婚約者への誕生日祝い



 今月いっぱいで春が終わる。
 この世界での新年は春から始まり、三ヶ月ごと四季が移ろう。

 私は花が咲き誇る一月の中旬、初春に生まれた。
 ルシアンは三月の上旬。この世界での晩春が、彼の誕生日。
 去年の秋で王立学園の中等部に入学したから、実用性のある贈り物がいい。
 そう思って王都の有名な用具店に訪れた。
 庶民が手に取る鉛筆や消しゴムもあれば、貴族専用の部屋には重厚な黒の万年筆まで展示され、どれがいいのか迷う。

 ふと、見た目は白色だが、明かりを浴びると淡い金色の艶を帯びるペンがあった。
 私が開発させたボールペンだと分かるけれど、った作りに感嘆の吐息が漏れる。

「お嬢様、何かお探しですかな?」

 ふと、中年男性から声をかけられた。
 上品な紺色の背広から店の主人だと判る。
 ちょうどいい、相談に乗ってもらいましょう。

「婚約者への贈り物を選んでいるの。あの方はプラチナブロンドだから、このペンが気になって。そしてできればこれと万年筆に、瞳の色も取り入れてみたいのだけれど」
「瞳の色……と言いますと?」
「たとえば胸ポケットに引っ掛ける部位。その面の部分に細く整えた色ガラスや宝石を取り付けてみるとか。あとは分かりやすいところに名前を刻みたい」

 提案すると、店主は驚き顔から真剣な顔へ変えて聞き入る。
 説明が終わると、店主は「なるほど」と感心のこもった声で呟く。

「では、特注品としてご用意いたしましょう」
「あら、いいのかしら?」
「はい。貴重な発案を提供していただきましたので、少し割引しましょう」

 まさかの割引。私の提案は金言だったようだ。
 個室に案内されて、婚約者の特徴を軽く説明し、掘り起こす文字を決める。
 ついでに自分のものも特注してもらい、書類に名前と住所を書くと……。

「あ、あの……お嬢様……いえ、貴女様は……?」
「え? ああ、申し遅れて失礼。私はナディア・フェリス。フェリス公爵よ」

 仄かな笑みとともに名乗ると、青ざめた店主は勢い良く立ち上がって低頭した。

「申し訳ございません! あ、貴女様がフェリス公爵とは知らず……!」

 萎縮いしゅくする反応から、私の知名度の高さに驚く。
 ただ、顔と名前が一致いっちしないのであれば、遅れて気付くのも当然だった。

「気にしないで。今の私はお忍びで来ているのだから」
「しかし、貴重な金言を正当な価格で買い取っておりません」

 清廉潔白で丁寧な作法に感動するけれど、結局のところ目立つのよね。

「今の私はお忍びの客だから、発案も特注の割引で結構。もし申し訳なく思うなら、ボールペンの書き心地と握り心地を試せる一角を店内に設けてほしい」

 試し書きができると、その使い勝手を知ることができる。使いやすさを知れば、買ってくれる確率が高くなる。
 試し書きのペンは一つだけでいいと説明すれば、店主は真剣な顔で一礼した。

「その案は願ってもない金言です。謝礼に、当初より多く割引させていただきます」
「ありがとう。最高の逸品いっぴんを期待しています」
「全力を尽くします」

 にこやかに言うと、店主は頬を淡く染めて力強く頷いた。


 とうとうルシアンの誕生日を迎えた。
 多くの貴族がこぞって贈り物を届ける中、私は直接渡すことにした。
 誕生会が始まる前にルシアンが会いに来てくれたので、ちょうどいい。

