Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

番外編02「レーデン家初日」
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 広い。
 なんだこの広さは。地方のドーム並《な》みの面積かと思うほどに敷地があるなんておかしいだろう、実際そんな面積ではないとは思うけれど!
 ……サラリーマン家庭の縮尺《しゅくしゃく》はそんなに貧乏《びんぼう》くさいのだろうか。泣きたくなってくる。
 まず男子棟《とう》が三階立て。廊下を挟《はさ》んで東向き、西向きに部屋があるのはわかった。六畳の部屋と十二畳の部屋が複数、それも各階にあり、給湯室まで完備。どこぞの寮か、旅館かと言いたくなる。
 ……元旅館の土地と聞いたか。既に。旅館レベルなんて当然か。
 しかも渡り廊下の向こうの女子棟は、男子棟より部屋数が減った小規模サイズ。それでもでかい。
 どちらも朝と夕方のトイレの混み具合が半端ないらしい。各階に二つずつしかないせいで。
 まだ入って一日目の自分ではこれ以上覚えられる気がしない。自分に与えられた部屋で荷物を整理している中。浄香が机の上でしっぽを垂らし、揺らしてしばらくしてこちらを見てきた。
『まだ終わらんのか』
「暇ならどっか行けよ。もうすぐ夕飯らしいぞ」
『フン、敵陣に乗り込みふらふら出歩くなど下《した》っ端《ぱ》もいいところだ』
「て……敵じゃないだろ、千理は別として」
 あいつは別な意味での敵だけれど。廊下に面した襖《ふすま》をノックされ、どうぞと返せば、昼間の翅《つばさ》が手を上げて入ってきた。
「あ、ごめん整理中か」
「いや、いいけど。もう夕飯?」
「ミリ単位で惜《お》しい。俺数日後出張してくるから、修行は政和《まさかず》さんと万理《ばんり》と翔太《しょうた》さんと、千理と多生《タオ》さんに頼んで。って」
「掠《かす》めてもないだろ!? なんで惜しいって言えるんだよ、しかも時間聞いたのに距離で表すか!!」
「おー隻さん突っ込み凄いなー千理が言った通りだなーさすがさすが」
「誉《ほ》めてないだろ!!」
「いや誉めてる誉めてる。あの千理とやっていけた人なんだからそりゃーもう凄い突っ込みなんだろうなってね?」
「要《い》らねえよそんな期待!! あいつが一方的に喋《しゃべ》ってたほうが多いのに期待されてもどうしろってんだ!!」
 隻が息を切らす中、満足げに頷く翅はマイペースに合掌。
「期待通りの反応御馳走様《ごちそうさま》でした」
「手前表出ろ一人淋《さび》しく!!」
「わー隻さん江戸っ子だったのか。じゃあまた後で」
「るっせえ!!」
「あ、食事の間、戦争だからご武運《ぶうん》ー」
「意味わかんねえよ!!」
 ぜはっ、ぜはっ、ぜはっ。
 息継ぎも必死な中、襖はすでに閉められていて。
 拳を震わせた隻は、猫が不機嫌に睨んできている事に気づかないままぐったりとしたのだとか。


「独房《どくぼう》!?」
「うんまあ、一人謹慎《きんしん》みたいなもんすよ。自由時間がぐっと少なくなって、修行とか雑務とかやるんです。オレみたくものっそバカやった奴用のお仕置き部屋っていうか……普通入りませんよあそこ」
 それでもけろっとして言う言葉ではない。反省が欠片も見えていない態度に、隻は昼間会った千理の弟の心境が嫌と言うほどわかった。
「そりゃそうだろ……やっぱり、血飲ませるのって相当まずいんだな」
「あー……それは確かに大事なんすけど、ほかにも色々やらかしちまってるもんですから……多分三年分纏《まと》めての独房。下手しなくても一年半じゃ終わらない気がするんすよねぇ」
 どうして期限が延《の》びると自信を持って言える。しかも飄々《ひょうひょう》と。
 なぜ食堂の案内を万理に頼む前に千理に会ってしまったのだろうと苦い顔になるそば、廊下を歩きながら見えた人影にぽかんとする。千理が驚いているではないか。
「政《まさ》っち!? わーお久《ひさ》、三年ぶり!」
「おまえ本当に三年間家出してたんだよな? 後ろめたさないのかよ!」
 人影がこちらに近づいてきた。隻より若干低い青年は、ぼんやりとした目で千理を見、しばらくして隻を見て──頷いた。
「ん」と。
 隻、思わず固まった。その間に青年は千理へと視線を戻している。
「久《ひさ》。家出、長かったな」
「あーうん。結局見つからず終《じま》い。こっちどうでした? ある程度は翅から聞いてるんすけど」
「そうか。特に、変わってない。明日……午後から、謹慎部屋か」
「そうっすね。その前に兄《にい》たちに顔出してお土産《みやげ》渡してこよっかなって」
 青年が親指を立てた。千理も立て返した。
 隻、やり取りにひたすら内心冷や汗が出る。それなのに青年が隻へと目を向けてきても、彼が固まらないわけがない。
「ここの、養子。政和《まさかず》、な。よろしく」
「あ──よ、よろしくお願いします。隻です、これからお世話になりま──」
 ぽん。
 ぽんぽん、ぽん。
 隻の頭に置かれた手は、明らかに目の前にいる、隻より身長が低いはずの政和のもので。
 固まった隻へと頷く彼は、親指を立ててサムズアップ。
「硬《かた》いこと、なし。な」
「……え……あ……あ……は……はい……はい……?」
 満足げにまた頷かれて、サムズアップ。
 恐る恐る、隻もサムズアップ。
 そのまま政和は真顔で廊下の先を進んでいって──
 見送った千理は、隣で隻が冷や汗だらだらなことに気づいていない。
「おー、気に入られましたね。最速最速」
「どこが!? ってか何が!? そもそもいつっ、つかどうしてそうなったんだよ!!」
「素人《しろうと》目じゃわかりませんよね」
「どういう職人がいるってんだおい!!」
 したり顔で重々しく頷かれた。
 隻、ついに殴《なぐ》った。

 レーデン家養子、奏明院《そうめいいん》政和《まさかず》。「ん」とサムズアップがトレードマークの、静かで不思議な人。


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番外編前の話
第04話「血と兄弟と赤の他人」

続きの話
第05話「三年後」


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