24:蹞歩






じーわじーわ、じーわじーわ。

蝉が鳴く。

蝉声を聞くにはまだ少し早い時期であったが、要之助は嬉しそうに眼を細めた。
懐かしい。
桐野と初めて会ったのはこの故郷実方の丘の上、蝉の声の中だった。
「兄さあ、ここで”ご一新”どんに会うたんです」
「そうか」
弾むように笑って話す弟に、道之進も笑った。

今日要之助は東京へ発つ。
父には家の前で挨拶をして別れたのだが、道之進は見送りで市街地まで来てくれるのだという。



戦争が終結して十ヶ月程経つ。
大山と面会した後、石蔵に派遣された医者の補助をせよとのことで、そのまま要之助は釈放された。
その後数日で政府軍が鹿児島を発ち、”囚人”の扱いが九州臨時裁判所下に移管されたのだが、そこで手伝いをした期間はごく短く一か月にも満たなかったのだった。

石蔵に収監されていた人々は順次取り調べを受けては無罪・免罪で放免され、または長崎に護送され、ひとりふたりと減っていった。
河野主一郎もそんな長崎に送られた人間のひとりであった。

釈放された後、要之助は事情を話して石蔵に戻り、河野に事のいきさつを説明した。
河野は「大丈夫だ」と言いながらも心配してくれていたようで、要之助の顔を見るや安堵したように息を吐いた。
話中に出した大山の名前には若干複雑そうな顔をしていたが、桐野や別府、紹介状を託した西郷の意を酌んで、

「…禍福はあざなえる縄の如し、じゃな。 ここで死んだもんと思うてこれからはもっと自由に、思い通りにやってみるんもヨカな」

と、強く励ましてくれた。
石蔵に通う間、顔を見る度に声を掛けてくれたり、笑いながらこっそり桐野や辺見の話を聞かせてくれたのも河野だった。

医者の手伝いをしながら、空いた時間に話を聞く。
そんな大きな変化もなく流れゆく日々であったが、ある時、そこで思わぬ人を見た。
実方で療養している筈の道之進が、臨時裁判所出張所に自首してきていたのだった。
城山が陥ちたと聞いた後、実家で身辺整理を済ませて出てきたのだという。
息が止まる程驚いた。

このような所で要之助の顔を見た道之進も、
「汝の事は死んだもんと諦めちょった」
と流石に驚いた顔をしていたが、

「何故来たか?…従軍した事、俺は恥ずかしい事だとも間違っちょったとも思わんからな」
それが罪だというのなら甘んじて受けよう。

と無造作に。
そう言い放った兄に対する敬愛が、改めて深くなっていくのを要之助は強く感じた。

道之進の大怪我は、腹の被弾部は何とか塞がり骨接ぎも上手い具合にいっているようで、そろそろ自由に体も動く。
実方に残してきた家族も今の所恙無く過ごしているようで、道之進の出頭は所信もさる事ながらそうした事も作用しているように思えた。
そして兄もそのまま石蔵に収監されたのだが、意外と早く取り調べの順が巡り、あっという間に河野主一郎と共に長崎の臨時裁判所へと移送された。
十月半ばの事だった。


要之助はそれを機に医者の手伝いを免除され、実方に帰された。
収監者が少なくなってきたことでもあるし、何より実家には老父母と義姉しかいない。
その辺りを聞くともなく聞き知った医者の心遣いであるようだった。

家を離れていたのはたった二月程だ。
そうであるのに、市街地から実方への道のりは何故か酷く懐かしかった。
踏み荒らされ焦土と化している所が多くあったが、人々の顔には戦が終決したという安堵が、隠しようもなく広がっているのが印象的だった。
丘を登り、道を迂回し、丘を下り、登る。
そんな事を何度か繰り返すと幾つかの集落が眼前に広がった。

(かえってきた)

よく見知った家。
そこによく見知った人影が佇んでいるのが見えたと思うや、その人影の動きもはっと止まった。
ゆっくりとした歩みが次第と速くなり、駆け足になり、走る。
走った。
「う、わッ」
足が石を踏み外したのか勢いで大きくこけてしまい、両手で即座に立ちあがろうとしたのだが、

「父上」

そこには膝をついて要之助を抱え起こそうとする父がいた。
「………」
「………」
そのまま静かに要之助の土埃を払うと、慈しむように父は頭を撫でた。
すっ、すっと無言で髪を撫で分ける仕草に思わず抱きつくと、背に置かれていた手に力がこもった。

「…おかえり、要之助」
よく帰ってきた。

そんないたわりの声が耳の後ろで暖かく響くと、心の中で何かがブツンと切れた。
「う、うあ、ぁああぁぁん」
意識下に抑えつけていた恐怖感。
一朝にして大切な人々を喪った喪失感。
家に辿り着いたという安堵感。
そんなものが滅茶苦茶に混ざり合い一気に溢れ出た。
戦争が始まって以来初めて声を放って泣いた。



張りつめていた糸が切れた。
そのせいか、暫くは立ち上がるのも困難な程の疲労感に襲われたが、それも五、六日するとすっかり消えた。
日常が緩やかに戻ってきている。
平常心に戻り、周囲を見渡すと自分の身辺にはいくらかの変化があった。
まず兄がいない。恐らく収監されているのだろう道之進は、何時帰ってくるのか分からなかった。
そして少年が帰り着いた時に告げられた、

「ええ、貴方の甥っ子よ。よろしくね」

柔らかく優しく微笑みながらの義姉の言葉。
知らぬ間に家族が増えていた。
乳飲み子を抱えたそれからの生活は大変であったが、その存在に家族がどれ程照らされ、救われたか。

