Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

番外編03「食戦争」
*前しおり次#

 世の中にはいろいろと墓場にたとえられる場所がある。
 悪い意味というわけではないが、例えば害虫駆除くじょ用の虫寄せケースの中とか。例えばゴミ箱の中とか。焼却炉は小学校の頃だってある意味墓場のイメージがある。……いや、墓場より火葬場かそうばか。
 しかしここは例えるなら。
将太しょうたてめっ、とんなあああああああああああっ!!」
「ふざけんなかねえぞ、仕事上がりぐらいたらふく魚食いてえんだよ!!」
「エビフライは俺のだやるか──ああっ、サラダ持ってかないで、食物繊維せんい!! お腹やばいんだって来てるんだよ潜伏せんぷくしてるんだよあいつらがっ、あっ、白飯取るな反則!! 海老エビちゃああああああああん!!」
「へっへーいただき! 天丼ったぜいただぁきまーっ、いっだあああああなんで!? はしごと!? 箸ごと消えたぜ飯!?」
 ……いや、例えようとした自分がバカだった。痛感する。
 多生のこぶしが視線の先で震えていようとも、すでに始まっていたどんちゃんさわぎに、隻は言葉も出ない。男どものみにくい戦争に呆れて言葉も出ない。
 女性陣専用で確保されているテーブルに泣きつく青年を、笑顔かつ盆で殴り飛ばす女性すらいる。
 そんな中、障子しょうじが開いて誰かが気づいてくれるわけもなく。平然と千理が「おー」とぼやいても気づく者はなしときた。
 家族総出の焼き肉の取り合いでもない。部活の合宿の比でもない。
 そんなここは例えるなら。
「……飯の墓場……」
「同じ例え翅もしてましたよ。相変わらずっすねーここ。お久ーみーんなー」
 ぴたりと、騒動が止む。
 ――ということを願った自分がどれだけバカだったか、さらに痛感した。
「あー千理!? 残念だったなお前の飯は平らげた!」
「来るの遅いんだよもずくはもらった!!」
「ちょっ、ちょい待って!? 挨拶あいさつなしに取るのは反則でしょばつゲーム!! 誰オレの飯食ったのああああああああ待って唐揚げ!! 唐揚げない!!」
 余計騒がしくなった。
 というか、三年経っても帰ってこなかった人間に対して明らかにいつも通りの対応。
 ……むしろ、たたえるべきなのだろうか。
 多生の咳払いでも静まらない。聞き覚えのある馬のいななきが響いてやっと、全員が静かに食事を始めた。
 静かになってようやく、淡々と食事をしていた黒髪の中学生を発見できるなんておかしいだろう。目が合ったその万理は、笑顔で見上げてきてくれたけれど。
「隻さん! あの、こちらいてますので、どうぞ」
「え、あ、ああ……し、失礼します」
 今さらながら一同に頭を下げ、万理のとなり、ひいては政和の隣に座った。万理を挟んだ向かいは多生と正造──次期当主と、父である当主が。あまりにも緊張が走る隻の後ろを通り、千理が多生と正造の横で正座して、頭を下げている。
 ──え?
「三年間お騒がせしました。また厳しいご指導のほどよろしくお願いいたしま──っふぅっ!?」
 投げつけられた。何かといえば、軟式テニスのボールが。
 投げ飛ばした男性は明らかに据わった目ではないか。
「まったくだ人に散々迷惑かけまくりやがって。翅と響基ひびきがスレてたぜ」
「将太、食事中なのにボール飛ばすなー。悟子さとしが見てなくてセーフ。けどそのセリフには賛成だな。ちぃっとは反省しろよ、謹慎部屋で」
 呆れ果てている背が低めの男性のななめ向かい、仕方なさそうになだめる青年は苦笑している。頭を押さえていた千理がうめきながら頷いたではないか。
「そ、そのつもり……後で練習台で付き合ったりもするんで……いってぇぇぇぇぇ、脳天マジ来た……!」
「千理、早く座りなさい」
「え、もう口上打ち切り!?」
