2024/5/31〜6/30
語り手:山田清之介



 僕は嘗て、滅却師クインシーに回道を施した。

 あれは何時いつの事だったか。護廷入隊して割と間もない頃で、しかし初年度ではなかったはずだ。二年目か三年目か、多分その初夏の辺りだった。「四番隊は救護専門の非戦闘部隊である」という特殊な位置付けもまだ明確にされていなかったほど昔の事だ。

 戦場に立たされていた。

 平隊士らしく真っ当に、青竹が群生する辺境奥深くに潜伏していた滅却師の残党狩りに駆り出されたのだった。
 この当時は「隊長格でなければ全く相手取れないような手練れの滅却師は既に殲滅されている」というのが定説であり、死神たちの共通認識だった。実際、驚異的な力を持つ敵には遭遇しなかったし、特別な技も使われなかった。霊子で象られた、ただの矢が飛んでくるだけ。まぁ当たったらタダでは済まないけれど――対する味方もみな斬魄刀の力を解放するまでもなく、ただ刀を抜いた。何もかも尖らせて手に掛け合う、単純で程度の低い競り合いだった。一帯を包んでいた新緑の香りは、一瞬で血腥ちなまぐさくなった。
 参加することに意義も利益も快楽も見出せなかったから、僕は手を抜いた。とはいえ何もしないのでは先輩が黙っていない。目立たないように後方支援に回って、主に味方の手当てに専念した。……そう、主には。

 戦場に立たされていた。

 滅却師の中にもそういう者がいた。先の大敗で指導者を喪ったことで死神への反抗心も失せた者、歴史も因縁もろくに知らされぬまま兵士に矯正された者、戦いなどとは無縁でいたくとも立場的に許されず強制された者。

 生きているだけで襲われる。
 生きたいばかりに殺される。

 流石に可哀想だな、と思ったよ。
 流石の僕でも。

 治してやった者が早々に戦線復帰するようであれば、戦いは永遠に延々と繰り返されるだけになる。僕はそういう永久機関の歯車になりたい訳ではなかったから、「治療を受けたら永久離脱しろ」と条件を付けた。
 どちらかが負けないと終わらない。他に手はない。こちらが負けると総隊長殿が面倒くさい。まったく手の掛かる。そちらは負けても死人に口なし。さぁこの手に乗ってくれ。戦争継続の意思のない者だけが生き残れば、もう死に急がなくても良くなるだろう?そうすれば僕も無駄に手を掛けずに済むんでね。
 弓を置いて、誇りも置いて、生きたければ何処へでも行け。手を引かないというなら此処で当たって砕けて逝け。嫌ならせいぜい死神に見つからないように。魂魄を滅却しさえしなければ、見逃しても世界はべつに脅かされない。殺すだけ無駄だ。生かしても僕にとっては大概無駄だけど。

「ありがとう」

 死神本意に負けを押し付けただけだ。礼を言われる筋合いなんてなかったさ。
 どうせその後『滅却師は滅んだ』って聞くことになったし。


――――――


 僕は嘗て、虚ホロウにも回道を施した。

 あれは忘れろという方が無理な話だ。「四番隊は救護専門の非戦闘部隊である」という特殊な位置付けが当然の常識となって久しい頃の真冬の事。死神の体感でいえば最近の話だと言っても差し支えない範疇だ。

 戦場に発たされなかった。

 四番隊副隊長としての“示し”って、いったい何だろうね?
 総隊長殿も卯ノ花隊長も、僕に救護詰所での待機を命じた。瀞霊廷の外で次々と命が奪われていようが「出るな」と。この手で救えるはずの命をみすみす取り零すことになろうと「手を出すな」と。
 あぁ。本当に、あの方たちとは気が合わないよ。
 従うことに意味も勝算も充足も見出せなかったから、僕は手を切った。これで罰されようとも上等さ、とまで思った。何もしないで手を拱こまぬくのは我慢ならなかった。煩わしい 柵しがらみなんか蹴飛ばして勝手にするのが僕だ。死なない限りは死にたがりでも治してやるさ。ところが――

 戦場は絶たれていた。

 蹂躙の跡地を戦場とは呼ばない。形を保った遺体が残っているだけまだ良い方だった。死んでしまっては治せない。僕自身もそうだ。死んだら何も治せなくなる。
 「だから」と言うのも語弊がある気がするけど、其処で僕は虚を治さなければならなかった。詳しい経緯いきさつについて思い返すのは、またの機会に繰り越したい。だってなかなか疲れるからさ。臓腑に手を入れられる感覚っていうの?……ほら、聞く方も覚悟しておかないと。軽率に訊かない方が身のためになる気がしてきたろう?

