ある掃除屋

 ミルユリル教会は相変わらずの汚れ具合で、俺からすれば鳥肌が立つ環境だ。上級階区、せめてオムニス教会の清潔さを見習ってほしい。

「今日来た新入りは上物か? 随分と目をかけているじゃないか」

「ふん。貴公には関係ない。無用な詮索せんさくは、しない方が身の為だぞ」

 馬鹿みたいにデカい教会長は、鼻を鳴らして少々機嫌が悪い。まあ、状況からして俺のせいだろう。信徒でもない死肉食らいの掃除屋が目の前にいたら、誰だって不快だろうさ。

「えっへっへっへっ。まあまあ、そう邪険にしなさんなや」
「宿場街におっかないのがいるって、こっちでも噂になってますよ。……睨むなよ。女王が唾つけた奴を、こっちの連中は好き好んで手を出さないさ」

「どうだかな。貴公ら『食』に目がない乞食こじき共の言葉をどう信用すればいい? ……薄汚い疫病持ちの野良犬が」

「それはあんまり、酷い言いぐさじゃないか! 少なくとも俺は、あんた達とそれなりに良好な関係を築いていると思ってたんだが」

「教会としての取引と、掃除屋共に対する評価は全く関係のない事だとも。これが気に入らないなら、二度とその顔を出してくれるな」

 俺は苦笑して、言葉を濁す。なんでコイツ、いつも攻撃的な態度なんだろう。これで商業家ってのが信じられない。

 正直、教会との取引は甘い蜜だ。止めることはできない。他にオムニス教会もあるが、あそこはあまり通いたくない。あそこは素質がある奴を、有無を言わさず拘束する。ならミルユリルの方が余程対応がいい。こっちはとりあえず、女王に供物を提供すれば「一定の身の安全」が確保される。……保証はないが。
 取引を止めたくない理由はそれだけじゃない。ミルユリルは比較的「上質な死肉」が手に入る。鳥、鹿や牛、羊、犬、猫等々。色々試したがイル・メ・トーラの死肉は特に旨い。供物の提供者はある程度精錬しているから、なお更良い。

 溜息を吐いて今回の分を机に置く。彼は「野良犬」との手渡しは嫌いだと言っていたからだ。

「とりあえず今回の分だ、置いとくぞ」

「……ん? どういうことだ、これは私を愚弄ぐろうしているのか?」

「違う違う! 断じてそんなことはない。仕方ないだろう、最近恐ろしい魔物がうろついているんだ。知らないか?」

勿論もちろん知っている。だが、あれがどうしたと言うのだ? あれを理由に手を抜くとは恥知らずな」

「待ってくれよ。アンタは平気かもしれないが、俺はそれ程強くない。裏をかいても勝てやしないんだ」

 エフモントは肩をすくめている。本当に化け物め。魔物と真っ向から戦う気のある奴なんて、お前くらいしかいないっての。

「今回は、妥協だきょうしてやる。だが次はない。いつもと同じように、いつものように事をこなせ。でなければ貢物みつぎものになってもらう」

 無理難題を課す教会長だ。競争相手も多いというのに「魔物を意に介するな」だと。ああ溜息が出る。でも、ミルユリルのとこの死肉は絶対に欲しいし……。

「何度来ようとも、やはり野良犬か」

 ぼそっと囁かれた言葉に、俺は聞こえないふりをした。

- 27 / 27 -

List

(投稿:2018.11.23)
(加筆修正:2018.11.23)

Work  HOME