灰に骨に
※コチラの後のお話です。
鬼舞辻󠄀無惨を倒したとの報せを受け、安心したのも束の間だった。
『雨宮深月、鬼舞辻󠄀無惨トノ戦闘ニヨリ死亡!』
鎹烏がそう言ったが、千寿郎はその言葉を理解できなかった。
一体何を言っているのか。わけがわからなくて、『死亡』と聞いても涙すら出なかった。
千寿郎はふと、兄が死んだ後の、深月の様子を思い出す。
兄の死に目に会って、葬式にも出て、それでも涙を一滴も流さなかった深月。
兄の代わりに炎柱になって、淡々と任務をこなしていた。
時たま脱け殻のように何もないところを眺めていたこともあったし、兄の部屋で彼の布団にくるまって寝ていることもあった。
きっと、布団に残った兄のにおいを嗅いで、安心したいのだろう、と思っていた。
今になって、それは違うとわかった。
彼女は、ずっと兄の死を受け入れられなかったのだ。
兄の死を目の当たりにしても、葬式に出ても、現実を受け止めることができなかったのだ。
そうやって、自分の心を守っていたのだ。
千寿郎も、あの時の深月程ではないが、彼女の死を受け止めきれずに居る。
兄に続いて深月も死んだなんて、心が理解しようとしてくれなかった。
*****
深月の死の報せを聞いて、槇寿郎は愕然とした。
鬼舞辻󠄀無惨を倒して、鬼がこの世からいなくなって、漸くあの娘が幸せになれると思ったのに。
息子のことを愛してくれて、息子の代わりに柱を務めた深月を、これから幸せにしてあげたいと思っていたのに。
煉獄家で引き続き面倒を見るのもいい。嫁ぎ先を探してやるのもいい。
傷跡を理由に彼女を貶めるような輩が居れば、守らねばならないと思っていた。
本当の娘のように、彼女の幸せを願っていたのに。
まさか、死んでしまうなんて。
杏寿郎が死んで、心を壊してしまった彼女は、どんな思いで逝ったのだろう。
自分も千寿郎も、最後まで彼女の心を救ってやることができなかった。
そもそも、自分が剣士を辞めなければ、杏寿郎は死ななかったかもしれない。
深月も、剣士にならずに済んだかもしれない。
悔しくて、悲しくて、槇寿郎は血が出るほど拳を握り締めた。
*****
帰宅した槇寿郎は、千寿郎の様子に胸が締め付けられるような感覚がした。
千寿郎はぼうっとしていて、まるで杏寿郎が死んだ後の深月のようだった。
槇寿郎は千寿郎に歩み寄り、できるだけ優しく声を掛ける。
「深月を、うちの墓に入れてやろう」
本当は、彼女の家族と同じ墓に入れてやる方がいいのかもしれない。
でも、これ以上深月を杏寿郎と離れ離れにするのは、槇寿郎自身が耐えられなかった。
「あ、はい。そうですね。僕も、それが……」
それがいいと思います。
そう言おうとしたのに、最後まで言い切る前に、千寿郎の目から涙が溢れた。
それは次々に溢れて、なかなか止まらない。
深月が死んだということを、やっと彼の心が認識したのだ。
これから深月の葬式をして、火葬して、墓に入れて。
その行程を想像して、急に胸が張り裂けそうになった。
兄だけでなく、心から慕った姉も居なくなったのだと思うと、悲しくてしょうがなかった。
目の前で静かに泣く息子にどう接していいかわからず、槇寿郎は暫し悩んだ。
悩んでから、そっと千寿郎の頭に手を置き、何度か軽く叩くように撫でた。
*****
槇寿郎と千寿郎は深月の遺体を引き取り、隠や鎹烏から彼女の最期について話を聞いた。
深月が、杏寿郎の仇を討ったこと。
その戦いでは、水柱と炭治郎が一緒だったこと。
炭治郎が深月の気持ちに寄り添ってくれたこと。
そのおかげで、深月は杏寿郎を想って泣けたこと。
それから、深月は無惨との戦いで瀕死の重傷を負いながらも、炭治郎のために戦ったこと。
それらを槇寿郎と千寿郎に伝え、隠は最後にこう言った。
「深月さんは、亡くなる直前、『杏寿郎さんが居る』と言ってました」
それを聞いて、千寿郎は泣き崩れた。
深月の心は、ちゃんと救われていたのだ。
杏寿郎を想って逝ったのだ。
槇寿郎は、布団に寝かされている深月の打ち覆いを捲って彼女の顔を見る。
左腕を失い、ひどい怪我をしているというのに、彼女の顔は柔らかく微笑んでいた。
「きっと、杏寿郎が迎えに来たんだろうな」
やはり、彼女は煉獄家の墓に入れてやろう。
槇寿郎は、改めてそう決心した。
「千寿郎。深月の棺に入れる物を選んでやってくれ」
千寿郎は泣きながら頷いて、立ち上がった。
もう、入れる物は決まっている。
千寿郎は足早にどこかへ行き、すぐに戻ってきた。
彼の腕には、深月が以前愛用していた羽織と、杏寿郎が彼女に贈った求婚の品が抱えられていた。
*****
葬式が終わり、骨だけになった深月を、煉獄家の墓の中、杏寿郎の隣に置く。
せめて、あの世では彼らが一緒になれるように。
「父上。炭治郎さんが目覚めたら、お礼を言いに行きたいです」
「ああ、そうだな」
千寿郎の言葉に、槇寿郎は頷く。
杏寿郎の鍔をつけて戦い、深月の心を救ってくれた炭治郎には、是非とも礼を言わねばならない。
千寿郎を先に行かせ、槇寿郎は煉獄家の墓を見つめる。
彼の手には、深月の遺書が握られている。
それは杏寿郎が死ぬ前に書かれた物で、槇寿郎と杏寿郎、千寿郎の幸せを願う言葉が綴られていた。
「この馬鹿娘が……」
杏寿郎のことが書かれているのだから、この遺書は深月の本当の最期の言葉ではない。
最期の言葉すら遺さずに逝くなんて、可愛くない娘だ、と思った。
「来世ではもう少し可愛げを見せろ」
そうしたら、杏寿郎共々可愛がってやるから。
溢れる涙を拭って、槇寿郎は千寿郎の後を追った。
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