名を刻む変革者



「フェリス卿」

 その時、サージェント元帥が声をかけた。
 彼はこちらに来ると、ルシアンを見て深く拝礼する。

「今の私はナディアの付き添いだ。彼女との会話が目的なら堅苦しくしなくていい」
「は、お気遣い感謝致します」

 軍人らしい声とともに礼を告げ、サージェント元帥は姿勢を正す。

「フェリス卿、お加減はよろしいか」

 どうやら私が倒れた情報を耳にしたようだ。
 心配させてしまって申し訳ないけど、ここは明るい話がいいだろう。

「ご心配をおかけしました。サージェント元帥はご家族とごゆっくりなされましたか?」
「ああ。歴史的快挙で勝利したのだ。卿に感謝すると、妻から伝言を託された」
「皆様を守れてよかったです。お言葉、確かに受け取りました」

 笑顔とともに目礼すれば、サージェント元帥は相好そうごうを崩す。

「もし時間がとれるのなら当家に招待したい。妻が卿に会いたがっているのだ」
「それは……そう、ですね……」

 まさか私との面会を希望するなんて思わなかった。
 時間なら何とか捻出ねんしゅつできそうだけど、怖がられないか心配だ。
 でも、相手は侯爵夫人だから、なるべくお誘いに応えなければ。

「来週には領地へ戻らなければならないので、三、四日辺りなら時間をとれます」
「では、明日には日時の知らせを届けよう」
「感謝します」

 日時指定もそうだけど、招待状は必須だ。
 ありがたいと浅く頭を下げると、サージェント元帥は吐息を漏らす。

「いや、感謝するのは私の方だ」

 私が辺境伯であっても礼儀を欠かず、さらに本心からの言葉をかけてくれた。
 それだけ認めてくれているのもあるけど……。

「サージェント元帥は奥様を大切に思っておられるのですね」
「う……うむ。苦労をかける分、願いを叶えてやらんとな」
「それは素敵です。奥様もお喜びでしょう」

 ちゃんと愛し合える夫婦なのだと知り、ほっこりと癒される。
 ほのぼのと頬が緩むと、サージェント元帥は気恥ずかしそうに首の裏を掻いた。
 照れ隠しの表情がなんだか可愛い。

「――皆、此度の戦、まことに大儀であった」

 それから来場者が全員揃って間もなく、アルフォンソ陛下が会場に到着した。
 彼は威厳のある声で私達を褒め称え、葡萄酒を入れた祝杯を持つ。
 ちなみに私とルシアンは、葡萄の果実水。

「皆の勝利を称え、そして国のためにじゅんじた者達を誇り、この先の平和を祈ろう」

 軽く祝杯を頭上に持ち上げると、私達も周囲にならって口をつけた。
 その後は戦果を挙げた者への褒美が授けられるのだが……

「フェリス辺境伯、前へ」

 何故だか、私が先に呼ばれてしまった。

 本来なら総大将を務めたサージェント元帥が呼ばれるべきなのに、どうして私から?
 驚きが表情に出てしまったけど、顔を引き締めて前に出て、深く拝礼する。

「面を上げよ」

 アルフォンソ陛下の一声で姿勢を正せば、アルフォンソ陛下が告げる。

「フェリス辺境伯。貴卿は軍人ではないにも関わらず、見事な采配で魔術師を指揮し、我が国の軍を勝利に導いてくれた。歴史的快挙を齎しただけではなく、以前より新たな技術と政策法を惜しみなく奏上し、国の発展に寄与する意志は見習うべきであろう」
「勿体無いお言葉、恐悦至極にございます」

 本来なら宰相であるメレディス公爵が代わりに述べる言葉を、アルフォンソ陛下が自ら告げた。これには会場にいる貴族達も衝撃的だったようだ。

「此度の戦果だけではなく、これまでの数多ある功績を踏まえ、ナディア・フェリス辺境伯を公爵へ陞爵、フェリス領を特区・学術商業都市と認定する」

 アルフォンソ陛下の宣言に、会場から万雷ばんらいの拍手が沸き起こった。
 一瞬の静寂せいじゃくも感じられなかった喝采かっさいには、流石の私も度胆を抜く。

 アナトール王国では従来の「公・侯・伯・子・男」に、王家と遠縁ではあるが、由緒正しい血筋を証明する「辺境伯」が加わる。
 公爵位にも、王太子以外の領地を治める王族に与えられる「公爵」、軍事的に戦果を挙げて国王に認められた栄誉称号の「公爵」がある。
 ちなみに「辺境伯」の位置づけは「侯爵」と同等だが、有事には「公爵」に匹敵する権限が与えられるが、先代フェリス辺境伯は無能なので、功績は皆無。

 今回は魔術師の指揮官として戦争に参加するために、特例で権限をアルフォンソ陛下から与えられた結果、栄誉称号の「公爵」を名乗ることを許された。
 陞爵の話は事前に聞いていたけれど、弱冠十歳の女児には過ぎた褒美。普通なら反感が起きるはずなのに、会場にいる全ての貴族に祝福されるなんて思いもしなかった。
 しかも、フェリス領が特区に認定される話は寝耳に水だ。

 この世界における特区は、前世にもあった国家戦略特別区域と似ている。
 全国的に実現が困難な規制改革であっても、特定の要件を満たして規制改革を実現する限定区域――いわゆる経済特区。
 税制などの規制の緩和などの優遇を行ったりする制度が適用されるのだが、アナトール王国ではメレディス公爵が治める港湾都市、ガスリー公爵が治める防衛都市だけ。
 そこに私の治めるフェリス領が加わるなんて想定外。そもそも「学術商業都市」と複数の機構が成立している都市の存在自体が、アナトール王国では前代未聞。

 衝撃のあまり唖然としたけれど、すぐさま我に返って深く拝礼する。

「多大なる褒賞、幸甚こうじんの極みに存じます。陛下のご厚情に恥じぬよう、より一層の精進とともに国の発展への一助となれるよう励みます」
「国立魔導院が正式に稼働すれば『魔術都市』の号も加わる故、期待しているぞ」
「御意」

 アルフォンソ陛下の最後の一言に深く頭を下げる。
 優雅な所作で御前から退場するけれど、内心は動揺で荒れ模様。

 取留めない気持ちでルシアンの下へ戻ると、彼は楽しそうに笑っていた。
 ルシアンは知っていたみたいだ。

「本当に……いいのでしょうか?」
「ナディアの功績を考えると当然だよ。戦だけではなく農作物の品種改良、王城の雇用制度の改正案を奏上してくれた。陛下も貴族も、一部の官吏も、君に感謝しているんだ」

 私は自分が考えている以上に、多くの人に好意的に見られていたのね。
 私には勿体無いと思うけど、認められたのは素直に嬉しい。

「もっと相応しくなれるように頑張らなくちゃ」

 十歳で爵位を賜って、半年でフェリス公爵へ陞爵。
 歴史上では、最速で最年少の記録を更新したことになる。
 張り切りすぎたかもしれないけど、多くの人々が豊かになれるのなら後悔はない。

 これからはフェリス公爵として、ルシアンの婚約者として、より一層精進しよう。
 期待してくれるアルフォンソ陛下に応えるためにも、フェリス領を守るためにも。
 私は、これからも成長していく。