中途覚醒独歩

眠れないっていうのは何よりもの絶望だ。真っ暗闇の中でふと目が覚めて、枕元の携帯で時間を確認すると四時だった。布団に入ってまだ三時間と少し。再び目を閉じて大人しくしていてもどんどん頭が冴えてくるばかりで眠れる気配はなく、このまま出社時間になればまた二十時間は起きていなくてはいけないなんて考えただけでしんどい。
休まなくては、と強迫観念を感じること自体、質の良い休息になるはずがないと思う。でも休まなくちゃ働けない。働きたくない。起きたあとのことなんて考えなくてよければ、きっとぐっすり眠れるのに。

「んん、どっぽぉ…?」
「ごめん、起こした?」

ぐしゃぐしゃと髪をかきむしっていると、隣の彼女が目を覚ましたらしかった。うるさくしてしまっていたか。天井をにらみ据えていたらすっかり暗さに目が慣れて、彼女の顔もはっきりと見えた。彼女は瞼を閉じたまま、手探りで俺の腕に触れると背中に手を回してきた。

「眠れなくなっちゃったの?」
「……うん」
「たいじょぶだよー…」

素肌が触れ合って、体温が混ざる。彼女のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。ぽん、ぽん、と手のひらで背中を優しくたたかれて、気持ちの波が穏やかになった。いくらもしないうちに彼女の方がまた微睡みに落ちていったが、その平和な寝顔を見ているうちに眠気が戻ってきて、ああ、と思ったときには意識を手放していた。

理鶯の彼女とマットリ二人

「おー何シケた面してんだよ」
「体調でも優れないんですか?」
「……悩みが、あって」

左馬刻と銃兎が聞いてくれたのに私が沈んだ声で返事すると、少し心配の色を濃くした目でそれぞれ見つめられた。

「どうしても、どうしても、理鶯とキスできなくて」

私の告白に二人は一気にどうでも良さそうな顔になった。 もうほとんど聞く気がないのはわかっているが一人言のように話を続ける。

「理鶯のこと大好きだししたいのは山々なんだけど、あのゲテモノ料理を思い出しちゃって……」
「そりゃ無理だよなァ。別れろや」
「こら、そう短絡的ではいけませんよ。まあでも、よぎってしまうのは仕方がないというか…」
「何の話だ?」

突如割って入ってきた低い声に、三人でわっとソファから飛び上がった。森から直行してきたらしく肩に葉っぱを乗せた理鶯が無表情で出入り口に立っていた。

「いや、ただの雑談だよ!ね!」
「ああ、こいつのちょっとした悩みを聞いてただけで」
「…悩み?何かあったのか。小官に話してくれ」

長身を屈めて真摯な瞳で覗き込んでくる理鶯に、ぐっと良心が痛む。こんなに素敵な彼といつまでも一歩踏み出せず深い仲に進めないなんて、やっぱり嫌だ。

「おや、こんなところにスカイラウンジのディナーの招待券がありますね。野郎同士で行っては勿体ないですから、二人で使ってください」
「おーたまにはまともなモン食って来いよ」
「銃兎、左馬刻……!」
「いいのか?」

渡してくれた封筒の中を覗くと諭吉さんが二人。健闘を祈る、と力強く頷いてくれた銃兎と左馬刻を残して、私は理鶯と部屋を出た。きっと素敵な夜になる。

勝己と相合い傘

会社から出ると雨が降っていた。今朝のニュースの予報では降水確率が比較的低かったはずだけど、でもまあ洗濯物は浴室乾燥にかけて来たし鞄の中に折り畳み傘も入れていたので自分の上出来っぷりで気分は上向きだ。
電車の中でカップルの女の子がレインブーツを履いていてるのを見て、一日デートをしていたのかなと思った。最近、デートしてないなあ。梅雨に入ってしまったのでアウトドア系はもってのほかだし、ただ買い物に行くのも何となく気が乗らず、というかそもそも忙しい勝己とは休みが合わず同棲していても顔を合わせない日もしばしばだ。次に休みが合うときはどこか行きたいなと考えながら最寄り駅の改札を出ると、色とりどりの傘が出ていく軒先に不機嫌そうな顔をした勝己がいた。ぽかんとして立ち止まる私の手にある傘を見て、勝己は目を吊り上げる。

「ア!?なんだてめェ傘持ってやがったんか」
「いや、梅雨だし普通に持ち歩いてるけど…」

そんなことよりもしかして迎えに来てくれたの、と言い終わる前に勝己はばつんと大きな傘を開いて回れ右してしまい、慌ててその横に滑り込んだ。

「ま、待ってまって、帰り道一緒でしょ」
「てめェの傘が残ってたからついでとは言えせっかくここまで来てやったのに無駄足だったわ。つか持ってんだろーが入ってくんな」
「持ってるけど折り畳みでちっちゃいんだもん」
「これのがせめェ!!」

