魔導院と手紙



 転生の自覚から三年。
 去年の七月――秋に魔導院を創設した。
 魔術師マキシミリアンは相手が魔術師なのか看破かんぱする才能があるようで、フェリス領に移住して貧民街で暮らしていた魔術師を発見した。
 子供から年配の魔術師が多く、お婆様と学友だったマキシミリアンより高齢の魔術師が一人だけいた。

 そう。初対面から数日後に判明した、マキシミリアンの年齢。
 彼はアナトール王国の王立学園で、正体を隠しながら勉強していた。その際にお爺様とお婆様と知り合ったのだと。
 ちなみに百歳以上。……外見が四十代って、凄い年齢詐欺だ。

 曰く、魔晶石が持つ不思議な力を多く保有するほど老化が緩やかなのだとか。
 ちなみにその不思議な力≠ヘ、私が『魔力』と呼称したことで正式に命名された。

 魔導院を設立した当初、領民達は彼等を恐れていた。しかし、彼等が領地の防衛に寄与し、その力を目の当たりにしたことから受け入れるようになった。
 畑にやってくる害獣駆除の後、害獣除けの結界を畑に張り巡らせた。その効果を垣間見かいまみた農家の人達は魔術師の力を認め、何かと頼るようになり、関係が良好になった。
 たった三ヶ月で、領民から信頼を勝ち取ったのだ。


「お久しぶりです、ナディア様。ようこそお出でくださりました」

 魔導院。教会と同じ材質だが、五芒星ごぼうせいの塔とも称せる白亜の建物。
 アルジェント城の近くにあるから徒歩で行き来できるし、彼等も当家お抱えの騎士や警備兵と連携をとる訓練を気軽に行える。最初は忌避きひされていたにもかかわらず、今では良好な関係を築き上げられた。

 彼等を統率しているのがマキシミリアン。ちなみに勧誘した当初から『マキシム』と呼ぶことを許された。お婆様でさえ『マキシミリアン様』と呼んでいるのに、いいのだろうかと最初は迷ったが、好意を受け取って砕けた口調で呼んでいる。

 そんな私は現在、魔導院長の執務室でマキシミリアンと面談していた。

「久しぶり、マキシムさん。魔術書の解読は順調?」
「ええ。まさか国内にあれほどの魔術書が眠っていたとは驚きでしたな。レヴェント帝国からも魔術書をご購入されて」

 去年の夏に大量の魔術書が見つかった。その数、百冊以上。同年の秋と翌年の今春にルゥビーン商会から魔術書を買い取ったが、今でも国内の魔術書の発見の方が多い。
 それでも国外の魔術書も質が高く、実用的な内容が多かったらしい。かき集めた魔術書のおかげで、念願の給湯器や冷蔵庫といった魔工製品が完成した。
 魔術師達のおかげで、いつでも温かなお風呂に入れるし、いつでも高価な氷を作れる。この経緯から魔工技師といった職人からも厚い人望を獲得したのだ。
 今ではなくてはならない存在になり、魔導院に所属する魔術師達も生き甲斐を得て、好きな魔術の研究に打ち込んでいる。

「私にできるのはこれくらいしかないけど……」
「いやいや。儂等わしらを支援してくださるだけではなく、本当に居場所を作ってくださった。感謝してもしきれません」
「ふふっ、どういたしまして。でも、領民達から信頼を勝ち取ったのは、マキシムさんや魔術師達の努力の賜物たまもの。私のきっかけだけじゃあ成し得ないことを成し遂げたんだから、もっと自分達を誇った方がいいよ」

 笑顔で心からの賛辞を贈れば、マキシミリアンはクッと口を引き結んで頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 マキシミリアが、湿っぽい声でお礼を言った。掠れているし、少し震えている。驚いたが、それが喜びを込めた声なのだと気付く。

 お婆様から聞いた話では、学生時代でも泣いたことが無かったらしい。それが私の言葉で涙脆くなるなんて、大変な苦労を重ねてきたのだと理解できた。

「ここはもう貴方達の家なんだから、堅苦しいお礼はいいよ。好きなように生きてくれたら私も嬉しいし、幸せだと感じられるようになったら、私の努力もむくわれる」

 手巾ハンカチを取り出して差し出せば、マキシミリアンは受け取って目元に当てる。しばらくして顔を上げると、黄色い目が少し赤くなっていた。

「ナディア様のおかげで、儂等は生まれて初めて呼吸ができました。初めて生きているのだ≠ニ実感できたのです。貴女様がいなければ無意味に生きて死ぬだけじゃった。だからこそ言えます。儂等はこれ以上にないほど幸せです」

