未来への覚悟



「其方が発案し、創設した魔導院も……その視野に置いているか?」
「はい。この国が彼等の居場所となれるよう、民衆に受け入れてもらえるようにしたいと思っております。国防の一役を担う要として、民衆に愛される存在になるように。何らかのきっかけがあれば――」

 何らかのきっかけがあれば早い段階で導入できる。そのきっかけに必要不可欠なものは――国軍との信頼関係。
 つまり……

「……陛下。私の推測が……貴方様の見据えるものの先が同じであるのだとしたら、お願いがあります。魔術師の指揮権を、一度だけ私に一任していただけないでしょうか」

 私の発言に、アルフォンソ陛下だけではなく宰相と近衛騎士まで瞠目した。

 嗚呼……やっぱりそうなのね。
 私が王城に呼ばれた理由が、やっと理解できた。

 だから私は震える手に爪を立て、己を鼓舞こぶするために握り締める。

「魔術師の真価や重要性を理解できない方々に、彼等をゆだねるなど自殺行為です。むしろ使い潰された彼等の怒りを買います。そもそも魔導院を創設したのは私の独断です。だからこそ彼等を護る資格も権利も、私にはあるはずです」
「……分かって言っているのか?」
「逆にお訊ねします。私が脳内お花畑な平和主義者だとお思いですか?」

 不敬だとしても構わない。強気の眼差しでアルフォンソ陛下を見据える。
 真剣に見つめ合う私達に衣擦れ一つ聞こえなくなった。
 どれだけ経ったのか感覚が麻痺してきた頃、アルフォンソ陛下は深く息を吐き出す。

「其方は……本当に十歳の子供か?」
「そうですが、いかがなされました?」
「王である余とここまで駆け引きできる子供は初めて見るからな。どうも違和感がある」

 一瞬、ドキリと心臓が嫌な音を立てた。

 確かに私は転生者で普通の子供ではない。保有する知識も、この世界のものではない。
 でも、子供であることは事実。子供だからこそ、お婆様から様々な貴族の常識や領地の経営を学べた。
 ただ、私には人生の最初に経験する子供≠フ時代を享受きょうじゅする資格がない。

「子供≠ナあることは捨てました。貴族として領地を盛り立てると決まった時から」

 貴族である以上、その行いは高潔でなければならない。
 でも、だからといって『私』がしないといけないわけではない。
 それでもいばらの道を進むと決めたのは、今の『私』が私――ナディア・フェリスとして正しく今世を生きるためだ。

「そもそも私は、実の親であるフェリス辺境伯に捨てられた身です。母からも愛されたことはありません。そんな私に、普通の子供として過ごす権利があるとは思えません」

 ほんの少し、幼い頃からくすぶっていた不満と本音を吐露とろする。
 一度だけでもいい。今世の家族に愛されたかった。そんな前世からの願いは叶わなかった。

 でも、これでよかったのかもしれない。あの親兄弟のように増長した人間にならなくて済んだのだから、むしろ僥倖ぎょうこうと言えるのではないか。

「なら、ソフィア殿はどうなのだ」
「お婆様は私を愛してくれました。同時に、私の将来に期待してくださりました。だから私はそれに応えたくて努力してきました。その結果が今の私です」

 お婆様がいなければ今の私はいなかった。だから感謝している。それは本当だ。
 ただ、欲を言うのであれば、もう少し子供でいられる時間が欲しかった。

「恐ろしくはないのか?」

 この質問は、きっとこの先に起きる出来事のこと。
 それなら答えは決まっている。

「……恐ろしいです。ですが……私のせいで何もかもが台無しになる。そのことの方がよっぽど恐ろしい」

 死ぬことも憎悪されるのも恐ろしい。けれど、それ以上に私のせいでみんなが不幸になることの方が恐ろしいに決まっている。
 せっかく築き上げたものが台無しになり、失望され、名前すら残せず消える。また無意味に生きるだけの人生は嫌だ。