「ルシアン、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ナディア」

 にこりと笑うけれど、どこかうれいの雰囲気がある。
 気になったけれど、今は贈り物だ。

「遅れてごめんなさい。これ、ルシアンの誕生日祝いの贈り物です」

 手に持っていた贈り物を差し出す。
 一つは包装された長方形の箱。もう一つは上品な正方形の包み。
 すると、ルシアンは驚き顔で固まった。

「……開けてもいいかい?」
「もちろん」

 まなじりを下げて応えれば、受け取ったルシアンは丁寧に包装を剥がす。
 箱の中には、ボールペンと万年筆。どちらも淡い金色の艶を帯び、ポケットに引っ掛ける部位の平面にエメラルドを嵌め込んでいる。ルシアンのイメージ通りだ。
 もう一つは王族としてのルシアンの象徴を刺繍した手巾。光沢のある白色と金色の糸で太陽と白頭鷲、一か所に青色と銀色の糸でネモフィラ・プラチナスカイを入れてみた。
 手巾は完成するまで四苦八苦したけれど、最終的に満足のいく出来になった。

「このペンは、僕の……?」
「うん。ルシアンの髪色と瞳の色。手巾の刺繍は、特に時間がかかっちゃって」

 ルシアンは驚き顔で贈り物を見詰める。
 そして、喜びが溢れた笑顔を見せてくれた。

「ありがとう。こんなに嬉しい贈り物はナディアだけだ」
「よかったぁ」

 安心から私も嬉しくなって、軽やかな笑声がこぼれる。
 ルシアンもはにかみ、ペンに書かれた一文に指を這わす。
 愛しいルシアンへ、と彫り込みたかったのだけど、彼の頭文字を名前に置き換えた。
 ペンの長さの都合で短くしてしまったけれど、気付いてくれて嬉しい。

「本当はナディアと一緒に行きたいけど……」
「……うん。私もルシアンと行きたい。でも、今日はルシアンが主役だから」

 王族が入場するための入口は、貴族と違って上座にある。
 私は婚約者であっても、この国の貴族。臣下としての立場から随伴ずいはんできない。

 今回はお婆様が一緒にいるし、会場には親しくなった貴族も多くいる。
 それでもルシアンといられなくてさびしいと思うのは我儘かしら……。

「もし時間がとれたら、気張らないお店で個人的にお祝いしてもいい?」

 私は視察もあって城下町のことは知っている。情報通の部下のおかげで、おすすめの飲食店も把握済み。
 ルシアンはフェリス領に毎年来てくれて、視察のついでに庶民が営む飲食店やお土産店を巡るのが好きだと言ってくれた。
 二人きりの時間もいいけど、普段では食べられない庶民的な食事を紹介したい。
 王都でも素敵な店がある、放課後は友達と遊びに行けるのだと伝えたい。
 ……あわよくば放課後デートがしてみたい、なんて思ったりして。

 勇気を出して言えばルシアンは目を丸くして、そして明るく破顔はがんした。

「もちろん! できるとしたら学園帰りになってしまうけど……うん。放課後デートみたいで楽しみだ」

 ルシアンは思いついた、という弾んだ声音で笑顔を深める。

 ……私と同じことを考えてくれた。
 むずがゆいくらい胸が熱くなって、緩みそうな口を引き結んで両手で隠す。
 ああもう、にやけ顔が直らない。

「ナディア? ……もしかして、放課後デートしたかった?」

 ルシアンの言葉に顔が熱くなる。
 小さく頷けば、ルシアンの頬が赤く染まり、天井を見上げた。

「……ナディアが可愛すぎてつらい」

 大袈裟だけど、私も同じ気持ちだから文句が言えない。
 だから代わりになる言葉を返した。

「ルシアンが格好良すぎて……胸が痛い」
「あーもー……! 抱きしめたくなること言わないでよ。生殺しはきつい!」
「私だって抱きつきたいの、我慢してるもん」

 ムッと口唇こうしんとがらせて言い返し、軽く睨み合った沈黙の後、プッとき出す。

「ハハハッ、そうか、同じかぁ」
「うふふっ。うん、同じだよ」

 同じ気持ちを覚えて、同じ思いをいだく。
 他人同士では分かり合えることは少ないと言うが、同じ心を共有することはできる。
 でも、ルシアンとのように以心伝心するほどは滅多にない。

 彼が私の婚約者で、本当に良かった。
 改めて実感して、この奇跡に感謝した。