ルシアンが退室してしばらく。
小用で席を外していたお婆様が戻ると、共に宴会場へ向かった。
舞踏会用の大広間には多くの貴族が既に到着しており、友人との歓談だけではなく、人脈構築や腹の探り合いに勤しんでいる大人が大半だ。
王族の祝宴でも余念がないのは、貴族として絶好の社交の場だから。けど、心から祝ってくれる人が、信頼できる親族・友人・婚約者だけだなんて、無性に寂しいと感じた。
「――あら」
横目で流し見ていると、すぐ近くで礼を向ける一団に気付く。
そちらを見れば、サージェント元帥とその妻、そしてご子息夫婦のサージェント侯爵令息夫妻がこちらへ会釈していた。
貴族社会では、自身より高位の貴族へ気安く声をかけてはならない決まりがある。貴族として若輩であっても、公爵であるなら私から挨拶しなければならない。
「ごきげんよう、サージェント侯爵。サージェント侯爵夫人、サージェント侯爵令息、サージェント侯爵令息夫人。ご
何かと親しくしてくださっているサージェント侯爵一家の厚意を受けて挨拶すると、サージェント元帥が渋みのあるバリトンの声で挨拶を返した。
「ごきげんよう、フェリス公爵、フェリス公爵
貴族流の挨拶を終えて、ニッと口角を上げるサージェント元帥。
……いや。
「ええ、メルヴィン元帥。先日の演習は楽しかったです」
陞爵を機に、サージェント元帥をメルヴィン元帥と呼ぶようになった。
先達であるメルヴィン元帥から格上と認められたのも驚きだけど、気安く名前呼びをし合うまで仲良くなったのも衝撃だった。
「ああ。魔術師の諸君も、部下との連携が密になった。無駄のない駆け引きも磨きがかかったが、あれはナディア殿の助言だと聞いた。まさに魔術師専属の軍師だな」
「軍部の皆様も技術力が向上していました。一騎当千の実力者に至った者もいましたし、メルヴィン元帥のご指導が実を結びましたね」
うむ、と満足そうに頷いたメルヴィン元帥は、見た目以上に若々しい活力がある。
彼の苦労を知っているからこその言葉に喜んでいる様子。
「あなた、ナディア様を独り占めなさないでちょうだい」
「む……」
メルヴィン元帥との会話に割り込んだのは、奥方のマチルダ様。
尻に敷いている様子に笑いかけて、隠すためにはにかんで見せる。
「マチルダ様、先日のお茶会『愛書の会』にご招待いただきありがとうございます。とても充実したひと時でした」
「ええ! ナディア様も読書家で話が弾みました。おすすめの小説も、列伝に恋愛が所々に入っていて、とても面白かったですわ」
「ですよね! 創作とは思えない建国物語なのに、人間模様もまるで本当にあったかのように現実味が生々しくて……それがまた魅力なのです」
この世界の創作小説は、前世の母国のような「ライトノベル」ではなく、重厚感のある内容で読み応えがある。
最初はお婆様に勧められたものを読んでいたが、時間がとれるときは自ら本屋へ足を運び、
貴族の婦人会で
読書家のお婆様も『愛書の会』に必ず出席しているので、布教するとほぼ確実に愛好家が増えるので、お婆様は『愛書の会』の重役みたいな立ち位置にいる。
最近では私のお気に入りの小説が流行り、無名の作家が有名になった。
お婆様も楽しそうな笑顔で深く頷き、キャンディス様へ話題を振る。
「わかりますわ。キャンディス様は別枠の純愛物語が琴線に触れましたわね」
「はい。あのような小説を執筆した方が我が国にいたなんて……今の私の推しです」
「推し活、いいですよね。キャンディス様の二次創作小説も面白くて、早くあの作品の続きが読みたいです」
キャンディス様は読書家の仲間として仲良くさせていただいているし、彼女も執筆が趣味。特に二次創作小説を手掛けている。
読ませてもらった時はとても心弾む物語性で
心からの感想を言うと、キャンディス様は大輪の花が満開に咲くような笑顔を見せた。
「ロベルト・ロイ・アナトール王太子殿下、ルシアン・ロイ・アナトール第二王子殿下、ジューダス・ロイ・アナトール第三王子殿下、シャーリー・レイ・アナトール王女殿下のご入場でございます! アルフォンソ・ロイス・アナトール国王陛下、ルチア王妃陛下、アーデルハイト皇太后のご入場でございます!」
やがてよく通る男性の声の後、王族が入場する。
私達が
