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 あれは目だ。爛々らんらんと輝き、夜になれば現れるから「月」だと思い込んでいた。ああしかし、月である事には変わらないのか。空にあって、輝いている。違う事と言ったら「こっちを見ている」事。
 クォコズに言ったら「何言ってんだ。月は月だろ」と返された。その通りだ、月はだ。何にも変わらない。ただ私が気付いていなかっただけ。
 そう、何も変わってはいない・・・・・・・・・・
 私は世界の新たな一面を知って、または分かったことで、心が弾んでいた。



 コンスタンティンの謝礼金は中々に高額で、フィリマーリスへ宿賃を支払っても十分に余裕があった。と言っても現状安定した収入源はなく、いずれこの資金も枯渇するだろう。
 また、彼から貰った品は宝石があしらわれたブローチだ。やけに細かな彫り模様もあるが、私はこれを「美しいですね」などと言える感性を持ち合わせていなかった。

「それ実はいわく付きでさ、どうしようか悩んでいたんだ」

 宿に陣取ったコンスタンティンにブローチの事を念のため聞いてみたが、彼は声色を弾ませて答えた。……ふざけるな! 貰っておいてあれこれ言う立場ではないが、コイツ人を在庫処分にあてがいやがったな。あの時もっと物色すればよかった。
 そして使い道のない「いわく付き」の立派なブローチでも買い取りそうなところは、一軒しか思いつかなかった。宿場街で見た骨董屋で換金し、当面の金にしようと思う。売れないよりかはマシ。売れなかったら「屑石」として使わせてもらう。


 宿場街はあれ・・以来、日中の人混みがわずかに空き、大通りのごった返しも通り抜けしやすくなった。大勢の行方不明者のおかげだろう。
 宿屋、商店は相変わらず開いている。外部からの流入は、大きな変化が見られない。そりゃそうだ。昨日の今日で周辺の街や国内外に伝わるはずがない。そもそも伝えるヤツが存在していればの話だが。
 朝の散歩を終えて宿に戻れば、ほぼ同時にやって来たクォコズは残念そうな顔をしている。「仕事にならねえ」とぼやいて、派手な女物の財布を開いた。それは仕事ではないだろう。せっかくだから警官に突き出してやってもいいんだぞ、と軽くおどしてやると「ほら分け前だ兄弟!」と金を押し付けてきた。分かりやすい奴だ。

「骨董屋ぁ? 裏通りの骨董屋の事か?」

 盗品の財布を漁るぐらいしか仕事がなさそうなクォコズに質問する。彼は器用に指先で札を弾きながら、私の問いに答えた。

「まあ古文書とか、よく分からん道具も売ってたりするし。俺達よりかはそっちの知識はあるだろうな。ちょっと金と時間がいるが、古文解読もしてくれるぜ」
「そうだイアラ。断じて俺じゃないが、品のない盗人や、何かやましいモンを売る奴らは大体そこの骨董屋に行く」
「何か無くしたり盗まれたりしたら、一度顔を出してみるのもいいんじゃないか」

 「まぁまぁだな」彼は小銭まで数え終わり、残った財布を暖炉へ放り込んだ。
 「品のない盗人」が誰かは易く想像がつく。しかしそうか、ウラの売買も行われているのか。あの店の位置取りは結構目立つ気がする。ナギャダの特異性故、皆気にしないのだろうか? 私が警察なら喜んで取っちめるぞ。
 ところで「イアラ」ってなんだ?

「将来有望なイル・メ・トーラの事だよ。あんたにピッタリだろ?」

 何が有望だと言うのか。
 人殺し、共食い。血で血を洗う神様化け物祝福呪い。きっとクォコズもそれを分かって、あえて口にしたのだろう。にやけ面を隠そうともしない態度を、殴りたい。……やらないが。

「イアラ、なぁ」

 単語単語が妙に間延びした話し方。ホワラの「音」は丸っこい。
 どこにでもいるクラゲは、波間に漂うがごとく存在を現わした。クォコズは上を向く。

「しかし、『イアラ』か。……まあ、人の子らの決める事。私がのたまう必要もない」

「いつも口挟んでんだろ! 言い含むな話せ、気になるじゃねえか」

「『口』は挟んでおらぬぞ」

 クォコズは「面倒くせぇよクラゲ神!」と叫ぶ。同意する。確かにクラゲは――クラゲが特に『暇』なときは――一々面倒くさい。

クラゲではないと、……はぁああ、そうだなぁ。ん〜
「強いて言えば『イアラ』が意味するところにある。イル・メ・トーラ由来よな。お前達にとっては御伽おとぎ話よ」
「事細かくは言わんぞ? 火の粉を被りたくないのでな」

