幻太郎と嘘付き合戦

「嘘だよ」

もう会わない。そう言った口ですぐさま前言撤回をした私に、幻太郎はムッとした顔をした。いつも飄々としているものの、実は思っていることが顔に出やすい人なのだ。

「いつも人に嘘つくくせに、自分が嘘つかれるのは嫌なんて傲慢だと思わない?」
「……そうですねぇ、自分がされて嫌なことを人にするな。尤もです」
「もう嘘つくのやめようよ」

幻太郎が嘘の話を聞かせていた病床の友人はすでに亡くなっている。もう幻太郎が嘘をつく必要なんてないのに、まるでそれをアイデンティティーにするかのように嘘ばかり並べる彼が嫌いだ。

「やめたいのは山々ですが、嘘を言わないと酸素が吸えない身体になってしまいまして。まあ、嘘ですけどね」
「……もういい。幻太郎、キライ」

まっすぐ向き合おうとするこちらがバカみたいに思えてきて、溜め息をつく。だからと言って、こちらも同じ土俵に上がったってどうしようもないことだ。そっぽを向いた顔を覗き込んできた幻太郎に、じっとりした視線を返す。

「おや、それは嘘ですね」
「嘘じゃない。本当にちょっと嫌いになった。このまま幻太郎が嘘ばっかり言ってるなら完全に嫌いになる」
「それは困りますねぇ」

毛ほども困ってなんかいなさそうな軽い声に、本当に嫌いになるぞ、そう心の中で毒づいたときだった。ふっと笑う気配がして、急に耳元へ近付いた幻太郎の唇が囁く。

「小生は貴女が好きですよ」

それに関しては何も付け足さず、楽しそうに笑って幻太郎は去っていった。ああそうだ、好きだからこんなにも腹立たしい。

黒めの帝統とお昼休みOL

「なんかすごい……日焼けした?」
「そうか?まあ日差し強くなってきたしな」

久しぶりに遭遇した帝統の肌は浅黒く焼けていた。会社の近くに良い感じの公園があって、外の空気を吸いたいしとピクニック気分でお昼ご飯をとる習慣を持つようになって出会った帝統とは、時々顔を合わせる仲だった。お腹をぐうぐう鳴らしながら隣のベンチに寝転がっていたので、よかったら少しいります?と聞いてみると飛び起きて擦り寄ってきたのが始まりだ。公園に住んでるわけじゃないでしょうと聞くと、家がないときはその辺で寝てるぞと事も無げに返されて、引くと言うよりはなんだかしっくりきてしまったというか、面白い人だなあなんて逆に好感を持った。命を賭けるくらいのスリルを楽しむギャンブラー、そんな人生も楽しいかもなって、自分とかけ離れすぎて現実味がなかったからかもしれない。

「なんで人は肌が黒いとチャラく見えるんだろうね」
「なんだそりゃ?そんなに黒いかー?」

膝の上に乗せたお弁当を支えていた片手に、おもむろに帝統が腕を並べて見比べてきた。一瞬だけ触れた筋肉質な男の人の腕に思わず心臓が跳ねたのなんか全く気付いていない気軽さで「うお、こう比べると確かにな!てかおまえ白っ!」と帝統はからから笑った。もとからノリは軽めだけど、やっぱりチャラい。私以外にも餌付けされてるんだろうなあ。

「ねえ、デザートにアイス食べる?」
「食べる!!」
「じゃあコンビニまで一緒に行こ」

別に私が帝統の面倒を全部見ているわけじゃないし、こんなご機嫌取りみたいなことをしようとしたって仕方がないけど、でも私もそこまで深く考えているわけじゃない。午後の仕事のことも、この人とこれからどんな関係になるんだろうとも、何にも考えずに今楽しく過ごせればいいかな、そう思える時間だ。

山田家の長女

卵を三つ割り、砂糖をざっくり二杯入れて溶きほぐす。熱したフライパンに三分の一程度を入れるとじゅわっと小気味良い音を立てて熱気が立ち上った。半熟程度の内に菜箸でまとめて端に寄せ、残りの卵液を半分ずつ入れて、ここからは慎重にくるくると巻いていく。

「よし、今日もキレイにできた」
「おはようございます、お姉……あ、卵焼き」
「おはよう三郎」

制服に着替えた三郎が台所に入ってきた。まだ中学生なのにとっくに身長を追い越されているので、背後からひょいと手元を覗き込んでくる。

「甘いのですか?だし巻きですか?」
「どうでしょう。じゃあ一番に起きてきたから特別に味見ね」
「いいんですか?やったぁ!」

当たり前のように口を開けて待つ三郎に卵焼きの切れ端を食べさせてあげると、甘いのだ!と頬をほころばせて、図体はでかくてもそういうところはかわいい弟だ。

「お弁当持ってってね」
「はぁい、ありがとうございます」
「ふぁぁ、おはよー」
「おはよう二郎。二郎もお弁当できてるよ」
「ん〜ありがと、姉ちゃん」

まだ眠たそうに目を擦りつつ寝巻き姿で現れた二郎を、ほらほら早く支度しないと、と背中を叩いて洗面台へ追いたてる。学生の二人を見送る頃、一郎も起きてきた。

「行ってきます、一兄」
「おー気を付けてな」
「あれ、弁当入れたっけ?」
「もう、机に置きっぱなしだったよ。はい、いってらっしゃい」
「ゴメン……あ、兄ちゃんもおはよう!行ってきまーす!」

