ナゼナラバ、ユエニ
 

「好きだよ、志紀(しき)。俺、ほんとお前に出会えてよかった。世界で一番幸せだよ」
「瞬(まどか)…うれしい、おれも。おれも瞬と出会って、瞬がこんな俺を好きになってくれて、幸せでたまらない」

まるでB級映画のいまいち盛り上がりに欠けるラブストーリーのラストシーンのような、聞いてる側が恥ずかしくなるお決まりのそんなクサいセリフを吐き合ったのは志紀の記憶に新しい。

高校生時代から付き合って7年、何度目かもわからないセックスの最中に遂に瞬は志紀の頸にその痕を残した。志紀のヒート中の出来事である。二人はこの時、番となった。

番は死が二人を別つまで一生続く魂の繋がり。
志紀は当然この関係が文字どおりどちらかが死ぬまで一生続いていくものだと信じて疑わなかったしこの幸せに終わりが来るとは夢にも塵ほどにも思わなかった。

その日は突然やって来たのだ。

専門卒の瞬は社会人三年目、今年社会人になったばかりの志紀。業種がお互い全く違う為なかなか休みが合わず、その日はなんとか休みを合わせて2ヶ月ぶりに二人で過ごせる日だった。
同棲していたから帰る家は同じといはいえそれぞれ勤務時間も全く違うため共に過ごせる時間も少なかった。久しぶりに買い物へ行こうと志紀が瞬を誘って二人はショッピングモールやビルが密集して集まる街にやって来た。

「瞬ー、これどー?…まどか?」

モールに入ってるカフェでゆっくりお茶をしたり、ぶらぶらと当てもなくファッションやアクセサリーのショップを二人で見る。たまたま通りがかったお店の前で志紀好みのシンプルなポロシャツを見つけてそれをラックから手に取り胸の前で広げ当てて、瞬に見せる。

しかし瞬はそんな志紀に背を向けてある一点をじーっと食い入るように見つめていた。それを不審に思った志紀が瞬の視線の先に目を向けると、志紀と同じ系統のいたって平凡で、特筆すべき特徴も特にない大人しそうな青年がいた。その青年も同じく瞬を穴が開くほどじっと熟視していて。

「…ね、ねえ、まどか?まどかってば」

何度呼んでも志紀の声は瞬には届かなかった。
それだけじゃなくショッピングモールの立ち止まればすぐに人とぶつかってしまうほどの人混み、あちこちから聞こえてくる雑音、それすらも全て無視して二人は二人の世界にどっぷり浸っていたようだった。

「…悪い、志紀」

注意を逸らそうと瞬の腕を掴んでいた志紀の手を瞬は上から押し退けるように振り解いてその青年の元へ駆け出し、二、三言葉を交わしたかと思うと、人混みのど真ん中、好奇の視線を山ほど浴びるのを物ともせず瞬とその青年は抱きしめあった。

まどか、俺の目の前で一体なにをしてるの?
番の俺をないがしろにしてまでなんで突然その子を抱きしめたの?

幸せだったのは一瞬前まで。途端立っていた地面が当然パッと消えて無くなって、底のない奈落まで落とされた気分になった。

心の中で自問したものの、志紀はその答えを感じていた。
番とは魂と魂の深い繋がり。志紀と魂を結んだ瞬の心が狂おしいほど大きく叫んで瞬の胸の中の青年を求めて歓喜に、感動に、愛に燃えて震えているのを志紀はぼんやりと魂で感じた。

ーーふたりは運命の番なんだ、

その答えはストンと志紀の心に落ちて来たが、だからって納得の出来るものではない。突然の出来事に涙も出ない。しかしこれだけは分かる、と志紀は心で悟った。

「おれたち、もう、番じゃいられないんだね…」

じくじくと激しく熱と痛みを持って主張する志紀の頸についた痕。その痛みが一体何に、何て訴えかけているのか分からないが、これ以上この場にいるのは惨めだと志紀は手に持っていた服を乱雑にラックに戻し行く当てもなくその場から走り出した。

出ないと思っていた涙は瞬に背を向けた途端、つーと一筋流れ落ちて次第に二本、三本と増える。筋全てが乾くことなく涙の道となって志紀の頬を濡らした。

(嘘だよね?瞬。俺と出会えてよかったって、俺といて世界で一番幸せだって言ったじゃん、俺と過ごして来た7年より運命を選ぶの?
その子が瞬の何を知ってるって言うのさ。俺の方がずっと瞬を好きだし、俺は瞬の番なんだよ?アルファに捨てられたオメガの末路を知らないの?文字通り、生きていけないんだよ)

ーーお願いだから俺の手を引いて止めてよ。
俺のところに帰って来て、

志紀は涙を流しながら一心に声に出来ないそれを心の中で何度も叫んだ。

番のアルファに捨てられたオメガの行く末は悲惨だ。

番の出来たオメガのフェロモンは番のアルファにしか効かなくなる。捨てられてもオメガにヒートは変わらず訪れるため、冷ましようのない熱にオメガは三ヶ月に一度苦しむしかないのだ。番のアルファ以外に抱かれてその欲を鎮めようものならオメガは生半可ではない頭痛や腹痛、嘔吐など全身を蝕む苦痛に襲われる。

体だけでなく精神的にも番に捨てられたオメガのダメージは凄まじい。そのショックが大き過ぎて二度とパートナーを作れないオメガがほとんどだ。

言葉の通り、番に捨てられたオメガこと志紀はもう一人で生きてはいけないだろう。

志紀の足は意志を持たずにふらりとショッピング街最寄りの駅に辿り着いていた。
道中、遂にその足を瞬は止めにはやってこなかった。

オメガ性に苦しまされる未来が鮮明に目に見えている志紀の混乱した頭では、これから先、地獄の生を歩むよりも一瞬の苦痛を味わう方がマシだと思えたのだ。

死だけが番関係を解消できると言うのなら、
俺がいなくなれば瞬は運命の番と幸せに生きていけると言うのなら、

家族にも見離され友もおらず、瞬だけが生き甲斐だった志紀にこの世にしがみつく理由はもうない。

ホームにメロディーが流れ電車が入って来るのを知らせるアナウンスがなる。

志紀は線路に足を一歩踏み出した。



∵エンディング選択できます。攻めが変わります。
両方ハッピーエンドです。お好きな方へお進みください。



▽「瞬と俺と二人で、生きていきたかったな…」

▽「お前の心に一生残る傷になりたい」





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