7-3

 オムニス教会の心証は、最悪まで行かないが決して良いものでもなかった。
 信者の数がかなり多いのは聞いていた。私が教会に来る前から熱心に説法を受けているであろう人々。誘拐が多発しているのにも関わらず、しかも祝日でもないのに、並べられた椅子にほとんど空きはなかった。
 祭壇の奥に鎮座するのは、形容しがたい魔物の石像。魔物と断言したのは、私から見れば異形も過ぎる格好だったから。邪教ならアヴァランギスタよりよっぽど様になっている。
 それは造形師もさぞ苦労しただろう複雑さと巨大さだ。一番目立つ位置に飾られた宝石は、噂に聞くエメラルドだろうか? 緑色の大粒が埋め込まれている。

 心証を悪化させたのは教会の、何らかの役職であろう人物の言葉だった。彼の首から下げたネックレスは、石造と同じ色の宝石があった。ぎょろついた目玉みたく、妙な色合い。重役らしき一部の信者はみなぶら下げていた。趣味が悪い。

 「あなたはイル・メ・トーラですか?」

 ネックレスへどうでもいい感想を思い浮かべながら返答する。しかしこの質問を皮切りに「ナギャダへはいつ来た」「今の信仰は何か」「力は発現しているか」「知っている叡者は?」等々、矢継ぎ早に問いかけられた。やかましいことこの上ない。あまり気が長い方でない私は、何度もこちらの言葉を遮られ、いら立ちを募らし仕舞に言葉を荒げていた。

 頭にきて教会を出る寸前「申し訳なかった」と「血薬」を渡された。だからといって、これ以上彼らのお話・・に付き合うつもりはない。上辺だけの笑みを張り付けた彼らには、到底心許せたものではない。誰が右も左も知らぬ教会に入って早々、身の上話をするというのか。
 私と入れ違いで、遠方から来たであろう巡礼者が歓迎を受けていた。

「あなたはイル・メ・トーラですか?」

 その人は喜んでいる。目尻に涙が浮かんでいる。途方に暮れる長旅をしてきたんだろう。丈夫に作られた、継ぎ接ぎの装束。汚れた靴。かすかな噂で聞いた街を、健気けなげに信じて、信じている! 表情ははぐれた家族を見つたように崩れていた。
 心の隙を突いていんだ。私がナギャダに来たばかりの頃なら、もしかしたら、と途中まで考えて、止めた。結果は見えている。
 で結局、オムニス教会がどういったところなのかは分からなかった。胡散うさん臭さは間違いなくあった。私はあいつ等が嫌いだ。


 地下街にいた巨大な蝶、ノフナフの教会らしき建物を見つけた。教会というのか、病院というのか。……ここの信仰は「毒を以て毒を制す」だそうだ。
 曰く、ノフナフの体液や鱗粉は劇毒であり、イル・メ・トーラであっても即死級の効果。それにあやかり特に「薬学」の方面に強い意味があるらしい。

「後は、死にいざない様(ノフナフの別称の一つ)は周囲にあまり関心を寄せないそうですから、『俗塵ぞくじんとらわれることなかれ』」
「……つまり『世の中のいざこざに夢中になり過ぎるな』と、そういう教えを伝えているんです」

 にこやかな顔と語りで説明する青年は、医者を目指しているそうだ。分け隔てなく人を助ける職に就きたいと、手本となる素晴らしい回答を得る。見習いたい。気持ちだけでも。
 輝く顔を見続けるのが申し訳なく感じ、目を落とす。先には特徴的なループタイが。信者の証である「植物と蝶の片羽」がかたどられている。

「しかし死に誘い様を、只々ただただ美しいと言って『美貌びぼうの象徴』だのおっしゃられる方々は……、もう少し内面を磨かれた方がよろしいと思います」

 唐突に、かなり丁寧な口調となった青年の顔を見返す。
 怖い。笑った顔なのに、目が異形狩りの誰かさんを思い起こす狂気をはらんでいる。私を見ている訳ではなく、私の後ろ、教会の向かいにある「服屋のような」教会。

「困るんですよね。ああやって、見てくればかりつくって死に誘い様を担ぎ上げるの」

 青年は「せっかくお越し頂いたので」と血薬をくれた。
 初見の部外者へ物を贈るのだから、彼はきっと良い人だ。そうだよな? 良い人だって、誰かを恨むことぐらいあるだろう。
 ……血薬に何も入っていなきゃいいが。


