未来を目指す円卓会議



 フェリス公爵に陞爵しょうしゃくして、二年半の春。
 私ことナディアは十三歳の誕生日を迎えた。

 アナトール王国の王立学園は、十〜十二歳まで初等部、十三〜十五歳まで中等部、十六〜十八歳まで高等部で勉学にはげむ。
 各学部で必要な学力を三年かけて身につけ、卒業後は自ら定めた職場で見習いとして数年は下積みして、ようやく一人前に育つ。
 基本的に、豪族、商家の子息子女、男爵から子爵、一部の伯爵までの令息令嬢は初等部から通い始める。
 伯爵以上の令息令嬢は、家格と財力に見合う家庭教師を雇い、必要以上の学力を幼い頃から身につけるから、初等部で習う内容では物足りなくなるので、伯爵以上になると中等部から入学する者がほとんどなのだ。

 しかし、私はすでに爵位を持つ身なので、王立学園の中等部まで免除めんじょされている。
 人脈作りができないのは残念だけど、婚約者であるルシアンに任せることになった。

 ちなみに私はというと……。

「次に国立魔導院の件だが、今年の冬までには完成するでしょう。運用は来年の春から。基盤はフェリス領の魔導院を採用することになっているが……ウィットン公務大臣」

 王城の中で、国立魔導院の部署がもうけられた。
 前例のない事業なので、おこした張本人である私の存在は必要不可欠。
 フェリス領への帰郷は、王立学園の夏期・冬期休暇の期間以外では、年に十回程度になったのは痛いけれど、後任が育つまで精一杯務めよう。
 ただ、国政にたずさわる者として円卓会議に出席するのは緊張する。

「魔術師への理解を貴族・市民に根付かせるため、昨年度から魔術師の学問を王立学園に取り入れました。中等部は歴史・知識のみですが、高等部からは技術を選択学科に含める指針でした。その結果、理解を示す者が三割増しで予想数を超えております」

 宰相のメレディス公爵にうながされ、ウィットン公務大臣が結果を発表した。

 安心したのは私と、国立魔導院の設立に賛同するアルフォンソ陛下筆頭の賛同派。
 中立派は驚きを表情に出し、少数の反対派は複雑そうな表情を浮かべた。

「そこで学園長からの提案がございます。魔術師を王立学園に通わせるのはどうかと」

 意外なことに、王立学園の最高責任者からの提案に驚く。
 目を丸くする私に、ウィットン公務大臣が真剣な顔で告げる。

「三年前の戦を機に魔術師の存在が知られ、多くの国民からアナトール王国の臣民と受け入れられました。この国に住まう者としての常識を得るためにも学は必要でしょう」

 想像を超える現実に度胆どぎもを抜く。
 当初のウィットン公務大臣は魔術師に対して懐疑的かいぎてきで、否定的だった。
 魔術師という危険因子を国民に迎え入れるなんて自殺行為だ――と。
 そんな彼が魔術師を認め、受け入れる意志を持ってくれた。
 私や魔術師達の努力が実ったのだと思うと、胸が熱くなる。
 けれど今は喜ぶより会議に集中しなければ。

「学園長の申し出、ウィットン公務大臣のご意見はもっともです。アナトール王国の臣民として、王立学園での経験は財産となるでしょう。ですが、今はまだ魔術師への理解が浅い時期です。過去の魔術師が起こした事件による偏見へんけんも根深い。最低でも二・三年ほどかけて理解を深めなければ、偏見による差別や迫害が起きかねません。彼等の精神を健全に鍛えるためにも、魔術師への意識改革と常識化を構築した方が、双方の心身を安定させられます」
「……なるほど。ですが、その間の勉学はどうなさるつもりでしょうか」

