救いを齎す言葉



 合流から翌日の正午、シャーウッド領から王都を目指す。
 物資の関係で戦争前の行軍と比べて難があったけれど、問題なく王都へ帰還を果たす。

 王都に到着した途端に凱旋がいせん行進パレードが始まるのだと知らされたときは遠慮したかった。しかし、一番の功労者だとサージェント元帥を含む将校達に押されて参加。
 多くの人々から驚きの視線を向けられたが、一部から私への感謝の言葉をかけられた。

「おかえりなさいませ、会長! ご無事で何よりです……!」
「魔術師の皆さんも、よく頑張ってくれた! フィリア商会一同、フィリア商会会長、ナディア・フェリス辺境伯を、この国を守ってくれて感謝します!」

 フィリア商会の商会員、そして関係者や家族から祝福の声を貰った。中には魔術師達に花を渡す人もいて、嬉し泣きする魔術師も少なくなかった。
 やっと帰ってきたのだと実感を得て、無性に泣きたくなった。
 けれど、水を差すことはしたくなかったから、涙がこぼれても笑顔で受けとった。
 私の望む未来が一つ、達成したのだ。

 王城へ入り、アルフォンソ陛下からありがたい言葉をいただく。
 あとは家族のもとへ帰るなり、国軍の寄宿舎へ戻るなり、思い思いに行動する。
 私は魔術師の受け入れの件で、アルフォンソ陛下と話し合いがあるのだけれど……

「ナディア!」

 向かう途中で、アルフォンソ陛下とルシアンが現れた。
 私を目にしたルシアンは駆け寄って、私の肩を掴む。

「無事だったかい? 怪我はない?」

 優しく頬を撫でてたずねられる。あまりの不意打ちに言葉を出せない。代わりにぎこちなくも頷けば、ルシアンは安堵の息を深々と吐く。

「よかった……君が、無事で……!」

 万感の想いが込められた、湿っぽい声。

 ……心配してくれたのね。こんな、どうしようもない私のために。

 とても嬉しくて、同じくらい申し訳なくて、それ以上に安心して、とうとう涙腺が壊れた。

「ナディア……」

 大粒の涙が抑えきれなくて、声も出せないくらい喉が熱くて。
 みっともない顔を両手で隠そうとしたら、ルシアンに抱きしめられた。

 嗚咽おえつを出さないように耐える中、アルフォンソ陛下に頭を撫でられる。

「よく頑張ってくれた。話し合いは後日で構わないから、今日は休みなさい」

 アルフォンソ陛下の気遣いに申し訳なく思いながら頷く。
 すると、ひょいっとアルフォンソ陛下に抱き上げられた。

「へ、いか……!?」
「我慢しなくても良い。ルシアン、お前の部屋で良いな?」
「ぜひ。湯浴みの手配をしてきます」

 ルシアンが急ぎ足で去っていく。
 急にさびしくなったけれど、アルフォンソ陛下に運ばれた先はルシアンの部屋だった。

 声を詰まらせながらも感謝を伝えようとしたら、アルフォンソ陛下の指が唇に当たる。

「今の其方は無理をするべきではない。苦しかった分だけ泣いてしまいなさい」

 ……すべてお見通しなのね。
 申し訳なさもあるけれど、彼の気遣いが嬉しくて、余計に泣いてしまった。

 落ち着く頃には侍女が来て、湯殿に案内された。
 行軍もあって汚れが酷かったけれど、侍女達は気遣いながら洗ってくれた。

「あの……ありがとう。忙しいのに洗ってくれて」
「勿体無いお言葉です」

 謝罪の代わりに感謝の言葉を告げると、侍女達は優しく微笑む。
 湯船から上がると丁寧に水気をとり、ネグリジェを着せられる。
 まだ昼下がりなのに寝間着。しかも場所は王城で、ルシアンの部屋。