朝ごはん食べようか、と長身を見上げれば「おう、いつもありがと」といつまでも少年みたいな笑顔があった。

山田家の末娘

「ねぇ一兄…今日一緒に寝ちゃダメ?」

夏の風物詩、心霊番組を見終わって時計はそろそろ日付が変わる頃。居間から解散を促す一兄にそう聞くと、二郎と三郎がお化けよりも怖い顔で振り返った。

「てんめぇ抜け駆けする気かオイ」
「可愛い子ぶっても可愛くないんだよ、一兄に色目を使わないでくれる?」
「だって本気で怖いんだもん……!さっきのお化けが出てきた家のつくりうちとほとんど一緒だったじゃん!」
「おーら、夜遅いんだからあんま騒ぐなおまえら。しょうがねえ、今日だけだぞ」

ぽんと頭に手を置かれて、そんじゃ布団運ぶか、とすんなり私の部屋に向かおうとする一兄の前に二郎と三郎が回り込んできた。押し合い圧し合いしつつ、さっきから息がぴったりだ。

「いっ一兄、実は僕も一人で寝るのが怖くなってしまって……ご一緒してもいいですか?」
「お、俺も!だめかなぁ兄ちゃん」
「なんだおまえらまで。俺の部屋にそんなに布団並べられねぇだろ」
「私、一兄と同じ布団でいい」
「「だめに決まってんだろ!!」」
「あちぃしなぁ」
「むー……じゃあ二人のどっちかでもいいから一緒に寝てよ、お兄ちゃん」

とたんに動きを止めた二人は、満更でもなさそうな顔をする。

「ま、まあ別に……俺はいいけど」
「二郎の部屋は散らかってるから、僕の部屋の方がよっぽどいいだろ」
「あぁ!?今から片付けてやんよ!!」
「もうわかった、わかった!おまえらみんなここに布団持ってこい」

一兄の鶴の一声で、その晩は結局居間にぎゅうぎゅうに布団を敷き詰めてみんなで眠ることになった。一兄の隣が誰かでまた揉めたが、私を真ん中にして二郎と三郎でつくった川の字の上に一兄が横たわるという案で妥協した。大騒ぎしている間に怖かったのはどこかへいってしまって、よく眠ることができた。

リトルヒーローとショート

「おい、メモリーカードがなくなってるぞ!赤外線は引っ掛かってなかったはずなのに…」
「身体を縮められるヒーローがいるらしい。まだこの部屋にいるかもしれねえ、探せ!」

乱暴な足音がいくつも行き交い、見付けたら踏み潰してやれ、なんて物騒な台詞も降ってきた。テーブルの下の僅かな隙間に潜り込んでいた私はバクバクと嫌な鼓動を打つ心臓を押さえ付ける。現場に出る機会が増えてくるのに比例して名前が知られるようになってしまい、あくまで隠密の役目を担いたくてもそうもいかなくなってきたのが最近のジレンマだ。それでも、直接対峙できる力がないからって自分だけが危険な目に遭いたくないとは言えない。私だって他のメンバーと同等のヒーローなのだ。恐怖を振り払って、特製の無線に囁きかけた。

「敵が入ってきて身動きとれません。応援、お願いします…!」

テーブルの前に大木のような黒い足が立ち、息を止めた。絶体絶命か、目を閉じてしまいたくなったそのとき、辺りを冷気が走った。

「な、うわっ、この氷はっ……」
「動くな。つっても、もうどいつも動けねえだろうが」

ショートが部屋に乗り込んできた。一瞬にして部屋の壁が一面氷浸けになって、天井から降り注ぐように伸びた氷が敵を拘束していた。部屋の中央まで来たショートは周りを見渡し「ミニマム、どこだ」と呼びかけてくれた。テーブルの下からふらふらと這い出して、いつものように大声でアピールしなければと思っても蚊の鳴くような声しか出なかった。

「ここ……」

それでもショートはすぐに気が付いてくれて、膝を折って左手を差しのべてくれた。

「よかった、氷浸けにはなってなかったな。無事か」
「はい、メモリーカードも確保してます」

ショートのあたたかい手のひらによじ登って、目線を合わせてもらう。ショートは私の顔をじっと見つめて、それからすっかり定位置になったストラップ缶に身体を入れてくれた。

「怖い思いさせたな」
「いえ、…大丈夫です。来てくれてありがとう」
「……すぐ抱きしめてやりてえが、戻ったらにする」

指でそっと頭を撫でられて、まだ現場だというのに気が緩んでしまう。でも、せめてここを出るときまではこの中で安心していたい。

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