王族とお茶会での鍛錬



 所変わって国王の執務室。
 疲労感を抜こうと思っていた矢先、アルフォンソ陛下にお呼ばれしたのだ。
 備え付けの長椅子にて向かい合い、紅茶とともにピンク色のお茶請ちゃうけが配膳はいぜんされた。

「フィリア商会の苺のシフォンケーキだが、とても気に入ったぞ」
「ご愛顧くださり恐悦です。ベリーズ領の苺は甘味だけではなく風味豊かなので、品種改良に力を入れたメイベリー伯爵には感謝しております」
「ほう、メイベリー伯爵の。シャーリーが苺好きだから取り寄せてみるか」
「是非。ちなみに糖度の高い苺はへたが逆立っているのが目安です」

 蔕が逆立っていると糖度が高いという情報は前世からの知識。異世界でも同じなので、ぜひ試してみてほしい。
 甘い苺を思い出して笑顔で教えると、アルフォンソ陛下は笑う。

「ナディアは博識だな。……うん、やはりうまい」

 アルフォンソ陛下が濃いピンクのシフォンケーキを満足そうに食べる。
 次いで私も食べて、苺の深い味わいに頬を緩める。

「期間限定なのがしいですね。温室があれば年中栽培できますが……」
「フェリス領の温室技術は優れている分、メイベリー伯爵の財政状況では難しいだろう」

 アルフォンソ陛下はそう言うが、メイベリー伯爵の財政状況は可もなく不可もなし。
 ただ、彼は研究肌であり、作物の品種改良や特産物の開発に力を入れ過ぎている。
 研究に多くの私財を投じているが、彼の開発した作物は領民にも好評。
 一方で土地の整備や開拓が滞っているらしい。

「そういえば、メイベリー伯爵の領地では真っ白なが多いと聞く」
「……真っ白な、蛾?」

 アルフォンソ陛下の話題に目を丸くする。
 蛾にも種類はあるが、一つだけ益虫となる蛾を知っている。

「もしや、ベリーズ領にはくわの木があるのですか?」
「桑の木? ……ああ。確かにその木が虫食いだらけだと嘆いていたな」

 アルフォンソ陛下の肯定に、ぽかんと口を開いてしまう。
 込み上げる高揚感からじわじわと口角が上がりかけ、口を引き結ぶ。
 でも、耐え切れそうになくて片手で隠した。

「どうした? まさか既存の殺虫剤では対応できない害虫だったか?」

 気遣わしげに声をかけられる。
 現時点では、害虫と疑われて仕方ない状況なのだろう。
 ただ、申し訳ないけれど、私としては朗報ろうほうすぎて興奮しそう。

「……陛下、それ、おそらく蚕です」
「かいこ?」

 どうやら大陸には蚕の存在は周知されていないらしい。
 大和国も製造法を秘匿しているから、知らなくて当然だろう。

 だからこそ今が好機。
 しかも、図らずとも立地的に好条件が揃っていた。
 今後の展開を想像するだけで胸が高鳴るが、今はアルフォンソ陛下の疑問に答えなければ。

「蚕は成虫の時点では、あまり意味を持ちません。しかし、さなぎの状態だと益虫えきちゅうです。蛹の繭で糸を紡いだり、蛹を養殖の豚や鶏や魚の飼料に利用したり。大和国は養蚕業ようさんぎょうによって絹の国と称されるようになりました。つまり絹の素は蚕の繭です」

 嬉々と説明すれば、アルフォンソ陛下は真顔になる。

 あれ? もっと食いつくかと思ったけど……。

「ナディアはどこでそれを知ったのだ?」
「え? ……!」

 アルフォンソ陛下の質問で理解する。
 国家機密に匹敵する秘匿情報を知っているなんて異常だ。

 えーっと、ここは……。

「七歳の頃に出会った行商人から聞きました。あれ以降会ったことがないので、名前まで覚えられなくて。あれほどの知識人、いま思えばしい人材でした」

 架空の人物を作って誤魔化す。
 嘘を吐くのは申し訳ないけど、前世の知識だと知られると困る。

「ちなみに真珠ができる仕組みも、その行商人から教えられました。海の貝以外にも、池の貝から真珠が見つかったことがあるとも」
「……なるほど。だから研究途中の真珠の構造を説明できたのだな」

 アルフォンソ陛下は疑いがありつつも信じることにした様子。
 ありがたいけれど、少し申し訳ない。

「はい。おかげでラクリマ湖の養殖真珠も成功の兆しが見え、今年の秋には売り出せるかと」

 フェリス領の養殖真珠の段階を教えると、アルフォンソ陛下は目を瞠る。

「もうそこまで進んだのか。アーヴィングも二年前から養殖真珠を始めたな」
「ええ。フェリス領の職人曰く、最低でも二年、長くて六年はかかるそうです。去年の秋で明らかに大きくなったらしいので、期待できるでしょう」

