夢と理想の実現



 すっかり体調が回復して、街屋敷タウンハウスへ移る前にアルフォンソ陛下と面会した。
 敵国の魔術師の受け入れについて。これはあっさり決まった。

 まずはフェリス領の魔導院で養生して、魔術師としての知識を身につける。健全な心を育てたあとに、二年後に建築が完了する予定の国立魔導院に所属させる。
 国立魔導院の運用管理については既に可決しているので、準備が整ったら運営を開始。
 ただし、魔導院の位置づけに問題があり、アルフォンソ陛下も大いに悩んだ。

「魔術師は神秘学者。神代の歴史を解き明かし、秘術『魔術紋』や『魔術式』を利用して構築した『魔術回路』をもって、魔工製品を進化させる。これだけなら公務へ組み込めるが、此度の戦で軍事力にもなると知れ渡り、軍務への組み込みを望む声が上がった」
「それは……難しいですね。軍事力に組み込めば、他国から危険視されます」

 魔術師が軍事力に加われば、どのような国であっても亡ぼせる。歴史を揺るがす驚異によって、他国だけではなく自分の国をも抑えつけるのではないかという不安を煽る。
 不安が恐怖、不信から敵意へ変わる可能性はなきにしもあらず。
 他国との良好な関係を崩す要因になりかねないので、非常に難しい。

「魔術は歴史に関する学問なので公務を主軸とし、有事に備えて訓練する。その訓練と有事の際には軍務に所属させる、秘匿ひとく門外顧問の位置なら秘密にできると以前に申しましたが……」
「だが、それでは知られたときに問題が起きる……うぅむ」
「ならいっそ秘匿せず、門外顧問の組織でもあると周知させるべきでしょう」

 幸いにも軍務の門外顧問官に相応しい魔術師がいる。彼とマキシミリアンを軍務門外顧問の相談役に就かせれば座りが良い。

「魔術師の有用性が周知になれば、彼等を保護し、育成する指針を立てるでしょう。その養成所として我が国を頼るのなら受け入れて教育する。そうすれば恩を売れますし、その時点でアナトール王国のはくがつきます。魔術師の育成において右に出る国は無いと認知されると、我が国の重要度が高まり、敵対より強固な協力体制を築くはずです」
「まずは魔工製品を進化させることで、魔術師の価値を大々的に喧伝けんでんするのだな?」

 私の意図を理解したアルフォンソ陛下。
 頷けば、彼はおとがいに手を当てて考え込む。

「確かにそれなら……だが、それにはナディアの負担も増える」
「覚悟の上です」

 既に貴族として働いているのだから、私がまだ十歳だからと気にする必要はない。
 そもそも私が魔術師を表舞台へ引っ張り出したのだ。彼等を守る義務がある。

 強い意志を乗せて見据えれば、アルフォンソ陛下は眦を下げて苦笑した。

「頼もしいが、無理をするようなら止めるぞ。王妃も王太后も、其方を心配しているからな」
「……ありがとうございます」

 王妃陛下とアーデルお婆様は、私を気に入ってくださっている。貴族である以前に幼い子供だからこそ心配も一押し。
 理解できるからこそ、あまり無理はできない。それでも皆様の心遣いは嬉しかった。

 頬を緩めて殊勝に頷けば、アルフォンソ陛下も安心した様子で微笑む。

「話はここまでにしよう。病み上がりの其方を拘束しすぎると、余が怒られてしまう」
「あら……一度顔をお見せした方がよろしいでしょうか?」
「頼む、と言いたいところだが、祝勝会の後にしよう。ゆっくり時間をとれるといいだろう」

 確かに、ゆっくり時間を取れた方が王妃陛下ともアーデルお婆様とも長く話し合える。

 他にもやることは山ほどあるから、アルフォンソ陛下の気遣いはありがたい。

「お心遣い、感謝いたします」

 一礼すれば、アルフォンソ陛下は鷹揚おうように頷いた。


 あっという間に祝勝会当日。
 起床後に全身を磨き上げられ、ルシアンから贈られたドレスを着る。
 私の瞳に合わせた色鮮やかな紫色に、緑色の布飾りがあしらわれていた。

 まるで竜胆リンドウ彷彿ほうふつする意匠デザイン、そしてルシアンの瞳の色と同じ宝飾品。
 なんだか、ルシアンに溺愛されているように感じる。
 頬が赤らんでしまうほど気恥ずかしくなる私に、侍女達は微笑ましそうだった。

「ナディア、お待たせ……」

 準備が整って登城し、宮仕えの侍女に連れられて控室で一息ついていると、間もなくしてルシアンが迎えに来てくれた。
 入室した途端に言葉を詰まらせたけれど、私も声を失う。

 ルシアンは金髪翠眼の美少年。基本的に緑系の礼服が似合うけれど、今の彼は秋に合う深めの緑色の礼服に、紫色の布飾りと、アメジストをあしらった宝飾品をつけている。
 私と対になる意匠だと気付いてしまい、頬が熱くなった。

「ぁっ……あのっ、ルシアン様、ドレスをありがとうございます。とても、嬉しいです」

 緑色の布飾りに触れてはにかめば、察したルシアンは顔を赤らめて口に手を当てる。
 私と同じ十歳なのに大人びているけれど、こういう反応は可愛い。
 ルシアンは深呼吸して、私に近づくと右手を差し出す。自然とその手を取れば、ルシアンに引き寄せられた。

「とても似合ってる」
「っ……!」

 囁かれた言葉に息を呑む。
 目の奥が熱くなるけれど、私も負けたくなくて彼を褒めた。

「……ルシアンも、とても素敵」

 耳元で囁き合って、互いに頬を赤らめて笑い合う。

 昔の私では考えられないくらい甘い空気だけど嫌ではなくて、心が満たされる。
 これが好きな人と愛し合うことなのだと実感が湧いてくる。

「行こうか」
「はい」

 ルシアンの向けられた腕に手を添えると、祝勝会の会場へ向かった。

 会場は一階の大広間だけど、庭園へ続くガラス張りの扉が開放されている。
 魔術師と成果を出した軍人が参加できるように整えられたらしい。立食形式で、既に入場している魔術師達は、軍人達と舌鼓したづつみを打ちながら歓談している様子が見えた。

「ずいぶん彼等も仲良くなったようだね」
「ええ。……本当によかった」

 死線を乗り越えた同士として認め合って、意気投合している。
 私の見たかった景色の一つが叶って嬉しい。
 安堵の言葉を漏らすと、ルシアンに手を握られた。

「ナディアの努力の結果だよ。でも、まだ先があるんだろう?」
「……はい」

 ルシアンは、私が求めるものの先に気付いている。
 中身は分からなくても、私の思い描く未来を肯定してくれる笑顔に勇気が出る。

「先は長いですけど、頑張ります」
「僕も君と支え合えるように頑張るよ」

 支える……いや、支え合うのだと言ってくれた。
 とても嬉しくて、笑顔で頷いた。