「今宵は我が息子達のために集まってくれたこと、礼を言う。十三の歳を迎えた我が息子達の誕生祝いのため、華やかなものに用意した。皆、心ゆくまで楽しんでくれ」
アルフォンソ陛下が締めくくると、楽団が音楽を奏でる。
一般的な円舞曲が始まると、上座から下りたルシアンが真っ先に私に歩み寄る。
淑女として
「私の愛しき婚約者殿、貴女と踊る栄誉をくれませんか?」
王族としての口調で誘われた。
いつも以上に凛々しく、そして色っぽい微笑に、心臓が甘く跳ねる。
王侯貴族の子息は礼儀として、女性への
けれどルシアンは、見せかけではない心を込めた言葉を私にくれる。
ああもう、愛おしいなぁ。
「――はい。私も、愛しいルシアン様と踊りたく存じます」
喜びを込めた笑顔で手を取ると、ルシアンは頬を淡く赤らめた。
ルシアンに連れられて中央へ向かい、彼に体を預けて踊り出す。
慣れた足さばきだけではない。ルシアンだから踊りやすくて、楽しい。
「ナディア、あれはわざと?」
「え?」
「……いや、うん。ごめん」
きょとんとすると、ルシアンは謝る。
どうしたのだろうとじっと見つめれば、ルシアンは目元を赤く染めた。
「さっきの笑顔、とても綺麗で……可愛かった。一瞬で大勢の視線をかっさらって……」
ルシアンの言いたいことが分かった。あの時の笑顔で注目を集めてしまったのだと。
私の笑顔、そこまで威力は無いはずだけれど……。
「ルシアン様も、先程はとても凛々しくて素敵でした。それ以上に、貴方の気持ちが込められた言葉が胸に響いて……嬉しかったの」
愛しいと思ってくれている。それが一番、心に響く。
淑女の口調を崩して本音を伝えると、ルシアンは口を引き結ぶ。
照れたのだと思った直後、ぐっと腰を引かれた。
「ナディアのあの言葉、僕も嬉しかったよ」
囁くような声に、甘い熱が込められていた。
頬に熱が集まる。でも、それ以上にルシアンと同じ想いを共有できて、とても嬉しい。
どうしても頬が緩んでしまうと、ルシアンもつられて笑った。
このままずっと踊っていたい。そう願うほど、楽しいひと時だった。
通常は一回、婚約者同士なら二回、夫婦なら三回以上は続けて踊れる。
婚約者であるルシアンとは、必ず二回は続けて踊るのだけど、まったく義務感は無い。
心から楽しんだ後、ルシアンは誕生祝いの挨拶を受け取りに上座へ戻った。
基本的に祝いの言葉は決まっているし、まずは爵位の低い順に行われる。
公爵位の中でも新参者の私は、古参の公爵家より早く挨拶できる。嬉しいけれど、それでもかなりの時間がかかる。
とはいえ、お婆様と会話しているとあっという間に感じられた。
「ナディア、先程はお見事だわ。
「牽制……よかった。ルシアン様は学園で人気者とお聞きしますから」
お婆様の知らせに安心する。けど、気を抜けない。
何故なら牽制できたのは大半=B少数も℃cっているなら、細心の注意を払うに越したことはない。
そうして順番となり、アルフォンソ陛下とルシアン、ジューダス第三王子に拝礼する。
「偉大なる我等が太陽アルフォンソ陛下、愛しきルシアン第二王子殿下、
定常通りだけど、祝う気持ちを込めて穏やかに笑顔を浮かべる。
すると、真っ先にルシアンが声をかけてくれた。
「いただいた贈り物は素晴らしかった。私もそうだが、あれを見た姉上は感動していた」
王族としての口調で喜びを告げた。
シャーリーお姉様に見せたのね。しかも感動してくれたなんて。
「ルシアン第二王子殿下のお気に召していただけて幸いです」
嬉しすぎて、はにかむ表情を抑えきれなかった。
それを見たルシアンもはにかみ、アルフォンソ陛下は微笑ましそうな顔を見せた。
一方、ルシアンの隣に座るジューダス第三王子が衝撃を受けた顔をしている。
こうして並ぶと、双子だというのに似ていない。
ルシアンは柔和な温もりが感じられる凛々しい美貌。
ジューダス第三王子は自信に満ちた雰囲気の強い勝気な美貌。
ルチア王妃譲りの白金色の髪、アルフォンソ陛下譲りのエメラルドグリーンの瞳は同じなのに、育った環境の違いで印象まで変わるなんて、地球での双子あるある現象と同じだった。
「余も見たが、あれはルシアンを思い遣った物だったな。フェリス公爵、既に爵位を持つ一貴族としても、ルシアンの婚約者としても、今後も良き働きを期待している」
「陛下のご期待に応えられるよう、これからも
アルフォンソ陛下の言葉に礼を執り、その場から下がった。