魔術師の真価



「フェリス辺境伯令嬢は、魔術師の存在をどう思っているのだ」

 怖いくらいの表情に、彼も魔術師の存在に忌避感きひかんを抱いていると危惧きぐしてしまう。
 もしそうなのだとしたら、その認識をくつがえさなければならない。

「なくてはならい世界の宝です。彼等の数は少なく、常人では成し得ない魔術を持っております。その力を活かさないなんて宝の持ち腐れに他なりません」

 だから真剣な顔で正面から言い切る。彼等の存在は希少であり価値があるのだと。

「国の脅威となりえる。――こうは考えなかったのか?」
「恐れながら、何をもって国の脅威と断じるのでしょうか。魔術を使えるからですか? いいえ、それは間違いです。彼等は生まれながら潜在意識に宿す魔術紋を書き起こして魔術を使います。つまるところ、書かなければただの人間なのです。確かに魔術紋を描くすべはいくらでもありますが、攻撃の意思を持たせる現状を作る方が間違いなのです」

 アルフォンソ陛下の疑問はもっともだが、確実性のないあやふやな疑心ぎしんだ。むしろ、魔術師を保護対象に値するという考えすら浮かばない事態、異常な視野狭窄しやきょうさくであると気付けるのに。

「其方は力を持っていない者が間違っているというのか?」
一概いちがいにそうとは言えませんが、あえて言うのであれば、理解しようとせず恐れて遠ざけることの方が、よっぽど恐ろしいと私は思っております」

 私の言葉に、アルフォンソ陛下は目を見開く。

「魔術を使えるとはいえ、彼等も人間です。人として当然の心があるのに、それをいたずらに傷つけ、尊厳をにじり、ざまそしられて平気でいられるとお思いですか?」

 アンジェラと初めて出会ったとき、とてもおびえていた。
 最初は人攫いに襲われた直後に助けた相手が貴族だから恐れているのだと思っていた。

 しかし、現実はもっと深刻だった。アンジェラは世間一般で迫害の対象とされる魔術師だから、その正体を知られることに恐怖していた。
 魔術師だと明らかになれば忌避され、迫害されるのではないか――と。

 それでもアンジェラは、自分が魔術師であることを私とお婆様に打ち明けてくれた。
 あの時の彼女はどれほど勇気を振り絞ったのか、徒人ただびとである私では全てまで推し量れない。それでも決死の覚悟を以て打ち明けたのだと、あの時に強く感じた。

「心が病めば、無気力になる者もいれば自暴自棄になる者もいます。……理不尽な世界に憎悪する者も、当然います。心を――正常な感情を壊せば、理性を手放し、感情のまま破壊するだけのけものになってしまいます」

 前世でも、そういう人達がいた。創作の書物の中にも悪役として登場させる作品もあった。
 彼等がどれだけ苦しんでいるのか、どれだけ理不尽に耐え忍んだ結果、壊れたのか。そこには計り知れない何か≠ェあったに違いない。それを思うと胸が痛んだ。

「だから私は彼等に帰るべき居場所を作り、正常な心を育んでほしくて、フェリス領に魔術師だけの組織を作りました。それが魔導院です」

 今日まで魔導院という組織結成を国に申告していなかった。魔術師だけの組織など、国家としては脅威以外の何物でもない。
 だからこそ順を追って説明しようと思ったのだが、今の流れならとどこおりなく進むと思ったから打ち明けることにした。

「本来なら国に申請しんせいして着手するべきでしょうが、危険だと、夢物語だと一方的に破棄はきされることは目に見えています。ですからまずは実績を作りました。彼等がどのように貢献こうけんし、領民に必要とされ愛される存在になったのか。それを証明するために実行しました」

 はっきりと言えば、アルフォンソ陛下は呼吸を止めた。

 魔術師を受け入れ、親愛を以て心から必要とする徒人が存在する。それも私一人だけではなく、フェリス領という広大な土地に住む多くの領民から。
 かなり衝撃を受けているのだと感じ取れる表情を見て、少し溜飲りゅういんが下がった。

「陛下や国政にたずさわる方々が懸念けねんされるようなことは一切思っておりません。私はただ、彼等の居場所を作り、彼等の価値を世に知らしめたかっただけなのです。それが巡って国の発展へ繋がると思ったから……」

 言い切って、我に返った途端に苦笑してしまう。

 アルフォンソ陛下も、控えている宰相も近衛騎士も、ぽかんと口を開けてしまった。
 まだ十歳の少女だとはいえ貴族令嬢の前で唖然とするほど刺激が強かったようだ。

 私もつい熱くなってしまうのは悪い癖だなぁ。しかも国王陛下相手に……。
 やってしまった感が半端なくて落ち込んでしまう。それでも失礼な態度をとってしまったので、謝罪を込めて低頭する。

過分かぶんな物言い、失礼致しました」
「……頭を上げてくれ」

 一拍置いて、アルフォンソ陛下が力無く言った。
 意気消沈とした声色に顔を上げると、本当に落ち込んだ表情をしていた。

 ギョッと目を見開いてしまうと、アルフォンソ陛下は力のない笑顔を浮かべる。

「其方は領民ではない者も救済する気概きがいを持つのだな」
「……民は国の血肉です。民がいるから村ができて、町へ発展して国ができます。民を蔑ろにすれば民の心は離れ、国は成り立たなくなります。領地の経営に関しても同じです。ですから私は一人でも多くの民の生活が豊かになれるよう邁進まいしんしてまいりました。民のために活動すれば、やがて国の力になる。私はそう考えています」

 落ち着きを取り戻して、ずっと念頭に置いていることを語る。
 途中で掠れた声になってしまったけど、無理にでも言った方がいい。
 でも、喉が渇いた。話しすぎて喉が痛くなってきたし、長旅で疲れたし……。

「そこにかけてくれ。二人に飲み物を」

 私が無理をしていると気付いたアルフォンソ陛下は侍従に告げた。
 痛くなってきた喉に手を当てると、お婆様が私の肩に手を添えて長椅子に誘導してくれた。

 おそらく、ここは応接室。上質な長椅子、低い長机など、贅を凝らした調度品が備え付けられている。
 長椅子に座ると侍従が出してくれた紅茶を少しずつ飲んで喉を潤し、ほっと一息つく。
 馬車移動から飲まず食わずのまま訪問したので助かった。

「ありがとうございます」

 アルフォンソ陛下に低頭して感謝を示す。
 本来なら簡単に流していいのだろうけれど性分で律儀に礼を言うと、アルフォンソ陛下は威厳のある風貌が柔和な印象に変わるほどまなじりを下げた。