 真っ直ぐな眼差しで強く言われた。
 そこにどれほどの気持ちが込められているのか痛いほど感じられて、私まで目が潤む。

「よかった。そう言ってくれて、私も幸せね」

 湿っぽい声で言った拍子に、一筋の涙がほおを伝う。
 貰い泣きしてしまった私にマキシミリアンはまた目を潤ませて、手巾を目元に押し当てた。

 貰い泣きの連鎖に苦笑してしまうと、執務室の扉を叩く音が聞こえた。

「魔導院長、ゼノンです。少々よろしいでしょうか」

 変声期前の少年の声で、慌てて涙を拭いた。
 マキシミリアンが「入れ」と告げると、十四歳ぐらいの少年が入ってきた。
 赤茶色の癖毛。瞳は炎を連想させる冴えた赤。怜悧れいりな切れ目で、線の細い顔立ち。
 見覚えのない人物は、おそらく新しく入った魔術師だろう。

 それを執務室の応接間で見ると、少年は目をみはった。

「面会中でしたか?」
「ああ、構わん。……そういえば初対面じゃったな。こちらは魔導院創設の発案者であり支援者、ナディア・フェリス様だ」
「……え?」

 ぽかんと口を開ける少年。そんな彼の反応に、マキシミリアンはいさめる。

「これ、失礼な態度をとるでない」
「いや、ですが……」

 困惑する少年に思わず苦笑いしてしまう。

 まぁ、仕方ない。どう見ても私は年下、それも十歳の子供なのだから。

「このお方はフィリア商会の会頭。全ての魔術書を揃えてくださったお方じゃ。その上、フェリス領の辺境伯令嬢。その地位は侯爵に匹敵する貴族の令嬢じゃぞ」
「マキシムさん、そこまで言わなくてもいいから」
「しかし示しがつきませぬ。貴女様は我々の恩人でありしるべなのですから」

 大袈裟な言葉に苦笑してしまう。でも、その気持ちは嬉しかった。

「見ない顔も増えたのね」
「魔導院の噂は広まりつつあるようで。ゼノンも噂を聞きつけて加わったのです」
「そう」

 相槌あいづちを打ち、私は立ち上がってゼノンという少年に向き直る。

「初めまして。紹介に預かったナディア・フェリスです」
「……あ。僕はゼノン、です」
「では、ゼノン。マキシムさんに何か用?」
「はい。魔導院長宛の手紙が届きまして」

 ゼノンが答えると、マキシミリアンは「手紙?」と復唱する。
 その直後、またしても扉から軽く叩く音が聞こえた。

「アンジェラです。ナディア様はいらっしゃいますか?」
「ああ。入って良いぞ」

 マキシミリアンが許可を出す。
 入ってきたのは、柔らかな純白のロングヘアに薔薇色の瞳の愛らしい女の子。私と同い年の魔術師であり、私の専属侍女見習いだ。

「アンジェラ、どうしたの?」
「ナディア様宛に、こちらが届きました」

 アンジェラが差し出したのは、赤い蝋印ろういんで封をした一通の手紙。
 蝋印は、十字架の星と太陽を刻んだ盾、向かい合う獅子と白頭鷲、王冠を頂く紋章。

 見たことがある。それは以前、授業で習ったもの。
 思わず頬の筋肉が引きってしまう。

「……嘘でしょう? なんでこんなものが……」
「どうしました?」

 アンジェラの呼びかけに、私は重々しく答える。

「国王陛下からの手紙みたい」

 その一言で、アンジェラ達は絶句した。

「……儂の手紙も陛下からのようじゃな」

 マキシミリアンの手紙も、同じく陛下からのもの。

 つまり、来るべき時が来た、ということか。

 アンジェラからペーパーナイフを受け取って封を開け、手紙を読む。
 内容は、要約するなら『非公式の場で会いたい』とのこと。
 どうやらマキシミリアンも同じようにしたためられているようだ。

「公式の場じゃないのが唯一の救いね。なら、なるようになるかも」
「……ずいぶんと楽観的ですな」
「これでも手を打っているから。主張を認めさせる術はいくつもある。交渉のカードは多いに越したことはないし」

