異世界の技術



「いつも半信半疑だったが、ソフィア殿の話は真であった。よくぞここまで育て上げた」

 お婆様が何を話したのか気になるが、アルフォンソ陛下の称賛にお婆様は苦笑した。

「恐れながら、この子はもともと聡明でした。商会の創立で、その才が明らかになっただけでございます。画期的かっきてきな帳簿のつけ方など、私も初めて見ましたから」
「複式簿記、というものだったな。あれを考えたのが七歳の子供だと聞いたときはにわかに信じがたかったが、ナディア嬢なら納得だ。学校という施設も素晴らしいものだった」

 何故か納得された。しかも、いつの間にか調査されていたようだ。

 ……ん? 素晴らしいものだった?

 まるで自分の目で確かめた物言いに気付くと、アルフォンソ陛下が笑いかける。

「実はお忍びで視察に行っていたのだ」
「……え」

 引き攣りそうな口元を、そっと片手で隠す。

 お忍びで視察? え、いつの話? いつの間にそんなことがあったの?

「ちょうどその時、其方は商会でレヴェント帝国の貿易商と商談していたと聞いた」

 一瞬にして脳裏に過ったのは、ルゥビーン商会の会頭・フョードルに魔術書の捜索を依頼した時のことだ。

「も、申し訳ございません! お出迎えも何もせず……!」
「其方に知られるとお忍びにならないだろう」

 それはそうだけど……!

 頭を抱えたくなっていると、アルフォンソ陛下は面白そうに笑う。

「識字率の向上を計る初等校。将来の職の下地を積ませる中等校。専門知識から技術を学び研究し合う高等校。どれも為になった。農業科では寒暖に強い作物の品種改良まで行われていたのは、ナディア嬢の依頼の一つでもあると聞いたが?」

 学ぶ意欲が強く、更なる叡智えいちを望む者だけを招き、学徒同士で切磋琢磨せっさたくまするための高等校。
 当初は前世の母国・日本の高等学校を目指していた。それが理事長に就いたセス様を筆頭とする学者達により、世界有数の大学院の研究機関に匹敵ひってきする環境へ発展した。
 私も意見を出して止めなかったのも原因だが、結果的に最高傑作と言える教育組織だ。

「……はい。フェリス領の南端は亜熱帯地域です。降水量は多くても熱さで枯れてしまうものも多くありました。ですので、熱帯地域でも育つ作物の調査及び研究が必要だと思いました。同時に寒帯地域でも育つ作物を研究すれば、北方の領地でも役立てるのではないかと」
「なるほど。確かに我が国の北方では根菜が多く、民の生活も豊かとは言えない。であれば、その研究内容を国に公表してもらうことは可能か?」
「はい。そのために依頼した研究ですから。同時に温室の技術も公開します」
「願ってもない申し出だ」
「フェリス領の鉱業に導入したトロッコという技術もありますが……」

 これは見ただろうか、と気になってたずねる。
 アルフォンソ陛下は不思議そうな顔をしたので、きっとそこまで見ていない。

「トロッコとは何だ?」
「地面に線路を引いて、その線路上で荷物を運ぶ技術です。通常は手押し車ですが、それでは採掘したものが落ちて無駄になってしまいます。ですので振動もほとんどなく、簡単に運べる鉱山限定の乗り物を開発しました。おかげで肉体労働が軽減して、例年より多く売ることができたと現地の鉱員から喜ばれました。その技術は領地の建設ギルドと共同開発したものですので、ご依頼いただけるとよろしいかと」

 鉱山で働く労働者はほとんどが中年男性。このままでは足腰を痛め、人員が減ってしまうと懸念したからこそ、建設ギルドで一番腕の立つ棟梁とうりょうとともに開発したのだ。
 私一人では完成できなかったから、彼等との共同開発という形で利益を得ている。

「それはどうやって考えた?」
「……その。鉛筆を二本並べて、一本をその上に転がしたとき……です」

 前世の知識にあるものだけど、作ろうと思ったきっかけは本当に些細ささいなものだった。でも、それを話すのは恥ずかしすぎる。
 うつむいて打ち明けると、アルフォンソ陛下だけではなくお婆様までクスッと笑った。

 居た堪れない……!

