蝶屋敷の記憶
10歳の時、私の生家は鬼に襲われ、
生き残ったのは私だけだったそうです。
どうして自身の話なのに他人事の様に話すのか、、、
それは、自身のことでも、
その日の記憶は蝶屋敷に引き取られた当初、
私には残っていなかったからです。
よっぽど怖かったのだろうと周りの人達は言いました。
でも、
記憶に残っていない事をあれこれ言われ続けるのも
なかなか複雑な思いがありました。
なかでも、助けてくれたらしい
凍柱の森景 詠(もりかげ よみ)さんに
「両親や屋敷の人を助けてやれなくてすまない」
と言われた時は、記憶に無い上、あまりに突然、
一緒に生活していた人とはもう会えないなど言われても、
10歳の私には簡単に理解することは叶わず
"涙を流す"そんな普通の心境に
辿り着く事すらできませんでした。
そして言葉を紡ごうとして気づきます。
声が出ない事を。
声が出なければ、この複雑な感情を現す術を知りません。咄嗟に私は笑って見せました。
"助けてくださってありがとうございます"のつもりで。
でも、詠さんの顔は悲しそうな表情になりました。
私はその時、選択を間違えたんだなと
そう思いました。
さて少し振り返って参りましょう。
まずは私が鬼に襲われた時の事を忘れていたそんな頃の記憶。今後暮らす事になる蝶屋敷の寝台(ベッド)の上で目覚めた時、片方の手のひらには包帯が巻かれていました。
ーーーーーー
ーーー桜、10歳、鬼襲撃後ーーー
見慣れない天井に跳ね起きると桜は掛けられていた布団を手繰り寄せ頭から被る。恐る恐る様子を伺うとやはり見慣れないのは天井だけでなく全てだった。
ーー…どこ、、
開いた窓から吹く風で窓掛け(カーテン)が膨らみ、そして戻りを繰り返し、床を照らす光が大きくなったり、小さくなったりしている。
白を基調に清潔感に溢れたこの空間と、手のひらに巻かれた包帯から病院関係の施設だろうとおもうが、幸いにも今まで入院を経験する事なく10の歳を迎えた為、その考えもどこか心もとない。
ーー静か、、
部屋のドアは開いているのに、耳を澄ましても廊下から物音はしなかった。
何度も周りを見渡して、桜は恐る恐る寝台から降りると、窓掛けの揺れる窓辺へと立つ。風は頬を撫で、髪を揺らした。
清潔感という意味では白は正解なのかもしれないが、この色は共に緊張感ももたらす色であった。
ーーはぁ、、。眩しいな、、
窓の外を見て一つため息が出たのは、外に広がる緑を見てホッとしたからかもしれない。
しかし、そんな肩を下ろせる時間は長くは続かなかった。廊下から、突然ガチャガチャという何かが落ちる音がしたかと思うと、何やら話し声がしたからだった。しかもその声はだんだんと近づいているようだ。
ーーどうしよう、、寝台に戻る?
でも、、
もう、、ここしかないっ、、
ーーーーーー
空になった寝台を見て、内心驚いた詠であったが、それは直ぐに解消された。
むしろ微笑ましく思ってしまった。
頭隠して尻隠さず。
窓掛けに足が生えていたのだ。
共に廊下を歩いていた連れに先に診察室前へ向かうよう声を掛けると室内に入った。
「おはよう。ご飯は食べられるかい?
お粥さんと炊いたご飯どちらがいいかな、
そうだ、りんごを頂いたから食べられるなら切ってあげよう
りんごは医者要らずと言うからね」
詠は足の生えた窓掛けの前にしゃがむと優しい口調で話し掛けた。
ここは蝶屋敷。華屋敷と呼ぶ人も居るかな?
花が先か、蝶が先か、庭が賑やかになったからね。後で庭を散策してみると良いよ。
あ、でも、カラタチの木には棘があるから気を付けてほしい。
そして、蝶屋敷は鬼を斬る仕事をしている鬼殺隊士のお医者でもある。
昨日、目が開いた時にも話したが君の生家は鬼に襲われて、私が駆けつけた時にはもう間に合わなかった。
怪我をしていたし、私は医者でもあるから君をここに連れてきたわけだ。
何か聞きたいことが有れば何でも答えるよ?
詠は窓掛けにくるまっている少女に向かって手を差し出した。
しかし、ビクっと肩が揺れ窓掛けを強く握る手が見えただけだった。
ーーまぁ、仕方ない。
今は警戒心が有ることを喜ぶべきだ
「覚えていないかもしれないが、
私は森景詠。
その辺に居るから何か用があった時は呼んでくれ」
ニコリと笑って「ご飯持ってくるな」と声を掛けて踵を返した。
それが私がちゃんと認識している
詠さんとの出会いの記憶。
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