 そう言って顔を上げると、マキシミリアン、アンジェラ、ゼノンが私を凝視していた。

「どうしたの?」
「……いえ。本当に儂と孫ほど離れているのかと思いまして」
「いずれ領主になるのなら、これくらいできないとね。国の中枢を担う貴族は狡猾こうかつだって言うし、足元をわれると大変だもの。とうに子供であることを捨てたのだから苦じゃないよ」

 体は子供だけれど、精神は大人。それに、私は大人に甘えられる環境にはいない。
 今はまだ十歳で、幼い。本来なら子供であることを享受きょうじゅする資格も権利もある。
 でも、私には護りたいものがある。それを成し遂げるには大人になりきらないといけない。

「さて、今日はこれで帰りましょうか。今から準備しないと間に合いそうにないから」
「お見送りを……」
「いい。マキシムさんもこれから忙しくなるから、出立まで整えてね」

 笑顔を見せて、私は魔導院から出た。


◇  ◆  ◇  ◆


 あの日のことは今でも覚えている。
 初めて対面したとき、自分では思いつかなかった『結界魔術』の考案を聞かされたときも驚いたが、幼い子供が「民を守るための国家の奴隷です」と自らを称したのだ。

 ――「全ては民の幸福と安寧のために。彼等の不幸を取り除くために」

 覚悟の炎を紫眼しがんに宿し、気迫すら感じられる厳然とした姿勢で告げた言葉。
 大人でさえ自覚しているかどうかも分からないそれを、幼い子供が受け入れている。

 彼女なら信用できる。彼女ならついて行ってもいいかもしれない。
 その直感は正しかった。

 彼女――ナディア・フェリスは、魔術師であるマキシミリアンを受け入れた。魔術師の居場所と心の安寧を築き上げ、魔術の研鑽に必要な魔術書を集めた。
 魔導院を創設して、活動する際も同伴どうはんして方々ほうぼうに説明した。領民に受け入れてもらえるよう一緒に考えて実行してくれた。

 ナディアは信頼における人物。同時に、居場所と生きる意味を与えてくれた恩人だ。
 だから失念していた。彼女が十歳の子供であることを。

 ――「とうに子供であることを捨てたのだから苦じゃないよ」

 あっさりと口にした口調だったが、瞳には少しの寂しさが宿っていた。
 ナディアはまだ大人の庇護下にあって、大切に育てられるべき子供だ。だというのに彼女は自らその権利を捨てていた。
 初めてそれを知った瞬間、どれだけ彼女に甘えていたのか自覚した。

「……情けないのう」

 ナディアから受け取った手巾に視線を落とし、指先に力を込める。

「魔導院長……?」

 その場にいたゼノンが心配そうに声をかける。
 本来ならナディアに向けるべき気遣いだが、果たして自分は彼女にできただろうか。
 思い返せばなぐさめられることはあっても、気遣いらしい気遣いをした覚えがない。

「……儂も、貴族と同じか」
「えっ?」

 自嘲気味に呟いたマキシミリアンに、ゼノンは戸惑う。

「初めて出会ったときから、儂はナディア様を試し続けた。彼女が真に信用に値する人物なのか。そして信頼できる人物じゃと認めてからも、彼女の好意に甘えてしまった。まだ十歳の子供じゃというのに、並み居る貴族のように彼女を搾取さくしゅしてしまった。儂だけが原因ではないにしても、彼女に子供であることを捨てさせた。本来なら甘えたい年頃じゃというのに」

 後悔してもしきれない。そんな罪悪感にさいなまれてしまう。

 グッと目を閉ざしたマキシミリアンは、静かに目を開く。
 黄色の瞳には、強い決意が込められていた。

「だからこそ、儂等はあのお方を護らねば。儂等に居場所を与えてくれた彼女に恩を返さず幸福を甘受かんじゅするなどもってのほか。でなければ儂の矜持きょうじすたるわ」

 言葉にすることで決意を固める。
 マキシミリアンの確固たる想いを聞いたゼノンは、鳥肌が立つほど見入った。

「ゼノン、皆を講堂に集めてくれ」

 おそらく誰もがナディアに頼りすぎている。畑違いの彼女に押し付け続けないよう、マキシミリアンは自分にできる最善を尽くすことを誓った。


◇  ◆  ◇  ◆