青柳先輩とばったり

青柳先輩と晴れてお付き合いを始めて私が真っ先にしたのは、下着屋さんに行ったことだ。いやいや気が早いだろうと自分自身に突っ込みもしたが、あの青柳先輩が相手となれば例え事故でも下手なパンツを見せることなんてできない。何時なんどき何が起こってもいいように準備をしておきたかったのだ。あんまり際どいのはハードルが高いけどちょっとくらい大人っぽいのは持っておくべきか、色は何がいいんだろう……じっくりと吟味していると、たっぷりしたフリルのパンツの向こうにいた人と目が合った。見慣れた丸眼鏡のレンズの奥の瞳がぱちくりと瞬きをする。

「な、な、なんでここに……!」
「おお特待生、奇遇だな!」

まさかの青柳先輩。好きな人であることに間違いないがここでだけは会いたくなかった。幸いなことに店内に他のお客さんはいなかったが、私は声を潜めて青柳先輩に耳打ちする。

「……青柳先輩って、いつも一人でこんなとこ来るんですか?」
「いや、さすがに初めて入ったぞ。右を見ても左を見てもどのパンツも素晴らしい、ここは最高の空間だな!」
「はは…それはよかったです……」
「ちょうど通りがかりに特待生に似合いそうなパンツを見かけたからプレゼントしたいと思ったんだが、甲乙つけがたくてな……どうにも決めかねてたんだ。一緒に見てくれないか?」

プレゼントと言われて一瞬きゅんときてしまったが、青柳先輩の両手にあるのはパンツ。素敵な彼氏さんですね〜と店員のお姉さんもニコニコ声をかけてくれて、なんだか私だけが動揺してしまっていたが、一呼吸おいて青柳先輩を見据える。

「青柳先輩」
「なんだ?」
「お気持ちはとっても嬉しいんですが、私、自分で選びたいんです!先輩にいいなって思ってもらえるようなパンツを!!だから……その」

言いきる前に、青柳先輩の手が唇に触れた。皆まで言うなと頭を振り、青柳先輩は持っていたパンツを陳列棚に戻す。

「どうやら余計なお世話だったな。それじゃ、特待生の勝負パンツが見られる日を楽しみにしてるよ」
「はい、待っててください!」

何やら青春熱血ストーリーのワンシーンのような台詞を交わして、青柳先輩は去っていった。そして勝負パンツをお披露目するときがそう遠い日ではないことは言うまでもなかった。

風邪っぴき黒コスモ先輩

「コスモ先輩、体調良くないですよね?」

すっかり見慣れた、半分以上を白いマスクに覆われた顔に向かってそう迫ると、コスモ先輩は無防備な瞳でぱちりと瞬きをした。マスクの上から手を当てて欠伸なんかをしてからベンチで横になっていた身体を起こすその動作は、ただ単にかったるいというよりは大儀そうに見えた。

「私の身体は病原菌の侵入を許しませんので、風邪を引くことなんてないですよ。ほら、声もいつも通りでしょう?」
「でも、顔がちょっと赤いです」
「気のせいですよ」

それ以上の追求を振り切るように屋上を出ていこうとする背中を追うと、コスモ先輩は不意にぐらついた。後ろに倒れかけた長身を慌てて受けとめながら、項垂れていつもより近くなった顔を覗き込む。マスクの下の口が開かれることはなくても、長い黒髪の合間からぎろりと睨む目は、面倒だとか鬱陶しいとか、そういう嫌悪感を露にしている。背筋がぞくりと粟立つのを表情には出さないようにして、私に動じる様子がないのを見てコスモ先輩は苛立ちをおさめ嘆息する。

「…ああ、すみません。どうぞお構い無く」
「……いいんですよ、うざったいってはっきり言っても」
「はい?」
「言ってくれていいです。私は、コスモ先輩の素を見せてほしいんです」