「他にどんな技術を生み出した?」
「……まだ途中段階ですけど……真珠を」
「は?」

 胡乱うろんそうな声が聞こえた。
 アルフォンソ陛下ではなく、彼の後ろに控えている宰相の声だった。

「宰相?」
「し、失礼しました」

 アルフォンソ陛下の声で慌てて謝罪する宰相。
 彼の反応に、もしやと思って訊ねる。

「メレディス公爵閣下でお間違いないでしょうか?」
「……ええ、そうですが……」

 よかった、合ってた。
 メレディス公爵が管理するメレディス領は、大和国と貿易を交わすための港を有している。漁業も盛んで、王都に匹敵する都市である。

「実はフェリス領では、真珠の養殖ようしょくを研究しています。今年の秋頃に成功するきざしがあれば、この国の特産品として生産していただけないでしょうか?」

 思い切って申し出れば、メレディス公爵は瞠目した。じっと反応を待っていると、我に返った彼は恐る恐る口を開く。

「真珠は海で採れるものですが……?」
「海とはいえ、発見できるのは稀ですよね? しかも発見できるのが貝の中では」

 そこまで言うと、ハッと何かに気付いた。
 さすが国王陛下を支える宰相。頭の回転も速い。

「私の領では池蝶貝が生息しています。池蝶貝の内側は白い光沢がありますので、真珠の母貝として利用できると踏みました。海ですと……白蝶貝や黒蝶貝が適切かと」
「……貴女は真珠がどのようにできるのか知っているのですか?」
「いえ。ただ、内側が美しい光沢を持つ貝であれば、同じ光沢を持つ真珠ができるのではないかと思いまして。ですからフェリス領のラクリマ湖で研究しているのです」

 本当はただの思い付きではないけれど、答えれば周囲の人々が驚愕した。

「短くて四年、長く見積もって六年、根気のいる研究になります。今はまだ二年に満たないので、何とも言えませんが。今年の秋に核がわずかでも大きくなっているようであれば、どちらかの領に研究内容を公表しようと思っていました。そしてできればメレディス公爵閣下の港でも生産していただけると、私としては嬉しいのですが……どうでしょう?」

 これは商談。国王陛下の前ですることではないけれど、ここでないとできない会話だ。
 持ち掛ければメレディス公爵は視線を下げて考え込み、アルフォンソ陛下を見る。

「陛下……」
「……もし成功すれば、確かに我が国の特産品となるだろう」

 アルフォンソ陛下の発言に、メレディス公爵は小さく息を呑む。そして、強く頷いて私に向き直った。

「その申し出、お受けしましょう」
「ありがとうございます。注意点は、貝は繊細な生き物ですので、死んでしまうと真珠ができません。養殖真珠の職人は根気があり真摯しんしに取り組んでくれる方をお勧めします」

 念のために注意点を付け加えると、メレディス公爵は深く頷いてくれた。
 ほっと安堵すると、アルフォンソ陛下は面白そうに笑った。

「ナディア嬢は面白い発想の持ち主だな」
「ええ。私も真珠の養殖なんて、初めて聞きました」
「……すみません、お婆様」

 お婆様に内緒で進めていたことを明らかにしてしまった。
 謝ると、お婆様は緩やかに首を横に振った。

「研究中なら言えなくて当然よ。前例のないこころみだもの」
「そうだな。それに自分の領地だけではなく、国も他領のことも考えられる者は少ない」

 相槌を打つアルフォンソ陛下の言葉はもっともだ。利益ばかりに目がくらみ、技術を秘匿ひとくする貴族が多いのだから。

「フェリス領だけがさかえるのは不公平ですし、各領主の不満をあおりますから。何事も匙加減が必要です」

 前にもフィリア商会の会頭補佐・トレヴァーとも似たような会話をしたなぁ。
 なんとなく思い出して苦笑すると、アルフォンソ陛下は鷹揚おうように頷く。