日葵と交換で、そーすけくんがお休みの日に恵とご飯食べに行ってくれませんか…!」
「…は?」

突然の申し出に情けない声が出る。告げられた言葉は現実か夢か、頬を赤く染めて向日葵を差し出す恵の姿が現実を語っていた。

「ご、ごめんね!いきなりこんな事…迷惑だよね!」
「いや!そうじゃねぇ…」
「え?」
「俺からも、頼む」

差し出された向日葵を答えとして受け取ると、本当!?と、嬉しそうな声と共に向日葵の様な笑顔が咲いた。向けられる笑顔に胸が高鳴る、この想いは。


隣見て、特等席 - りんみお


窓の外で流れていく景色をぼんやりと眺める。宗介が別件で出払っている為、今日は定位置の後部座席ではなく助手席に体を預ける。定位置の助手席ではなく、その隣に座り運転する凛は何だか新鮮だった。

「凛、お前免許持ってたんだな?」
「たりめーだろ、俺だって運転の一つや二つ出来るんだよ。澪だって運転出来るだろ?」
「出来ないとは言っていない」
「何だよそれ」

曖昧かよ、と凛の横顔が笑う。そうだな、と短く言葉を返す。これはこれである意味では特等席かも知れない、横ばかり見ているとしっかり前見とけと正論が飛んでくるかも知れないが。
二人だけの車内はまた、いつもと違うような、でも何処か懐かしいようなそんな感じがした。


非科学的可能性 - れいかず


研究に行き詰まり、息抜きにと、このカフェを見つけて入ったのは、つい先日のこと。行き詰まったといえど、大きな問題ではなく、余程僕も疲れていたのだろうか、カフェで少し休めば、些細な間違いに気づき、解決策が見つかった。

験担ぎなどという、非科学的なものを信じたくはないが、ここに来れば何事も上手くいくように感じる。あの日初めて訪れ目にした、彼女の笑顔を見ると、自然と心が休まる気がした。そう思うと、毎日足を運んでしまう。

「ご注文はお決まりですか?」

少し緊張した彼女の声。僕はここ数日頼んでいる、代わり映えのない注文をすると、持参していた本へと目を移した。

テーブルに運ばれた紅茶を飲みながら、本を読み進めて、どれくらいの、時間が経っただろうか。店内はすっかり、僕と彼女の二人だけになっていた。カウンターの方から感じる視線に、居心地の悪さを感じ、そちらを見ると、視線の主である彼女と目が合った。
真っ赤な顔の彼女が駆けて「お茶のおかわりよかったら」と、たどたどしく話をするので、僕は笑顔でお願いすることにした。お茶やお菓子の感想を述べたかったが、なぜか言葉に詰まる。

「すぐお持ちしますね」

彼女の笑顔に、胸の高鳴りを感じながら、軽く会釈をすると、僕はまた本を読み始める。

彼女は、なぜ本を読む僕を、じっと見ていたのだろう。なぜ僕の前だけ、そう緊張することが、あるのだろうか。いくつかの疑問が浮かび、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いていた。本の世界に集中できなくなった僕は、諦めて心に浮かんだ、いくつかの疑問と向き合い始める。

恋なんてものに、僕が惑わされるはずがない。


街角の向日葵 - そうめぐ


細い路地裏に足を運べば長年暮らしていた小さな街だというのに、知らない景色が目に入る。何時もと違うパトロールの行き先、決して道が分からなくなったからでは無いと先に断言しておきたい。見知らぬ土地は少なからずとも好奇心を揺るがす。路地裏を抜けると小さな店が立ち並ぶ土地が広がっていた。一件一件、横切りながらも仕事は忘れぬよう、視線を配る。ふと、目先に止まったこじんまりとした一件の花屋が其処にあった。色とりどりの花に囲まれ、エプロンを揺らせながら水をやるその横顔に思わず息を呑む。見惚れる、とはこういうことか。ある程度の距離は取っておいたつもりだったのだが、視線に気付かれたのか、似た色を持つ翡翠色がこちらを捕える。

「あれ?警察の人?」

柔らかい空気が揺れ、心地よい声が耳に届く。話し掛けられるとは想定外だった。咄嗟の出来事に動揺を出さぬ様、あくまでも冷静を装う。

「パトロール中だ」
「そうなんだ!じゃあお客さんだね」

肩口に使える髪をふわふわと揺らしながら駆けてくる彼女との距離が縮まる。

「はい。当店自慢の向日葵お裾分けだよ!」

半ば強引とも言える形で渡されたのは一本の大きな向日葵。名も知れぬ初対面な筈なのに、その向日葵が彼女の笑顔と重なって見えた。


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