素顔も本音も、包み隠されてしまっているものだとわかっているのにこんなにも惹かれてしまうのはどうしてなのか。答えに手を伸ばす私を、深い紫をたたえた瞳が見つめていた。

「触るな」

ぱし、と乾いた音を立ててコスモ先輩の顔に伸ばした手を払われた。叩かれたのではなく軌道をそらすように払っただけで全く痛くはなかったのに、反射的にびくりと身体が揺れてしまって、コスモ先輩が鼻を鳴らしてせせらわらう。

「結局、びびってるくせに。ただの好奇心で近付かれるのはうんざりなんだよ」

好奇心というか、ただ好きなんです。今度こそ振り返らずに立ち去る背中にそうぶつけてしまいたかったけど、言えなかった。突き破りそうなくらいにばくばくと暴れる心臓は、怖かったのか驚いたせいなのか、でもこの高鳴りは間違いなく恋なのだ。

一郎セラピー

「好きになりすぎちゃいけないって、常々自分に言い聞かせてはいたんだよ。踏み込みすぎたら、報われなかったときにそれだけ辛い思いすることになるのはわかりきってたし。もう繰り返して身に沁みてるもの」
「……は?何、おまえ、そんなヤツいたのか?」
「うん……つらい……いやでも、出会えたことに後悔はないの。こんな思いするなら好きにならなきゃ良かったとは思わない。でも、でもね、って一郎はこんなの聞かされるの嫌だってわかってるけどどうしても気持ちの整理がつけられないんだよぉぉ」
「いや、男がでもとかだってとか言ってたらはっきりしろと思うが、お前は女だし別に……つーかどいつのせいだよ」
「これです」
「メール……『チケットがご用意されませんでした』……ああ」

ちくしょー!!と叫びながら床に転がる私を憐れんだ目で見下ろして、一郎は読み途中のラノベを閉じ、空いた手でがしがしと頭を撫でてくれた。

「気持ちはわかるぞ」
「うぅ……本当に行きたかったイベントだったのぉぉ」
「整理がつけられるまでは苦しいだろうが、それだけ好きだからこそだ。きっとまた前向きになって、応援できるだろ」
「……一郎ぉ〜ありがとぉ〜」

このほとばしるお兄ちゃん感というか、もとい包容力。なにやら後光が射して見える。

「はぁ……マジでお兄ちゃん」
「ったく、おまえの兄ちゃんじゃねーよ。イベントの日、どうせもう休みとってんだろ。代わりに俺と出掛けっか」

にっと笑う一郎に笑顔を返す。イベントを諦めるのにはまだ少しかかりそうだけど、一郎とデートするのは楽しみで、気持ちの整理はそう遠くないうちにできそうだった。

テリトリーバトル後の山田家と長女

「え……すげーご馳走じゃねぇか!」
「うわあ、俺めちゃくちゃ腹減ってたんだよ」
「ありがとうございます、お姉」
「いっぱい食べてね」

固唾を飲んで見守った、テレビで生放送されたテリトリーバトルでBusterBrossは敗退。ぼろぼろで沈鬱な表情をして帰宅した三人を、それぞれの好物をたくさんつくって出迎えた。本当はおめでとうと笑って食べるつもりだったけれど、うまいうまいとすごい勢いで食べ尽くす三人を見て、内心で胸を撫で下ろした。とにかく無事で帰ってきてくれた、それでよかった。

「三人とも、今日は本当にお疲れさま。一人ずつ何かお願い事聞いてあげる!何でもいいよ!」
「…マジで?」

箸がテーブルに転がり、三人は顔を寄せあってぼそぼそ囁き合う。順番を決めていたのか、まず一郎がびしっと挙手をした。

「じゃあ、こないだ一緒に見たアニメのヒロインのコスプレしてくれねーか?」
「あーあれね、制服かわいいって言ってたやつ。でも高校生のキャラだったと思うけど、大丈夫かな?」
「よっし!!絶対似合うって!今度衣装買いに行こうな」