 兎に角あのとき、常ならば殺すべきとされる虚を、僕は生かした。

「済まない。手を掛けさせた」

 ややこしい状況ではあったけれど、最終的には僕の意思でやったことだ。済まないも何もない。全ては済んだことさ。
 それに結局最後は救えなかった。僕の手から離れていった。


――――――


 治す腕前が僕よりも上の人はいなくはないけど、治した種族種類の多さでは僕の右に出る人はそうそういないと思うんだ。長く死神をやっているから現世で人間を治したことだってあるし、医術の研究過程で動植物を相手にしたこともある。
 涅君なんかは同じくらい改造なおしたことがあるのかもしれないけれど、彼の場合、施すのは回道じゃなくて改造だからね。対象に治癒霊力を流し込んだ経験、というのはあまり無さそうだろう?

 ひとまず僕が対象に回道を施す際の所感について述べておこう。
 死神は魄睡はくすいが機能している限り自身の中から霊力を生み続けるから、治すには必然的に医者と患者双方の霊力が鍵となる。患者の病気に合った薬を調合するのと同じように、患者の霊力の質に合わせてこちらも流す霊力を調整していくんだ。
 滅却師は周囲にある霊子を集束させて己に取り込む性質を持つからか、こちらの霊力が多少強引に吸われていくような感覚が拭えない。体構造そのものからして死神とはまるで異なっているせいで、調整は格段に難しくなる。
 虚は死神相手の場合ほど簡単ではないが、滅却師相手の場合ほど難しくない。大人しく治療されてくれる場合なんてのは稀だから、サンプルは極めて少ないが。
 人間は霊力を持っていないやつが殆どだ。相手に合わせて調整してやるという手間が必要なく、ただ流し込んでやるだけでも大きな効果が得られる。真っ新さらで真っ白な布ほど染めやすい、とでも譬たとえれば馬鹿でも理解し易いかな。
 動植物は人間に近い、というか感覚的にはほぼ同じだ。ただし往々にして器の造りが脆く繊細で、上手く加減できなければ駄目にしてしまう。そうだな、花に肥料を与え過ぎると腐ったりするものだろう?そういうことだよ。

 各対象を治すには、それぞれに合わせたコツを抑えることが重要だ。そして僕は誰よりもそれが出来る。治せない対象なんてもう存在しないはずだった。
 だが、楠山沙生という例外が現れた。正確には彼女の左足か。治せないというか、治しきれない。人間の標準をも下回る弱い自己治癒力なら辛うじて具えているみたいだったが、外から治癒霊力を流し込もうと試みても殆ど受け入れられなかった。彼女の体の他のどこの部位とも違って、そこだけがこちらの霊力に反発してくるみたいな感触がするんだ。
 僕の回道はやはりまだまだ未熟だという事だ。どうしたら治せるだろうか。色々と工夫を凝らして試してみたが手応えがない。暗中模索、闇の中を手探り。ならばいっそ回道とは別の手を取ってみるか。何が有る?手術はどうか?直接手を入れて弄いじくるか?……嫌な記憶が喚び起されないでもないが、“治せなかった証”を消せるなら、僕の個人的な嫌悪感など捨て置いて構わない。どうでもいいんだ、好きか嫌いかなんて。何でもやってやるさ。治すためなら。


――――――


「恥ずかしながら、遠征における戦闘で斬魄刀を少々毀損してしまったのだ」


 清々しく晴れた、皐月さつきの或る日の午後。
 仕事の用で訪れた一番隊舎にて階段に足を掛けたまさにそのとき、上から狛村隊長殿の話し声が聞こえてきた。どうやら偶々そこの踊り場で東仙隊長殿と出会でくわし、立ち話をしているらしい。きっと二人とも、例の新隊長たちへの試練じみた虚討伐遠征に関わることで総隊長殿に何か報告しに来たのだろう。狛村隊長殿は先日帰還されたばかりで、東仙隊長殿は数日後に出立されるご予定だ。


「まさか、あの頑丈な天譴てんけんが……そこまで強力な虚が出現したのか」

「儂の実力不足の一言に尽きる」

「そんなことはない。狛村、君はたしか就任前にも『一気に席が空く未曽有の事態にならなければ、自分が隊長になることなど有り得なかった』と謙遜していたが……私はそうは思っていないよ」


 お二人とも僕が階段を上って来ていることに気付いているだろうが、そのまま会話は続いていた。僕に聞かれても問題ない話だということだろう。


「何があった。私には話せない事か?総隊長殿に口止めでもされているのかい」

「いや。先ほど元柳斎殿に報告したところ、隊長格にも通達されるとのご判断を頂いた。話すのは構わない。儂の前に現れた虚、あれは――恐らく中級大虚アジューカスだった。蜘蛛のような姿をしていた。奴が口から吐いた糸を固めて作り上げた棍棒のような武器は、非常に硬かった。初手の打撃を受け止める際にそれを見誤ってしまったのだ」