大声で文句を言いながらも、持ってきてくれた私の傘は反対の手に握ったままで押し出そうとしてくるようなこともなく、しょうがないとでも言うような舌打ちがひとつ。斜め上を見上げると相変わらず眉間に皺を寄せていたけれど、さっきよりもやわらかい表情に見えるのは贔屓目なのか。

「梅雨開けたら、真夏になる前に山登り行こうか」
「真夏でも行けんだろ」
「私は行けませんー」

雨降りも悪くないな。傘の下でこっそり笑いながら、そう思った。

上鳴とツンデレさん

出会いとは、口を開けて待ってたって降ってはこない。やっぱり自分から探しに行かなくちゃいけないんだよな。峰田とナンパについて話していると、後ろの席から咳払いが聞こえてきた。

「あなたたちね……そんなことばかりしてると、プロヒーローになってから掘り起こされてゴシップになるかもしれないわよ」
「なんだよ!まだ一回も成功してねーから誰にも迷惑かけてねーぞ!」
「峰田、それ言ってて悲しくなるから黙っとこ」
「私は雄英からそんなヒーローを出したくないの。学生とは言えもうメディアにも顔が出てるんだから、その自覚を持って行動するべきでしょう」

軽蔑そのものという目で見てくる彼女に、峰田は鼻息を荒くしながらうるせーな!と言い返す。てかちょっと興奮してね?

「俺たちがかわいい女の子とお知り合いになって楽しく過ごしたってオマエに関係ねーだろ!俺のこと好きだから止めたいってことむぐっ」
「ちょ、峰田…」

峰田の口を塞いで、また十倍にして言い返されるのではと身構えながら彼女を見ると、真っ赤になった顔と目が合う。

「わっ…私が上鳴くんのことを好きでナンパなんかしてほしくないからってこんなこと言ってるわけないじゃない!!」
「あ、え、俺ですか」

俺の呆けた返事に彼女はくしゃりと顔を歪めて、さっきまでの冷ややかな仮面はどこにいったのか。ガタッと椅子を蹴って逃げ去っていくのを見送って、峰田と顔を見合わせる。

「…抜けがけすんなよ、上鳴」
「おー、でもあいつもかわいいとこあったんだな」

轟くんの氷でかき氷

残暑が厳しく、まだまだお風呂上がりのアイスが欠かせない季節だ。しかし寮では夜の外出は原則禁止で、ちょっと近くのコンビニまでというのも許されない。一階の共用スペースで窓を開け放ってもゆるゆると生ぬるい風が流れてくるだけで、何となく集まった者達は見事にだらけていた。

「あー、アイス食べたいー…」
「食いてぇな〜」
「あ!!私ひらめいちゃったよ!」
「何ー、透ちゃん」
「轟くんの氷でかき氷つくれないかな?」

みんなの視線がバッと轟くんに集中して、たぶん会話の内容は聞いていなかった轟くんが「お」と顔を上げた。

「かき氷食べたい…!轟くん、お願いできないかな?」
「おお、わかった」
「やったぁ!そしたら、ヤオモモにかき氷器創ってもらって」
「私の部屋にかき氷のシロップあるから持ってくるわ!」
「え、お茶子ちゃんシロップだけ持ってたの?」
「たまに薄めて飲むと結構空腹が紛れるから…」

切ない笑顔のお茶子ちゃんの肩を抱いて、今日はいっぱいかき氷食べようねと励ました。ヤオモモはかき氷器について手早く調べて「なるほど、刃がこうついていて…鋼でよろしいでしょうか…押さえを回して氷が削れるというわけですね」とすぐにぴかぴかのかき氷器を創り出してくれた。早速轟くんが手のひらから氷を出してくれる。

「切島くん、任せた!」
「おう!削りまくるぜー!!」
「私もやりたい、私も!」

みんなできゃっきゃとはしゃぎながら、切島くんがすごい勢いでハンドルを回してかき氷を量産していく。お茶子ちゃんがシロップを持って戻ってきた。

「これがかき氷か」
「私も食べるのは初めてですわ」
「味はどれも同じだから好きな色選んでね!」
「それよく聞くけどよ、ほんとなのか?」
「香料と色が違うだけらしいよ。イチゴ味もメロン味もブルーハワイ味も思い込み」
「ブルーハワイ…」

かき氷は初体験らしい轟くんとヤオモモは興味津々に色とりどりのかき氷を見ている。轟くんはブルーハワイが気になっているようなので渡してあげた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
「……どう?ブルーハワイの味する?」
「よくわかんねえけどうまいな」

ぱくぱく食べ進める轟くんを見て、よかったなと思った。それからしばらくかき氷が流行って、轟くんは引っ張りだこになっていた。

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