 アルフォンソ陛下の後ろに控えるメレディス宰相が答える。
 新しい産業が増えてうきうきしている様子に安心しつつ、お茶を飲む。

「この流れなら、メイベリー伯爵にも叡智を授けるつもりか?」
「もし叶うのであれば。他の領地に眠る特産物の発見もしてみたいですけど」

 流石に無理は言えないので断念している。
 そんな私の苦笑を見て、アルフォンソ陛下は面白そうに口角を上げた。

「ならば領地を持つ臣下に情報を纏めてもらおう。だが、まずはメイベリー伯爵に養蚕業の提案から始めなければ」
「はい。乗ってくださると良いのですが……」
「ナディアの話術と交渉術なら大丈夫だろう」

 アルフォンソ陛下が全幅の信頼をもって笑顔で言い切る。
 一国の王からの信頼は重い。だが、だからこそ成し遂げたい意欲が湧く。
 これがアルフォンソ陛下の求心力だと感じると同時に、意気込みのある笑みを見せた。


◇  ◆  ◇  ◆


 国王とのお茶会が終わると、ウィットン公務大臣と留学の話を詰める。
 ガスリー公爵の時と同じ段取りで決まり、フェリス領へ手紙を書く。
 後は早馬で届けるのだが、今回は疲労回復効果のある魔術装具を騎手と騎馬につけさせた。

 数年前まで、誰でも使える魔工製品と違って、魔術装具は魔術師にしか使えなかった。
 しかし現在、魔工製品と同じように魔晶石があれば稼働する魔術装具が開発され、ごく一部だけ一般開放した。

 おかげで王都を含む都会の郵便局の質が上がり、早い・丁寧・安全を掲げた職場へ改善し、料金は上がるが貴族だけではなく大手の商家まで幅広く愛顧されるようになった。

 便利な魔術装具を齎した魔術師の人望は冷めることを知らず、彼等を通してナディア・フェリス公爵の知名度も上がり、巷では『神童』として有名になった。
 政策を進めるに必要な材料になるけれど、複雑な心境だ。

「あら、今を時めくフェリス公爵は恥ずかしがり屋なのね」
「うふふ、可愛らしいわ」

 円卓会議の翌日、午後三時。
 四季咲きの高貴な薔薇オールドローズが、あと少しで満開に咲き誇ろうとしている王城の四阿あずまやにて、シャーリー王女、クレア王妃、アーデルハイト王太后から午後のお茶会に呼ばれた。

 最近の近況を語ると、アーデルお婆様とクレア王妃は微笑ましそうに笑う。
 余計に羞恥を煽られ、赤くなった頬を誤魔化したくて、紅茶をちびちびと飲む。

「もう……どうしてナディア様はそんなに可愛いの?」
「え? シャーリーお姉様の方が綺麗で可愛らしいのに……」

 悩ましげにぼやくシャーリーお姉様に抗議する。
 しかし、彼女はムンッと口唇こうしんとがらせて私を見据えた。

「ナディア様は爵位を継いで半年で公爵へ陞爵しただけではなく、歴代の貴族を上回る成果を出し続けている神童なのです。御父君の罪を恐れることなく明らかにして、被害者まで救済しました。今でも彼等から崇拝され、一部の殿方からは憧憬しょうけいされ、三年前の戦争に出た軍の方々からは信頼と信望を寄せられていますのよ? とても素晴らしい貴族の中の貴族。それがフェリス公爵への認知なのです。もはや規格外ですのに、実は裏表なく相手の長所をさらりと褒める人誑ひとたらし。さらに素直で恥ずかしがり屋さんで、小動物みたいで愛らしくて……!」

 マシンガントークで、私でも知らない事実まで語り尽くしたシャーリーお姉様。
 人誑しは無いと思ったけれど、最後の褒め言葉は嬉しくも気恥ずかしい。

 ぼっと頬が一気に熱くなって、羞恥に耐え切れず涙が溢れてきた。
 口を引き結んで耐えると、シャーリーお姉様は口元に手を当ててうつむく。

「ああんもうっ、ときめきすぎてつらいですわ……!」

 空いている手で拳を握って縦に振る。そんなシャーリーお姉様にクレア王妃は笑った。

「シャーリー、はしたないわよ。でも、気持ちは痛いほど分かるわ。こんなに可愛らしいナディア様が義娘になってくれるなんて、わたくしも嬉しいもの」

 クレア王妃の言葉に、アーデルお婆様まで「うんうん」と頷く。

「ソフィアの孫娘がこんなに愛らしいなんて、出会うまで想像できなかったわ」
「それにナディア様は、ルシアンを深く愛しています。こんなに乙女で、物語のような恋愛をなさっていますの。もうっ、ときめきを抑えられません!」
「あ、あの……シャーリーお姉様。ごめんなさい、それ以上は恥ずかしすぎます……!」