「兄さぁに早う会わせたかなぁ」
「…きっとすぐに帰ってきもんそ」
何の確証も無く口にするそれは家族全員を励ます言葉でもあった。

だが実際の所、働き手であった兄がいない状態では如何ともしがたかった。
父は知り合いに斡旋された県庁の仕事に不承不承ながら出、要之助はと言えば完治間近な足を庇いながら家の仕事をし、同郷の医家の手伝いに行った。

暫く見ぬ間にひとりで大抵の事がこなせるようになった要之助の姿に母と義姉が驚き、それを見て父が笑う。
要之助も一緒になって笑いながら、大山との約束がいつもどこかに引っかかっていた。
(じゃっどん)
現状態の家族や家を後にして、東京に行こうなどという気は到底起らなかった。


そんな日々に追われながら新しい年を迎え、二月に入ると道之進がひょっこりと帰ってきた。
早く帰ってきて欲しいと念じつつ、まさかこんなに早く戻ってくるとは家族も、本人さえも思っていなかった為、喜びもさる事ながら驚きが大きかった事を覚えている。

辺見の傍に付いてはいたが道之進には明確な肩書が無かった為平兵士扱いされ、しかも怪我を押して自首したのが情状酌量された為、百日の有限禁錮の後放免になったのだと笑い話のように聞かされた。
一方大隊長であった河野は十年の量刑になり、福島へ護送されたという。
(生きてさえいれば、…また会える)
斬罪で無かった事にほっとした。

「出獄の際、こいを預かりもした」

と、話が一段落した所で道之進が一通の書簡を披歴した。衆目が集まる。
宛名は父を始めとする家族となっており、差出が、

「大山…大山巌……あの?」

内容は従兄西郷隆盛の紹介状の事、あの時要之助と大山が交わした諸々のやり取り。
そして兄が実方に辿り着き、一段落したら要之助を東京で預からせて欲しいという"要望"だった。

「…学費は西郷従道と当方にて負担致したく、その点は御放念下されたく候。…上京は七月頃、汽船最も便利と存じ候えば此方も手配当方に任されたく…」

一度目を通した父が、その手紙を音読する声が淡々と家族の上に落ちた。
恐らく大山は東京に戻ってから要之助の身辺や家族の事情も調べたのだろう。
少年が今は中々家を出られる状況ではないという事も察したのではないか。
学費・路銀の負担の申し出。
そしてまだ五ヶ月程ある出発時期の指定には正直ありがたい気持ちで一杯になった。
だが…

「ないごて黙っちょった」
はぁ、と溜息を吐く父。
「………」
これは、流石に答えにくい。
「否、汝を責めちょるんじゃなか。そげな事、言い出せる状況でん無かったな」
経済的にも、家の様子から見ても。カツカツだったのだ、ここ数ヶ月は文字通り。

「五ヶ月後には汝は東京の書生じゃな」
「え、よかですか…」
「ヨカも何も」
可笑しな事を言う奴だなと父も兄も笑った。

城山が陥ちて何か月も経つ。
特に懇意にしているわけでもない少年との約束など、大山にすれば一過性の、忘れてしまってもいい話の筈だ。
そうであるのにここまでの準備と対応をしてくれるのは、大山が要之助を見込んだから、大山が紹介状を書いた西郷の意を酌んでくれたから、だ。
そして西郷が紹介状を書いてくれた、その大元にあるのは、

「桐野さぁ…」
「そうじゃな」

桐野の存在が一番大きい。

「その桐野の気持ちをフイにするか?」
「………」

父の言葉を道之進が受けて続けた。

「俺も戻ってきた事じゃし、汝がおらんでも家は何とかなる。東京で世話になれ。そいでそれはな、このおふたりにだけでなく、桐野や汝を生かしてくれた人に対する恩返しにもなる。俺はそう思うがな」

「あ…」
(そういう考え方も、)
「ああ、そん通りじゃな」
(…あるんか…)

父と兄の言葉に胸にあった幾つかのしがらみと蟠りが、すぅっと軽くなったのが分かった。
そしてそれ自覚すると、自然と笑みが浮かび、言葉が口をついて出たのだった。

「父上、兄さあ、……東京へ行かせったもんせ。お願いしもす」






それから五ヶ月。
五ヶ月など過ぎるのはあっという間だった。
生まれたまちを離れ、ひとりで上京するのは怖かったが、
「包囲された城山に入っていった奴が、何ば言うちょっか」
まあ、それとはまた違う怖さがあるのは分かるけれども。
隣を歩く兄にはそう笑われた。
街道が途切れ、市街に入ると浄光明寺の方へと足を向けた。

「さ、余り時間は無かぞ」
「はい」

暫くは故郷にも戻れまい。
そう思うと最後にきちんと挨拶をしてから発ちたかった。

桐野と城山に眠る多くの人々に。

きらきらと燦々と降り注ぐ日の光に目を細め、彼らに深く頭を下げた。

(少しでも手が届く様に、追いつけるように頑張りもす。じゃっでどうか見ちょって下さい)

「では…行ってきます!」

感謝と出発の挨拶を告げて。

今から新しい旅が始まる。
そのはじめの一歩を、今、ここから。




あとがき

20210102改訂再掲/080829(8/13-8/19)
ちょこっとメモ

蹞歩(きほ)。一足、半歩という意味です。『不積蹞歩無以至千里』(荀子)
ここまで読んで下さってありがとうございました。♪「再見」(ジャン・ティン)



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