嬉しそうに笑う一郎を見て、今から少しダイエットをしておこうかと考える。次にはいっと手を挙げたのは三郎だった。

「お姉、一緒にお風呂入ってくれますか?」
「バッ、三郎てっめぇ……何言ってやかんだ!ガキじゃねぇんだからダメに決まってんだろーが!!」
「そうだね、三郎ももう中学生だしさすがにね…」
「じゃあ、一緒に寝るだけは?」
「う、うーん、それならいいかな?」
「なっ!」

一緒にお風呂に入るのはアウトな気がしたが、寝るだけなら服を着ているしいいかなと思ってしまった。初めに難度の高い例を出してからハードルを下げて、先に断ってしまったという後ろめたさからも承諾しやすくさせる、セールスなんかでよくある手口だったような。これが交渉のテクニックだよ低脳には真似できないだろうけどねぇ〜と煽られている二郎に、二郎は何かある?と聞いた。

「俺は……姉ちゃんがいつも笑顔でいてくれて、これからも家族で一緒にやっていけたら、それ以上望むことなんてないよ」
「二郎…」

ちょっとじーんとして、一郎や三郎とも同じような顔を見合わせる。絶対に泣かないと決めていたから、目頭が熱くなるのをぐっとこらえて笑った。

「また頑張ろう。ずっと応援してるから」
「おう!」
「はい!」

自慢の立派な弟たちは、力強く頷いてくれた。

帝統77kg問題

「提出したプロフィールに虚偽があると思います」

中王区でのラップバトルを控えた乱数達からエントリーシートの提出を頼まれた。帰るついでだしと請けおったのだが、鞄にしまう前に何となく中身を見てみるととある数字にどうしても引っ掛かりを感じてしまった。

「も〜幻太郎、ちゃんと書かないとダメダメだよっ」
「嘘と言ったら小生みたいなのやめてください。虚偽とはどの部分のことですか?」
「ここのとこ!」

帝統の体重が77kgと書かれていたのだ。ふざけて書いたのではと疑ってしまうほど7だらけのプロフィールを二人の眼前に突き付けた。ちなみに当人は例のごとく賭場に行っている。

「あんなにしょっちゅう文無しになって横浜の森までサバイバルに行ったりしてるくらいなのにこんなに体重ある?」
「うーん、ぱっと見は痩せてるもんねぇ。実はムキムキだったりするのかな?」
「帝統あんまり自分のこと話したがらないし、もしかしたら問い詰めても本当のことを言わないかもしれないから、三人で銭湯でも行って真偽を確かめてきてよ!」
「面倒ですね…そこまでする必要が果たしてありますか?」
「だって、このせいでエントリーがちゃんと受理されなかったら元も子もないでしょ」

幻太郎は億劫そうだったが「いーじゃんいーじゃん、裸の付き合いでバトル前に親睦深めようよぅ!」と乱数は乗り気の様子だ。乱数によろしく頼んでその日は事務所をあとにした。
そして後日、エントリーシートをもらいにまたお邪魔すると今度は三人揃っていた。どうだった?と乱数に耳打ちすると、乱数はにやーっと笑った。

「それがなんとねぇ、本当っぽいよ!帝統ってばスゴいんだ!」
「ええ、嘘……」
「そこまで疑うなら自分で確かめてみては?」
「おまえら、コソコソなんの話してんだよ」

振り返ると訝しげな顔の帝統がいて、言い訳する間もなく後ろから幻太郎に背中をトンと押された。つんのめった勢いのまま帝統の固い胸板にぶつかって「おっと」と難なく受け止められる。取りすがった上半身は思っていた以上にがっしりとしていて私はごくりと唾を飲む。これはやっぱり筋肉なのか……?

「帝統、ちょっと脱いで見せて」
「は!?いや、何でだよ!」
「全部見せて」
「意味がわから……に"ゃーーー!!」

ていうか目の前で体重計乗せればいい話だよね?と乱数が言っていたのは聞こえないふりをした。

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