「では、国のためにじゅんじる覚悟があるのか?」
「陛下、何を……!?」

 困惑していたお婆様が、ようやく状況を呑み込めたらしい。
 本当はお婆様には聞かせたくないけれど……。

「死にません。私が死ねば、フェリス辺境伯がフェリス領で暴利を尽くすことくらい想像しがたくありません。それに、フェリス領には私の帰りを待ってくれる方が大勢います。彼等を置いてくわけにはいきませんし……私にはやるべきことが、まだたくさんあります。途中で放棄するなんて無責任なことはしたくありません」

 本来なら国のために殉じると言うべきだろう。けれど私は、私を愛してくれる人々がいるフェリス領を何よりも愛している。
 彼等をあの親の餌食えじきにしたくない。だから死ぬわけにはいかない。

「……死なない覚悟か。なるほど、ためになる」

 アルフォンソ陛下は瞑目めいもくして考え込み、一つ頷くとまぶたを開いた。

明日あす、其方の元へ文官を送る。その者が出す問題の全てを答えてみせよ。話はそれからだ」
「感謝致します」

 おそらく貴族としての試験、もしくは戦術に関しての試験だろう。
 合格しなければ指揮権は与えられない。なら、全力を尽くさなければ。


 もう少し会話を続け、客室に案内されて、ようやく肩の力が抜けた。
 けれど、これからマキシミリアンと大事な打ち合わせをしなければならなくなった。
 気が重いけれど、もうひと踏ん張りだ。

「ナディア、少しいいかしら」

 同室するお婆様に呼ばれ、長椅子でぐったりしていた姿勢を正す。
 すると、お婆様は重々しい顔で私を見据えた。

「貴女は戦争が起きることをどこで知ったの?」

 アルフォンソ陛下との会話で察したのか、お婆様は問う。

 お婆様は社交界で知ったのだろうけれど、私は参加できないから知る術を持たない。
 だから疑問を持ったのだろうけれど、私は他人から聞いたのではない。

「公国が他国で人攫いをして、戦争が起きそうになっていると聞いたから、いつか戦争が起きると思って」

 マグニフィカス公国は、年中飢饉ききんに見舞われている。寒帯地域にあるのだから仕方のないことだけれど、アナトール王国やレヴェント帝国で人攫いを犯した。
 攫われただけではない。少なくとも高額な報酬金で子供を買い取っているはずだ。裏側を調べれば、きっとそれに加担した者が出てくるだろう。

「それに、攫われかけたアンジェラは魔術師だから。もしかしたら魔術師を戦力に加えるんじゃないのかなぁって気付いちゃって」

 私の説明に、お婆様は愕然とした。

 私が魔導院をおこしたのだから、ありえない話ではない。
 今まで思い至らなかったのか、お婆様は少し青ざめた顔で口を閉ざした。
 気持ちは分かる。これが現実になれば、戦争に出る軍人はひとたまりもない。

「たぶん、アルフォンソ陛下は魔導院の魔術師を利用したいんじゃないかと思って、それで彼等がないがしろにされないようにしたくて言ったの。……勝手に決めてごめんなさい」

 最後に謝れば、お婆様は顔を悲痛にゆがめる。

「戦場は危険よ。巻き込まれない可能性はない。それでも行くつもり?」
「……じゃないと、せっかく築き上げた信頼がなくなっちゃうでしょう? それだけは嫌だ」

 せっかく信頼される存在になれたのに、この勢いを殺されるなんて我慢できない。
 国が彼等を利用するのなら、私には彼等を守らなければならない義務がある。

「……分かったわ。ただし、試験に合格しなさい。でなければ陛下は認めてくれないわ」
「うん。頑張る」

 ぐっと拳を握って見せれば、お婆様は悲しげに微笑した。

 私が戦争に出ることを是としないのは分かるけれど、国を守るためには必要だと分かっている。だから不安で苦しくても送り出してくれる。
 お婆様の想いに応えたくて、私は改めて意気込んだ。


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