「流魂街に中級大虚が……!?滅多に虚圏の外には出て来ないものだと聞いているが……それは並の死神なら普通は対処できない位の相手だろう。寧ろ狛村が迎撃したからこそ、この程度の被害で済んだと考えるべきだ」

「しかし、儂は取り逃した。隊士三名も黒腔ガルガンタの向こうに攫われてしまった」


 ――へぇ、それは初耳だ。


「……部下の殉職に責任を感じるのは、同じ立場にある者としてよく解わかる。だが気負い過ぎるものでもないよ、狛村」


 この前、遠征先で負傷したらしい数名の七番隊士が急患として僕らの元へ送られてきた事があったけど……そうか。「軽症で済んで良かったじゃないか」なんて、とんだ目出度い見解だったな。三名。送られてこなかったってだけだ。
 彼らの視界に入る所まで上って来た。僕は会釈をして、会話の邪魔にならないようにそのまま通り過ぎようとした。


「こんにちは、山田副隊長。少しいいかな」


 東仙隊長殿は、暗くなりかけた空気を振り払うように、努めて明るい声を掛けてきた。盲いた目で的確に僕の視線を捉え、そしてこう問うてきた。


「毀損した斬魄刀を修復するのは、誰かを治癒するのと似たような行為だと思うのだけれど……その道の先達として、君はどう思う?斬魄刀に霊力を注いで修復する際の上手いコツなど、何かないものかな」


 ――盲点だった。


「……山田副隊長?」

「あぁ、いえ。『似たような行為』と仰いますが、たった今そう言われて初めて、『異なる』のかもしれないと思い至りまして。生命に対するのと、そうでないものに対するのとでは」

「そう……だろうか?」

「ええ。『先達』とは畏れ多いですね。御存知の通り、僕は斬魄刀を用いた戦闘には向きません。故にそれを毀損し修復した経験も皆無です。素人もいいところですよ。今の僕では無理でしょう」


 あった。まだ治したことのない対象が。いや、ここは『直』の字だろうか。


「それに狛村隊長殿の斬魄刀は殊更持ち主との繋がりが強い性質であるとか。……フ、釈迦に説法するような恥知らずにはなりたくありませんね」


 嗚呼、気付いてしまったのかもしれない。抑えられない。口角の制御が利かないな。


「成程、それもそうだ。フフ、呼び止めて悪かったね」


 幸い、相手はお心の広い東仙隊長殿だ。彼は気さくに笑い返してくれた。


「山田副隊長、儂からも一つ」


 堅固な鉄笠で表情の見えない狛村隊長殿だが、いつもの真面目そうな声より、やや楽しげな調子だった。


「斬魄刀の修復にかけては、儂よりも御厨みくりやの方が何枚か上手うわてだぞ」

「おやおや、意地の悪い。僕が御厨に師事するなんて、天地がひっくり返っても有りませんよ」


 手掛かりというのは思い掛けず降ってくる。
 手始めに、今日帰ったら自分の斬魄刀で練習してみようかな。

手掛けの弖爾乎波てにをは


 逃げて山田清之介の斬魄刀超逃げて。練習台にされるよ。がんばれ山田清之介の斬魄刀。しかしまぁいくら何でも涅隊長さんとこの疋殺地蔵くんより酷い事にはならないさ。そのはずさ。
 今回お送りしたお話はざっくり四節に分けられますが、最後の四節目の時系列は『このほの』本編でいうと1901年5月上旬、主人公さんが尾焼津にやられて入院中の時期です。season4四月の一心さん回『捕らわれ人の皮算用』のすぐ後でもあります。果たして彼女の左足の真実とは。本編の続きが待たれますが、取り敢えずその一心さん回と今回の山田副隊長回と、season6七月の刳屋敷隊長回『写し見ること現身の刀性』を合わせて読むと謎の真相に8�oくらい迫れるかも。
 狛村隊長と御厨さんの回想話は近い将来本編に挟む形でお披露目したいな〜と考えています。山田副隊長と御厨さんのヘンテコ仲悪関係「なんだっけコレ?」となった場合には本編第26話『渇けば切るが良し』やseason4二月の山田副隊長回『鬼縛は花に継ぐ』をお浚いしてみると良いでしょう。
 ここで公開する『このほの』裏話シリーズもそろそろネタが尽きちゃうかなとか思い始めてから三年くらい経ってる。意外と尽きないものだ。
※6/30補足記事はこちら

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