初めての王城



 数日後、お婆様、アンジェラ、マキシミリアンと共に王都へ出発した。
 護衛は騎士だけではなく、魔導院の創設当初から在籍する魔術師二名とゼノンも同伴。

 魔術師は移動や野宿の際、盗賊や害獣に襲われないための防衛策。
 頼んで正解だった。彼等のおかげで何度も助かったのだから。

「結界魔術が、これほど野営に最適さいてきだとは思わなかったな」
「ナディア様が出合い頭に発案してくださった魔術じゃ。さらに邪悪から身を守る浄化の聖域を形作る円陣や神代かみよの文字であった記号を用いる『魔術紋まじゅつもん』の効果を進化させ、目的の法則を設定する『魔術式』を考案してくださった。これを『魔術回路』と共に魔術道具本体に刻むことで、魔力の消費を抑えられるだろうとも提案してくださった」
「魔術への理解力までおありとは……さすがナディア様」

 護衛騎士との連携も完璧だし、気兼ねなく接し合えている。
 私の政策は間違っていなかったのだと実感できた瞬間だった。

「魔術師ではないにも関わらず、これほど魔術の造詣ぞうけいを理解する御仁ごじんは初めてだ」

 ……私を褒めすぎなのは恥ずかしかったけれど。


 ――七日目の昼下がり、アナトール王国の王都に到着した。

 フェリス領と比べ物にならない活気で賑わう街中を馬車が通る。
 馬車の車窓から街中を眺めていると、貴族街と呼ばれる煌びやかな建物が密集している貴族の居住区に入る。

 向かう先はフェリス辺境伯邸――ではなく、貴族街の奥にある城壁に囲まれた王城。
 お婆様曰く、フェリス辺境伯である父親と妻子がいる王都の邸宅を利用できないとのこと。

「お婆様。本当に、お城に泊まってもいいの?」
「許可を貰ったから大丈夫よ。その代わり――」
「ちゃんと淑女になります」
「よろしい」

 いつもの砕けた口調ではなく、淑女として態度と姿勢を改める。
 お婆様は満足そうに頷き、私の隣にいるアンジェラを見やる。

「貴女はバンビエッタと行動をすること」
「はい。バンビエッタ様から、王城での侍女の振る舞いを学びます」

 学ぶ意欲を強く持っているアンジェラの姿勢に、領主の屋敷に使えるの侍女長の娘であるバンビエッタは目元を和らげ、そして鉄仮面な無表情に戻る。
 次期侍女長であり、侍女として誇りを持つバンビエッタに気に入られる者は少ない。誰かに仕えるという誇りを持つ者同士だからか、波長はぴったりのようだ。

 程なくして馬車が停まり、扉が開くと侍女が先に降り、先にお婆様が差し出された手を借りて優雅に下りる。続いて私もアンジェラの手を借りて、綺麗に整った石畳に足をつけた。

「……荘厳華麗、ですね」

 初めて王城を見る私は、感嘆の吐息を込めて呟く。

「建国当初から改修すらされていないの。歴史的建造物でもある、アナトール王国の象徴よ」
「歴史の重みも感じられますね」

 古い造りだというのに美しく、絢爛けんらん。建国した時から変わらない外観を保っているなんて、この世界の建築技術は図抜けているのだろう。実際、魔導院の建物も、地球の中世ではありえないくらい高度な技術で建造された。

 しみじみと思い返しながら相槌を打てば、お婆様が苦笑した。

「お婆様?」
「なんでもない。それより、お迎えが来たわ。ここからは無駄口は一切しないこと」
「はい」

 殊勝しゅしょうに頷き、文官らしき人物が出てきて、私達を案内した。
 付き人を待機させる通路でアンジェラ達と一度別れ、向かった先は――

「フェリス辺境伯おうな、並びにフェリス辺境伯令嬢がお見えになられました」
「通せ」

 二人の近衛騎士に護られる重厚な扉が開かれ、入室して内心驚愕する。

 耳を隠すほどの金髪に、エメラルドグリーンの如し美しい瞳を持つ怜悧な目は切れ長。男らしさのある秀麗な顔立ちで、細身ながら鍛えられた体格だと分かる肩幅。威厳のある豪奢な正装と、瞳に合わせた緑色のマントが良く似合う。

 アナトール王国の国王、アルフォンソ・ロイヤル・アナトール陛下。

 見蕩みとれかけたが気を引き締めて、お婆様に合わせて淑女の拝礼――カーテシーを披露する。

「面を上げよ」

 よく通る低めのテノールの声。姿勢を正すと、国王陛下が柔和な表情を見せる。

「よく来てくれた、ソフィア媼。そして……其方そなたがナディア嬢か」

 お婆様に挨拶を一つ送り、私を見やる。私はもう一度、カーテシーでお辞儀する。

「お初に御目通り叶い恐縮に存じます。フェリス辺境伯が長子、ナディアと申します」

 毅然きぜんとした態度で挨拶すると、「楽にせよ」との言葉に従いつつ背筋を伸ばす。

「其方の話はソフィア殿からよく聞かされている。新しい政策を積極的に取り組み、さらにあの有名なフィリア商会の会頭として辣腕を振るっていると」

 ……お婆様、王様相手に何を言ったの。まさか自慢話じゃないよね?

「余もあの商会を気に入っている。特に魔工製品は目を見張る物ばかり。給湯器と冷凍庫は世界的発明だ」

 内心で取り乱しかけるが、続けられたアルフォンソ陛下の言葉で気が緩んでしまった。だって国のトップに立つ人に手放しで褒められるなんて思っていなかったのだから。

「勿体無いお言葉にございます。給湯器と冷凍庫は特に苦労したものですので、そう言っていただけて光栄です」

 純粋な称賛にくすぐったい気持ちになり、素直な感情が表情に出てしまう。
 すると、アルフォンソ陛下は目をみはった。

「……して、あの魔工製品はどのようにして発明した?」

 すぐに平静な表情に戻ったが、不思議な反応に内心で首をかしげる。しかし表面では微笑を保ったまま答えた。

「本体となる骨組みや造りを魔工技師と開発しましたが、汲み上げた水が温水に、中が冷気にならず難航しておりました。そこで魔術師の方々のご協力によって、魔術回路を刻むことで独自の機能を付随ふずいできると明らかになり、実施したところ成功しました」

 素直に経緯を話すと、アルフォンソ陛下は軽く目を見開き、そして真剣な顔になる。