 火が出そうなくらい顔が熱い。
 涙目で赤面した私を見て、シャーリーお姉様は胸を押さえて前屈みになった。

「わたくしの義妹が可愛すぎてつらいっ……!」
「分かるわ、その気持ち。貴方もそう思うでしょう?」
「……えっ?」

 アーデルお婆様が同意を求めたのは誰であるのか。
 彼女の視線の先を辿ってぎこちなく向けば、そこにはルシアンがいた。
 王立学園中等部の制服を着ているから帰ったばかりだと分かるけれど……。

「ファッ!? あ、う……あのっ……ルシアン様、お帰りなさい」

 久しぶりに会えて嬉しいのに、聞かれていたと思うと羞恥でどうにかなりそう。
 複雑な心境で挨拶すると、ルシアンは鼻から口にかけて手で覆った。
 よく見ると、目元が赤い。

「あの……どこから聞いていました……?」
「……姉上がナディアを称え始めたあたりから」

 一番気まずいところからじゃない! うわーんもう無理恥ずかしぬぅ……!

 ぎりぎりまで猫に追い詰められた鼠のような心境に陥り、両手で顔を隠す。
 うめいていると、軽やかな足音が近づき、両手首を掴まれた。

「ナディア、顔を見せて?」
「うっ、ぁ……ま、待って、ごめんなさい、待って無理ぃ……!」

 素で無理。口調を取り繕えないほど無理。なのにルシアンは優しくも強引に手を剥がして、私の顔を見た途端に真顔になった。
 こらえきれなくて、涙がこぼれてしまったせいかも。
 気まずくて俯くと、ルシアンはライトブラウン基調の上着を脱いで、私の頭に被せた。

「わっ、え、なに?」
「ごめん、僕以外に見せたくない」

 上着ごと抱きしめられて、鼓動が早くなる。
 私だけではなく、ルシアンの胸が激しく脈打っているのを感じた。
 相思相愛だと改めて感じて、無性に嬉しくなって彼に寄りかかる。
 布地が伸びないように気をつけて服を摘まめば、ルシアンは深く息を吐く。

「姉上、母上、お婆様。もっと手加減してください」

 私のありさまに、ルシアンが苦言を呈する。
 けれどシャーリーお姉様は弾んだ声で即答した。

「悪いとは思うけれど無理ですわ」
「ええ。そもそもナディア様はこの手の賛美は慣れていないのだから、わたくしたちで鍛えなければなりません」

 ルチア王妃まで便乗して、とんでもないことをおっしゃった。
 鍛えると言われても、その前に羞恥が限界突破して死にそうな気がする。
 危機感を覚えて、ルシアンの胸板に頭を埋めて抗議してもらおうと無言で頼む。

「鍛えるのは分かりますが、やり過ぎるとナディアが爆発します。もう少し手心を――」
「「「無理よ」」」

 王族の女性陣が異口同音で拒否。しかも返答が早すぎる。

「……ナディアが可愛いのは分かります。ですが――」
「ルシアン、わたくしたちの癒しを取り上げるつもり?」

 シャーリーお姉様が冷ややかな声で言う。
 これは警告だと私でも理解してしまい、ルシアンを見上げる。
 涙目のまま見つめれば、目を合わせたルシアンは呻く。

「……他の男に見せない。終わったら二人きりの時間を作ってくれるなら」
「約束するわ」

 ……負けた。ルシアンが折れてしまった。
 ルシアンの胸板にぐりぐりと頭を押しつけてやると、急な浮遊感を感じた。
 今の私は城勤め用のドレスを着ている。無駄がなくて軽いけれど、重くないかしら。

「では、失礼します」
「待ちなさい! ナディア様を置いて行きなさい!」
「これ以上はナディアも限界なので。姉上達もご自重ください」

 どうやら譲れない様子。
 歩き出す前に、慌てて被っている上着から顔を出す。

「あのっ、シャーリーお姉様、王妃様、アーデルお婆様、お茶会、楽しかったです」

 羞恥に身悶みもだえてしまったけれど、楽しかったのは本当だ。
 赤らんだ顔のままはにかめば、シャーリーお姉様は俯き、ルチア王妃は微笑む。

「こちらこそ、とても楽しかったわ。またご招待するから、楽しみにしてちょうだい」

 また羞恥心を煽られると思うと怖いけれど、楽しみなのは本心だ。
 頬に熱が集まったまま「はい」と頷けば、ルチア王妃とアーデルお婆様は嬉しそうに笑う。
 見届けたルシアンが一礼したので、私も「御前、失礼致します」と告げた。