「あ〜もういい。もういいわ……」

 ホワラが「言わない・答えない・知らない方が良い」と口にする場合、どんなに粘ってもそれから発展することはない。違う者の矜持きょうじ故か、彼らの中の決まりか。
 流石のクォコズも、ホワラが口をつぐんだ御伽話は知らないようだ。目を合わせた時に首を小さく横に振られた。彼が知らないならフィリマーリスも知らないだろう。なら有り得そうなのはこの街の老人達。
 しかめっ面して、あまり口を利かなかった様を思い出す。そもそも「ナギャダ」を語りたがらない、あからさまな態度だ。孫が祖父母に昔話をねだるような光景は無理そうだと感じた。


「知らぬ方が良い。いずれ来る日に、迷わぬように、な」

 さて、ホワラにも一応感情はある。人間と比べ、上っ面ばかりの些細ささいなものだ。その些細な感情、もとい「心」内では心配していた。
 人の子は弱く、もろい。それは彼等の一族周知の事実で、残念なことに「末の子」はそれを利用し「親」を殺そうとしてる。
 ああ可哀かわいそうに。きっとこれも、何も知りえないまま終わるのだろうな。でも「末の子」が良く目を掛けているから、もしかしたら当人が語る事もあるのだろうか?
 何度目か分からない思考を巡らせながら、ホワラは姿を失せた。残った2人は特に言葉を交わす事もなく少し時間を過ごし、各々散って行った。
 人も違う者も、よく似て実に気ままなものである。


――――


 骨董屋は相も変わらず辛気臭い空気をかもし出している。葬式でもやっているのか。
 店主は思っていたほど気難しい人間ではなかった。骨董とは言い難い、最近作られたであろう宝飾ブローチの換金でも、人当たりは至極丁寧である。

「お客さんは運がいい。こいつは希少鉱物が使われている」

 店主はそう言って眼鏡を掛けなおし、手早く勘定を示した。

「『呪い』なんざこの街じゃかすんで見える。大した問題じゃねえよ、心配しなさんな」
「さて値段だが、骨董専門のうちだとこんなもんだな。宝飾屋ならもうちょい高いかもしれんが……」

 示された額は申し分ない。むしろ期待以上だ。着飾る事から縁遠い自分には、宝石の価値など分かるはずもなく、もちろん知識だって持ち合わせていない。興味もないことが余計に拍車をかけている。

 交渉が無事成立して懐に財布をしまい込んでいる時、店主はおもむろに口を開いた。

「一緒に見せてもらった『コイツ』だが、地下街の商人が言っているように工業区に行くべきだな」
「……ってのは一応建前としてだ。俺個人の見解として、コイツは別の覚えがある」

 椅子から立ち上がり店の外を窺うと、静かに扉を閉めた。振り返った表情は難しい。

「単刀直入に言うと、これはオムニス教会にあるものだ」
「……しばらく前の話だ、教会服のヤツが持ち歩いていたのを覚えているよ」

 さらに声を潜めて、囁くように続ける。

「オムニス教会は信者こそ多いが、黒い噂も多いんだよ。ほら、そこの棚に置いてある骨格標本。あれは教会の下っ端が売り付けてきたんだ」

 「どうやれば、あんな醜い生き物が生まれてくるんだ」忌々いまいましそうにしている。
 よくこんなものを買い取ったもんだ。そう言えるぐらい不可思議な骨格標本である。
 改めて見ると猫か、小さめの犬かというぐらいの大きさだが、獣よりかは人間の赤子に近い形状である。「近い」だけであって、人間ですらないだろう。赤子特有の小さな手が6つ、足は4つ。そして眼孔が、妙な位置に3つある。

「不本意さ、下手に断れないから買い取ったんだよ。人さらいになんて遭いたくないだろ?」
「お前さんはいい客だから言うが、……深入りしない方がいい。これは忠告だぞ。お前さんが思っている以上に、ナギャダは恐ろしいところなんだ」






【 骨董屋 】
 宿場街の西裏通りに位置している。禿げ頭の眼鏡を掛けた男が店主。

 古めかしい家具や置物、古文書、奇妙な骨格標本などを売っている。高く買い取るのはやはり骨董品である。

 扱う品に見出すのは、刻まれた歴史と空気。長い歳月を経て、ようやく表れるからこそ好まれる事もあるのだ。

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(投稿:2018.10.15)
(加筆修正:2021.03.02)

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