「そうそう、千が座んないと飯取れねえじゃん」
「よっしー相変わらずっすよもずくやんねーもんね!!」
「あ、ごめんもう空にした」
「やめたげてえええええええええ!!」
 うるさい。
 多生にかされ、やっと席に着いた千理はさめざめ泣いている始末。改めて静まり返ろうとして返りそこねた雰囲気ふんいきの中、隻に視線が集中して居心地が悪くなる。
「改めて、今日より皆と一緒に修練を積むことになった隻くんだ。彼は幻術使いの血筋ではないため、色々と戸惑うことがあるだろうが、その時は協力し、助けてあげてほしい」
 男勢、女勢問わず息の合った返事。余計身が硬くなる隻へと手が上げられる。
「よろしく。ってことで下の名前何?」
 千理がぶはっと吹き出した。内心あきらめ混じりの隻の隣で、万理も質問者の意見に賛同なのか、不思議そうに見てくる。
「下の名前が隻です」
「え、どんな字!?」
「……船数える単位の、隻です」
「ごめんわからん。ほかにどんな字で使ってるんだ?」
「あれじゃないか? 隻眼の隻」
 ああと納得する一同。視線を横に逃がしてごまかす隻はしかし、数人の「いいなー」という声に耳をうたがう。
「かっこいいなーうらやま」
「はっ!? い、いやどうしてそうなるんですか!?」
「何も言うな。平凡へいぼんに名付けられた俺も将太もあこがれる先は――ってね」
 げんなり顔の隻に格好つけた後笑う男性。将太と呼ばれた青年は頷いた後ジト目で男性を見ている始末。
「どこに憧れるって……中二臭いって言われるのに」
「珍しい名前と中二履き違えんな」
 別の男性が、皿をあちこち見ながら指摘してきた。
意味おもいを込められた名前に中二なんてない。だろ」
「てめフライングする気満々だろ貴志たかし!」
「感動してろその間に俺の食い扶持ぶちかせぐから!」
「ふざけんな海老ちゃんは俺のおおおおおおおおおおおっ!!」
 どんちゃんどんちゃん。
 復活した勢いに、隻は言葉を失った。
 感銘かんめいを受けたセリフの下心が飯だなんて、どれほどゆがみない連中だ。
 しかも千理は目を光らせ、即座に自分のポジションを得ると戦争に混じっているではないか。必死におかずを得て、口に入れる彼の顔は感動に打ち震えていて。
 少ししてはっとした彼は、慌てて隻へと振り向いている。
「隻さん! 急がないと食いっぱぐれますよ!」
 っていうか、すきがない。
 これだけの食卓で取り合いをしていれば多少はあるはずの隙間が、ない。
 しかしここで諦めて食があるなんて、今現在の惨状さんじょうを見て思えるわけもなく――!
 箸を取り、合掌がっしょうする。
 ひかえるつもりで延ばした箸は次の瞬間、回転しながら隻の手を放れ、万理が慌ててキャッチしてくれていた。
 何が起こった。
 呆然と自分の手を見、入れた覚えもないおかずが自分の皿を埋めている状態にぼんやりと周囲を見渡して。
 右隣から、政和の手が次から次に夕飯を入れてくれているではないか。
 政和と目があった。ぐっと親指を立てられる。
「たんと食え」
「……っ、地獄に仏……! ありがとうございます、いただきます!」
「兄さん方いい加減にしてください、隻さん初めてなのに! 静かにしないと雷駆ライク呼びますよ!」
 静まった。
 多生の疲れた溜息が居た堪れなくなるも、万理から箸を受け取って細々食べるしかない隻であったという。

 レーデン家で隻が最初におぼえたこと。
 食事の際は万理か政和の隣が安全圏である。


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第04話「血と兄妹と赤の他人」

続きの話
第05話「三年後」


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