魔術師を用いた戦争は、想像を絶する危険性を
王都では危険性のある魔術の披露に、国軍の士気が下がらないか危惧した。
「恥を知れ」
それを
あの時は女児の覇気に呑まれた己に苛立ったが、彼女の
フェリス辺境伯の言う通り、あらかじめ耐性をつけたおかげで王国軍は公国軍の魔術師への恐怖心が減った。それどころか味方の魔術師との連携が
フェリス辺境伯の指導を受けた魔術師は、最小限の魔術行使で強大な魔術を相殺するほど、卓越した技量を持つ。
おかげで王国軍は魔術師に背中を預け、信頼を寄せて共に戦えた。
これほど短期間で長年の相棒のように共闘できるまで成長するとは想定外だ。
我等と同じ徒人だというのに、我等より孫ほど幼い女児だというのに、フェリス辺境伯の視野は広く、受け入れる度量は深く、指導者として優れていた。
勝利の祝宴の
人としても、上に立つ者としても完敗だった。
とはいえ、彼女は自分自身を過小評価しがちのようだ。
自覚しているのか、フェリス辺境伯は自分なりに矯正しようと努力している。
ちぐはぐだが微笑ましくもあり、元帥である儂も応援したくなる。
「サージェント元帥、私は交渉の席に出られませんが、代わりにこちらをどうぞ」
戦争で捕縛した捕虜の引き渡しと、戦争の損害賠償の請求のためにマグニフィカス公国と交渉せねばならん。
厄介な後始末こそ頼りたいが、十歳児という幼さでは
しかし、フェリス辺境伯に渡された資料は、最強の手札だった。
他国へ侵入して人攫いや人身売買といった
フェリス領では魔術師を含む人攫い以外にも、特産品の家畜が減る被害が起きていた。
最初は動物特有の感染病かと思って調査した結果、夜間に盗まれていたそうだ。
フェリス辺境伯の助力の結果、交渉は楽に済んだ。
これまでの悪事を
……そんな強迫観念を植えつけることに成功した。
おかげで魔晶石の鉱床まで賠償請求に組み入れて、魔術師の引き取りまで成立した。
「それで、卿が希望した鉱山はどうするつもりだ」
「国に委ねます」
フェリス辺境伯が希望した魔晶石を採掘できる鉱山について尋ねると、あっさり返された。
フィリア商会の会頭として、魔晶石はたくさん必要なはずだろうに……。
「フェリス領と距離がありますし、管理しきれません。そもそも、今は問題なくても将来的に資源が枯渇する恐れがあります。一つでも資源の豊富な鉱脈が多ければ、将来的な保険にも繋がりますから」
「……そうか」
将来的な資源の枯渇を想定した保険のためだとは思わなかった。
やはり彼女の視野は、常人のそれとは異なるものを見据えているようだ。
敵となれば恐ろしいが、フェリス辺境伯が頼もしい味方であることに感謝した。
王都へ凱旋して、半月ぶりに我が家へ帰宅した。
涙ぐむ妻の笑顔に出迎えられ、義理の娘はディックの帰還に泣きながら喜んだ。
普段なら数日後に戦勝の宴会が王城で開かれるが、一週間後と知らせが届いた。
「凱旋の後、ナディアが高熱で寝込んでしまってな……」
充分な休息を済ませた儂は登城し、ガスリー軍務大臣に訊ねたところ、フェリス辺境伯は宮廷医師の処方で治療していると聞かされた。
そこで儂は気付く。彼女は物語以外での現実的な戦争を知らない無垢な女の子で、まだ十歳の子供であることを。
心労が祟って寝込んでしまうのは、初陣を済ませた軍人によくあることだ。
だが、フェリス辺境伯は軍人ではない。為政者ではあるが、まだ幼い子供だ。
多くの死を目の当たりにして平気でいられるはずがない。それを忘れて、儂等は彼女の驚異的な頭脳に頼り切ってしまった。
自分の不甲斐なさに
数日後には回復したようで、王城からフェリス辺境伯の街屋敷に帰宅したらしい。
ほっと安堵する儂に、ガスリー軍務大臣からある話を聞かされた。
「陛下はナディアを公爵に
今年の春にフェリス辺境伯を
「妥当ですな」
嫉妬するのも馬鹿らしい功績を目の当たりにしたのだ。
納得しかない褒美に素直な気持ちを告げると、補佐官であるガスリー公爵は意外そうに目を見開き、対照的にガスリー軍務大臣は満足げな笑みで頷く。
「ナディアはルシアン第二王子殿下の婚約者。あの御方を婿に迎えるに相応しい家格とするに都合がいい。だが、陞爵に
「……何ですと?」
魔術師の褒賞を優先した結果、ナディア自身への褒賞金を用意できなくなったそうだ。
財務の者どもは正しく計算しているのかと怒りが湧いた。
帰宅後、
「まあ……! 貴方がそれほど心を砕くお方なのですね?」
「フェリス辺境伯が立ち上げた魔導院に所属する魔術師へ協力を
儂がどれだけ感謝しているのか伝えると、妻は口元に手を当てた。
「……あ。そういえば、メレディス公爵夫人からお聞きしたことがあります」
宰相閣下の奥方と読書仲間の妻は、フェリス辺境伯の功績について聞かされたらしい。
親の暴利から民を守るために領地を経営し、フィリア商会の会頭として
「陛下は宰相閣下と共に、お忍びでフェリス領へ視察に行ったそうです。そこは商業都市のようで学術研究都市のようであったのですって。今後、宰相閣下とガスリー公爵閣下の領地にも学校を設立されるらしく、その協力をフェリス辺境伯にお願いするそうです」
「なんと……! それほど先進的な領地だったのか……ん?」
先進的な領地であり、独自の技術開発によって発展したのなら、まさしく宰相閣下が治める港湾都市、軍務大臣を輩出するガスリー公爵家が治める防衛都市のような特区に相応しいのではないだろうか。
思い付きだが妻に大いに感謝して、ガスリー軍務大臣に進言した。
「フェリス領を特区に認定する――というのはどうでしょう?」
「――素晴らしい名案だ」
b
何でも、その場にいたメレディス宰相も同意したのだとか。
こうして異例の速さで辺境伯から陞爵した彼女――フェリス公爵の褒賞が決まった。
後日の祝勝会で陛下直々に称賛の言葉を貰い、学術商業都市の特区を告げられた。
国立魔導院の件が整ったら、魔術都市の特許まで得るそうだ。
我々軍人は心から祝福したが、腹黒い古狸どもは納得しないだろう。
だからこそ『フェリス公爵見守り隊』として力になろうと、儂等は心に誓った。