 ぎくしゃくしながら部屋に入ると、ルシアンがすかさず私を抱き寄せた。

「あとは任せてくれ」
「畏まりました」

 侍女が一礼して退室する。
 二人きりになり、ルシアンは私を優しく誘導して、寝台に迎え入れた。

「え、ぁ……ルシアン……?」

 どうして寝台? 未婚なのに問題がありそうだけど……。

 理性が疑問を囁くが、何故だか口に出せない。
 自分が動揺しているのだと認識する前に、ルシアンに抱きしめられたまま布団を被る。

「よく頑張ったね。でも、もうこれ以上の無理はしないでくれ」

 頭から背中にかけて撫でられて、さらに涙が溢れる。

 どうして彼は、こんなに優しくしてくれるの? 私は戦争に加担して、多くの人々を殺す作戦まで立てたのに。

「わた、し……ひどい……のに……」

 私という酷い人間を知らないから優しくできるのだろうか。
 もしそうだとしたら、私の本性を知ったら離れていくはず。

 ……嫌だ。ルシアンに嫌われるのも、離れられるのも。

 ルシアンの服を握ってしまう。すがる権利はないのに、手から力が抜けない。
 すると、その手をルシアンに握られた。

「ナディアはみんなを守るために作戦を立てたんだ。結果的に公国の者が大勢死んでも、それは仲間が生きて帰れるための作戦だろう?」

 その口ぶりから、ルシアンは私の所業を知ったのだと悟る。
 怖くなって体が強張ると、ルシアン様は抱擁ほうようする腕の力を強めた。

「ナディアは悪くない。悪いのは戦争を自らくわだてた公国だ。君は僕達や仲間、国を救うために戦ってくれた。君を誇りこそはすれ、責めることはしない」

 むしろ……と言いかけたルシアンは、私のひたいに自分の額をつけた。

「ありがとう、ナディア。僕達を守ってくれて」

 とても温かくて、優しくて、よどんだ心を洗い流してくれる。そんな笑顔で感謝された。
 利己的な目的で人々の命を奪っておきながら、ゆるされるとは思わなかった。

 けれど、ルシアンは……ルシアン達は、私の頑張りを認めてくれた。
 大切な人が、自分の全てを受け入れてくれる――こんなに幸福なことはない。

 これまでの努力がむくわれて、また大粒の涙がこぼれる。
 とうとう嗚咽混じりで泣いてしまうけど、ルシアンは胸で受け止めてくれた。
 思いきり泣いていいんだ――そう言ってくれて、心が救われた。


 目が覚めたら頭が熱くて、少し苦しかった。
 気付けば知らない部屋の寝台で、初老の男性の声が聞こえた。

「疲労による発熱のようです。解熱剤の他に、念のため風邪薬を出しましょう」

 医者らしき声が、誰かに診断結果を伝えた様子。
 まさか戦争帰りで熱を出すなんて……不甲斐ふがいない。

 起き上がろうとすると、寝台のかたわらに座っていたルシアンに止められた。


「無理しないで。それより気分は……?」
「……すこし……だるい、かな」

 疲労感と倦怠感けんたいかんに頭がくらくらする。
 思考が回らないまま答えると、ルシアンに背中を支えられて起き上がる。
 それから苦い薬を飲んでしばらくすると、熱が下がって楽になった。

 付きっきり看病してくれたルシアンは安心して、アルフォンソ陛下の伝言を告げた。

「父上から伝言がある。祝勝会は一週間後。参加者は貴族籍の軍人と魔術師だけ。その時に各自へ報奨が贈られるから、必ず出席するように――だって」
「……そう。どんな正装を、用意すれば……?」

 祝勝会用の正装が分からなくて後回しにし過ぎた。今から用意するのは難しい。
 困っていると、ルシアンは微笑む。

「ドレスなら僕が用意したから安心して。エスコートも僕がするよ」
「……いいの?」
「もちろん。そもそも誰かにナディアをゆずる気はないから」

 ルシアンの笑顔を見て一気に熱が頬に集まる。
 まるで独占欲に聞こえて、嬉しいやら恥ずかしいやら、不思議な気持ちになる。

 むずむずと込み上げるものがあって口を引き結ぶ私に、ルシアンは笑った。
 気恥ずかしい。でも、頭を撫でる手が心地よくて、目を閉じて感じ入る。
「ルシアン」
「ん?」
「ありがとう、いつも支えてくれて。……大好き」

 うとうとしながら想いを伝える。
 すると、ルシアンが私の髪の毛を掬って口づけを落とした。

 髪の毛や頭への接吻キスは、深い愛情だったはず……。

「僕は愛している」

 熱情が込められた眼差しと、笑顔。
 親愛では収まらない、愛おしさを感じる。
 目の奥が熱くなって、涙腺がもろくなる。それでも、私も笑顔を見せた。

「私も……愛してる」

 お互いにまだまだ子供なのに、こんな気持ちをいだくなんて思わなかった。
 でも、愛おしいと想う心はいつわれなくて、素直な言葉が溢れる。

 そんな私にルシアンも頬を赤らめて、私の頬を優しく包み、指先で唇に触れた。
 温かな手のひらに頬を寄せると、ルシアンが悩ましげに深く息を吐き出す。

「……心臓、もつかな」

 ぽつりとこぼした言葉を聞く前に、私は眠りについた。


◇  ◆  ◇  ◆