 ナギャダの人間は何かある度、血薬を寄こしてくる。回った教会以外にも、落とし物を届けた時、引ったくり犯(これがかなり多い)を捕まえた時「取りあえず血薬を」。
 いや嬉しいことは嬉しいに違いないが、鞄はパンパンだ。
 次はポケットにでもねじ込むかと考えながら歩いていたら、やたらと派手な装飾の「ミルユリル教会」の看板に思わず足を止めた。「黒い霧、女王」がいるであろう教会だ。
 調子に乗っていたのは自分かもしれないが、握りこぶしができる。人の思想まで無理やりじ曲げるような輩が、平然とのさばっていることに怒りが抑えられない。

 足が一歩出た時、南から歌が聞こえた。「歌」自体は澄んでいて耳に心地よかったが、妙に息苦しそうな感覚がある。教会に殴り込みするのは後でもいいだろう。息苦しい感覚はどんどん増していき、たまらず私は走ってその方面へ向かった。

(同族か? にしては周囲が静かすぎる……)

 結局オムニス教会から少し離れた広場まで戻ってきた。昼間は異形狩りやミルユリルも活動を控えるようだが、今はもう夕暮れだ。気は抜けない。辺りを警戒しつつ、路地から顔を出す。人影はない、ないが……。

 細長い、骨で出来た天使がいた。

 いや、よくある絵の天使ではない。それでも半透明のいくつもある羽と、白い線の胴体は弱弱しいのに神秘性が感じられる。きっとこれも「たがう者」だ。ただ大きさがクラゲ神よりも小さい。一番長い端から端まで含めても1メートル程。風が吹いただけで飛ばされそうな見た目である。
 ゆっくり近づくが、その「天使」は力なく前羽(よく見たら小さい手がある!)を動かすのみで、死にそうな気配がある。「歌」はこれが出していたようだが、今は教会区に響くほどの声量はない。息も絶え絶え、正にそんな感じだった。

 参ったな。見下ろした体制で私は悩んだ。放っておいてもいい。私がこの得体のしれない存在に構う必要もない。でもそうすると、あまりに薄情な気がする。「歌」はきっと助けを呼んでいたのだろう。それが聞こえて私はここへ来た訳だが、コイツを治療できる知識はないし、だからって宿に連れ帰っては……あ。
 私はこの「天使」を抱えて、飛ぶように宿へ帰った。


――――


「発狂したせいか? お前また奇妙なことを……」

 ホワラは呆れかえりながら、目の前で伸びている「天使」を助けていた。その原因はこれを連れ帰ってきた人物にある。

「天使って教会区の空でしか見たことなかったけど、こんなに小さかったかしら?」

 フィリマーリスがまじまじと見つめる。それを遠巻きにクォコズとコンスタンティンが「近づくな」「やめたほうがいい」と口々に続けていた。

「こ奴らがしょくすのは『み血』で、お前たちの肉は食わん。騒がしいぞ盗人と商人」

 ホワラに言われた当人たちは、若干に落ちない顔をしながらわめくのをやめる。フィリマーリスは薄く柔らかな羽を優しく触り、その感触を堪能たんのうしていた。

「『教会区で見つけた』って言ってましたけど、工業区には行かなかったんですか? 前にクォコズに聞いていたから、てっきりそっちへ向かったのかのだとばっかり」

 彼女は天使を触る手は止めずに、疑問を口にする。問われた人物はあっけからんと「面白そうだったから」と教会区に立ち入った理由を話した。
 ああしかし、別の理由もあるようだ。ホワラは察した。人の思想など見えいていて、女王の手の内だ。……本人は気づいていないようだが。
 クォコズは信じられないといった顔で、そのイアラの前に立った。

「アンタ本当に正気じゃねえよ! 俺言ったよな『ミルユリル教会は絶対アンタを殺しに来るぞ』って!」
「あの時半狂乱になって、とりあえず落ち着いたかと思ったがよ。……やっぱりまだ出歩かない方がいいって」

 もっともなことをクォコズは訴える。ホワラは、それも手遅れだろうと感じていた。案の定ソイツは「大丈夫だ、心配ない」と聞く耳を持たない。
 相変わらず親子共々人の忠告を聞かない。それでいて向上心が強い、いや執着だろうか。彼らが絡んでくるとろくなことにならないな。

 ホワラは次第に元気を取り戻してきた天使が、高らかに歌うのを聞き流す。小さな楽園の、哀れな住人達を眺めていた。






【 天使 】
 人により「薄羽の使者達」と呼ぶ。
 全ての「たがう者」に仕える従属。人間に対しては無関心に近い。

 ナギャダではその姿をよく見かける。外から来た只人ただびと達は天使達を「化け物」と言う。たかが人間の戯れ言ざ ごと。天使に届くことはない。

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(投稿:2018.10.24)
(加筆修正:2021.03.02)

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