 最低限以上の学力が無ければ王立学園に通うことはできないのは分かっている。
 とはいえ、ウィットン公務大臣の心配は杞憂きゆうだ。

「フェリス領では領民の識字率向上のための学校を創設しました。彼等には領民に混じって学校に通って、王立学園の中等部以上の学力を身につけてもらっています」

 フィリア商会を立ち上げて稼いだお金で最初に創設したのが学校。
 前世の故郷『日本国』の教育機構に似た仕組みで、初等校は義務教育と定めた。
 あとは今世独自のものとして、初等校は読み書き計算から歴史などの一般教養、中等校は将来の職業に関する高等学問や専門知識、高等校は領地の官僚になる経済学から農業や医術などの研究機関――という風に構築した。

 アルフォンソ陛下は、お忍びで領地に来たときに見学したので知っている。
 一応、学校の制度についての情報を奏上そうじょうした。すると、メレディス宰相とガスリー公爵が自分の領地に同じ学校を設立したいと相談してきた。
 あれは嬉しかったと思い返していると、ウィットン公務大臣は目をみはる。

「もしや、メレディス宰相とガスリー軍務大臣の領地にできた学校というのは……」
「フェリス公爵が自らの私財をもって創設した教育施設だ。フィリア商会を興して半年で得た資金をつぎ込んだと聞いたが、よわい八つとは思えない行動力には感服したぞ」
恐縮きょうしゅくです、陛下」

 アルフォンソ陛下が補足して褒めてくれた。
 素直に嬉しくて笑顔が浮かぶと、アルフォンソ陛下はまなじりを下げて鷹揚おうように頷く。

「余と宰相も見学したが、あれは素晴らしいものだった。なあ、メレディス宰相」

 側にひかえるメレディス宰相に同意を求めると、彼は微笑をたたえて同意する。

「ええ。我が領地にもフェリス公の政策を取り入れさせていただきました。結果、庶民の識字率を上げ、適性職を見出させ、領地経営に携われるほどの人材発掘まで可能になり、相乗効果で税収が増加しました。そしてそれは、ガスリー公爵領でも実証しております」
「今年の報告にもありました。例年と比べようもない結果です」
「税収もそうですが、儂等わしらの領地も職にあぶれる者が激減し、納税もとどこおりなく回収できましたぞ。ナディアの好意で官僚を留学させた甲斐かいがあったものです」

 メレディス宰相の証言に合わせて、ガスリー公爵、ガスリー軍務大臣が絶賛した。
 母方の祖父にあたるグンナール・ガスリー軍務大臣――ガスお爺様の補足を聞いて、役に立てて良かったと実感していると、多くの視線が集まった。
 ウィットン公務大臣だけではなく、中立派から反対派、陞爵に反感を持つ全員が、目玉が飛び出そうなほど度胆を抜いた顔で凝視してくる。

 気まずいやら恥ずかしいやら、複雑な心境でちぢこまりそうだ。
 愛想笑いが引きつってしまう私に、アルフォンソ陛下が喉を鳴らして笑う。

「王都にも庶民に特化した学校を設立したいのだが、なかなか可決されず仕舞いでな。フェリス公爵の衛生管理や貧民街の手入れの提唱ていしょうのおかげで土地は確保できるのだが……」

 以前、フェリス領で行った政策の一つ、貧民街の手入れと病気の感染対策込みの衛生管理について奏上した。
 すると、貧民街の一部を取り壊して、簡素だが住み心地の良い共同住宅を端から順に建てていくことで街を整備し、尚且なおかつ利用できる土地面積を増やしたのだ。
 おかげで立派な国立魔導院が建てられたが、まだ余裕があるようだ。

 もし学校を建てるとしたら……

「国立学校ですか。もし建てるのであれば凹型の校舎にして、東・西・北にそれぞれの学部を区切って作れば、土地の節約ができそうですね」
「凹型か。南側の空間に、警備兵や軍人志願の学生専用の訓練場を設けるのか?」
「ご明察です。それなら無駄も少ないかと思います」

 簡単な説明だというのに、アルフォンソ陛下は建物の構造を理解してくれた。
 流石だと称賛しつつ、考えられるだけの構想を挙げた。

「他には……国立学校は中等校まで。それ以上の専門知識は王立学園で学び、国の研究機関に帰属させる。有能な人材を囲みたい方が学費を援助するのもよし、奨学金制度を組み込むことで将来的に支援金の回収を図るというのもどうでしょう? 王立学園のはくも上がりますし、何より優秀な人材を発掘できます」

