蝶屋敷の記憶2


蝶屋敷に来て数日が過ぎた。

桜は庭を歩き回っている。
詠は医者として今、傷を負った人たちの手当てをしている。でも、桜の中でふと寂しさが頭を擡(もた)げ不安になると、必ず詠の視線があった。
目が合うとニコリと微笑んで。それはまるで"一人ではないよ"と言っているようで、だんだんと安心感が湧いてきていた。

ーー詠さんはよくわからない人。

桜は喋らないのではなく、声が出なかった。
しかし詠は返事がなくても嫌な顔一つせずに話し掛けてきて、じっと見ていると思えば、ニコリと笑って察してくれた。
一つ驚いたことといえば、詠が桜の名前を知っていたこと。お手伝いさんがいるような裕福な家だった事もあり、突然全員失踪など世間が見逃す事はないため、鬼殺隊の隠という人達が色々と手を回して騒ぎにならない様にしたらしく、その時に名前も知ったのだと説明された。


蝶が目の前を飛んでいく。
本当にここは蝶が多い。
幼虫が育つための木も、成虫が蜜を集める花もある。蝶にとって至れり尽くせりなのではないだろうか。

「桜さん。
 今日はこれから柱合会議があるから、出かけてくるね。」
柔らかな声が降って来たかと思うと、ゆっくりと詠が近づいて、三歩ほど離れた場所で止まる。
「新しく岩柱が任命されるんだ」と言う詠。桜としてもその距離感がちょうどよかった。
「今年もみんな羽化できているみたいだな」
甘い匂いでもするのか詠が手を差し出すと蝶が集まって不思議な光景だった。
「・・・・・・・」

「大丈夫。
 日が暮れる前には戻ってくるから。
 何か困る様なことが有れば、
 病室を回ってる隠に伝える。いいかい?」

あ、そうだと呟くと、ポケットから小さな巾着袋の様なものを取り出し桜に差し出した。
「ここに鬼が出た事はないがお守りに。
 鬼が嫌いな藤の花の匂い袋だよ。
 桜さんの事は私が守るよ
 でもね、
 君の世界はこれから広がっていくんだ。
 なるべく危険なものが寄り付かない方が
 私も安心できる、だから持っていて。」

桜はゆっくり歩み寄ると詠の手から匂い袋を受け取る。匂い袋には紐がついていて、首から下げられる様になっていた。
手作り感の可愛らしい見た目に心が温かくなる。
「・・・・・・」
ありがとうと言いたいだけなのに
桜のその声は音にはならなかった。

嬉しいのに顔が曇ってしまう。
ーーこんな顔を見せたら
  詠さんは悲しい気持ちになってしまう

「桜さんにはやっぱりこの色が似合う」
手に乗る匂い袋は淡い桃の色。優しい優しい春の色。

「下を向かなくて大丈夫。
 声が出ないのは気にしないでいいよ。
 今、桜さんは元気になる準備中なんだ。
 どうしても言葉で伝えたくなった時には言葉に出来るさ。
 
 それに、、
 確かに声を聞ければ嬉しいが、、
 目は口ほどに物を言うんだ。
 ちゃんと桜さんの気持ちは伝わるよ」

顔を上げると詠のニコリと笑った顔。
つられるように少しだけ目尻が下がった。
 


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