 挙げられるだけ挙げれば、アルフォンソ陛下は面白そうに笑みを浮かべる。
 メレディス宰相もガスリー公爵も興味深そうだ。

「フェリス公爵は、なぜ平民に教育をほどこそうと思ったのです?」

 戸惑いを隠せない様子で、ウィットン公務大臣が問う。
 庶民に知識という考える力を与えるのは、庶民を管理する貴族には脅威へ繋がる。知識がなければぎょしやすい庶民に、わざわざ学を施すのは危険だと考える者も少なくない。
 でも、それこそ自殺行為だと私は考えている。実際、過去に起きた前例を確認すれば、簡単に想像できることだった。

「彼等も愚かではありません。良い流れより悪い流れを感じやすく、不安を抱え、やがて貴族への不信感を募らせます。それが原因で正しい判断を行えず、最終的に去る者もいれば、叛乱はんらんを起こす者も増えていきます。力で抑えつけるのは簡単ですが、心が離れれば領地も回らなくなり、やがて衰退すいたいしていくでしょう。ですが、領民にとってとうと施政者しせいしゃだと理解させられたなら、貴族の庇護ひごを自ら望み、恭順きょうじゅんする意識を持つようになります」

 まぁ、これは後付けだけど。
 本心は、こんな野心的ではない。

「知識は生きる力であり、経験は人生の財産です。領民が豊かになれば経済が回り、彼等も感謝の意識を持って領地に尽くしてくれます。それで彼等も幸福を享受きょうじゅできれば、彼等を庇護する者として喜ばしい。民の幸福が私の目標であり、その過程で国が栄えれば幸いです」

 穏やかな微笑で本当の目的を語れば、ウィットン公務大臣は息を呑む。
 周りの貴族も真剣な表情で聞き入り、中には感心の表情を浮かべる者も出る。

「……なるほど。綺麗ごとだけではなく、為政者としての思想もあると」
「フェリス領の発展は、フェリス公爵無くしてはありえなかったというわけか」
「それを八つの歳から……末恐ろしい。まさに貴族の中の貴族だ」

 こそこそと囁く声が耳に届く。
 おおむね好意的のようで、ほっと内心で胸をなでおろす。

「ご納得いただけたでしょうか、ウィットン公務大臣」
「……はい」

 ウィットン公務大臣は、真剣な面持ちで深く頷いた。
 そして、ある希望を言い出した。

「よろしければフェリス領の学校に、我が領地の官僚を留学させていただけませんか」

 学校に興味を持ってくれたなら、この機を逃すわけにはいかない。

「構いませんが、一つお願いを」
「お願い? 条件ではなく?」
「ええ、個人的ではなく、公務的なお願いです」

 前もって条件≠ノしてしまえば、反感を持つ者の対抗心をあおる。
 偏見でくもっていない確かなまなこで見定めてほしいから、お願い≠ネのだ。

「留学を通して学校の仕組みに関心をお持ちくださった場合、王都の学校設立について、前向きに検討してくださると幸いです」

 学校という新しい組織の設立に乗り気ではないなら断ってもいい。
 けれど、学校の教育体制に感動してくれたなら一考してほしい。

 無理やり設立を促すのではなく、納得した上での設立を望むと、ウィットン公務大臣は躊躇ためらうことなく首肯しゅこうした。

「もちろんです。王都に構えるに、理想的な教育組織であるのなら」
「感謝を申し上げます」

 安堵から笑顔で感謝の言葉を贈ると、ウィットン公務大臣は朗らかに笑った。

「フェリス公爵は、私に学ぶ機会を与えてくださった。礼を言うのはこちらの方です」
「では、この学ぶ機会を有効に活用できるよう尽力致します。時間がとれましたら、留学についての段取りを詰めましょう」
「是非ともお願いしたい」

 とんとん拍子で話が進み、私に関係する議題が終わる。
 その後の議題も滞りなく進行され、会議が終了した。