二つ目の理由。新聞記者であるステンタフは、鼻が効いた。中央街で怪しい集会が開かれていると聞き、果敢にも潜入してきたのだ。口の上手さと狡猾こうかつさは天下一品と評価される彼が、何食わぬ顔で堂々といるものだから、逆に怪しまれることは全くなかった。
 集会ではある女性(中々に美人である)が、説法をしていた。繰り返し「女王」の単語が出てきた。恐らくアヴァランギスタ教会のような「魔物」の事ではないかと推測される。なにせ王制など、ナギャダでは滅んだ古い存在。誰もその血統がいるとは思ってはいない。

「ああぁ、我らの女王よ! 哀れな子供らに、その愛撫あいぶを与えて下さいませ」

 突然声高らかに女性が言う。すると背中辺りがぞわぞわと、何かにまさぐられたような感覚がした。思わず振り返ろうとしたが、背中は壁に預けてある。誰かが手を入れる隙間は少しも無い。ステンタフは嫌悪感しか抱かなかったが、周囲の者は感動や快楽の息を吐いている。

「おいアンタ。どうだった? 女王は感じられたかね?」

「あ。お、おう。ちょっと驚いたが、分かったよ」

「ああそうか。見ない顔だと思ったら童貞・・だったか。ならこれから女王の為に精進することだ」

 「童貞」と言われて一瞬頭に血が上ったが、この集会では実際とは別の意味合いらしい。しかし、この男の言葉には悪意を含んだトゲを感じる。

 リーダー格であろう女性は、周囲から口々に「ミルユリル様」と呼ばれている。この美女が誘惑的な声掛けを行い、魔物が実際にその存在を示す事で、信者を確実に増やしているのだろう。

 そうこうしているうちに「どこの誰を食べた」「あそこには良いイル・メ・トーラがいる」「従者が増えた。戦いが厳しい」と、報告を上げている。中には麻袋から人を引っ張り出して、「どうぞお納めください」とうやうやしく差し出していた。
 自分の目と耳を疑った。これはどういうことだ。ミルユリルの取り巻きは、人間を食っているのか?

「見ていろ新人。今日はミルユリル様が、『ここで』食事をされるぞ」

 途端ミルユリルは化け物へと変貌へんぼうした。トカゲのような黒々とした表皮と、まばらにある鮮烈な赤が目に痛い。彼女の前へ置かれた男は、なんと生きているではないか! 猿ぐつわをされて、くぐもった声しか鳴らない。開かれた目は助けを求めて泳いでいる。彼は芋虫のように体を動かすが、あっけなく喉元を食い千切られた。

「おいおい大丈夫かお嬢さん・・・・? 可哀そうに、アンタは前戯・・が必要だったな」

 ステンタフはおえっ、とその場で嘔吐していた。下品に例えられた文言に対して、言い返してやれる余裕はなかった。彼が「悔しい」と「コイツ等は屑だ」心底思ったのはこれが初めてであった。


――――


 話は酒場に戻る。ただでさえ目つきの悪いヤガタは、ステンタフが言った言葉でさらに鋭くなっていた。

「間違いないんだな?」

「本当ですって。自分の頭も疑いましたし、見間違いじゃ話にならないんでね。何度か潜って、この目でしっかり見てきましたよ。……あんなこと、もう御免願いたいですね」

 ステンタフは両手を前にして左右に小さく動かした。ネペンテスが大げさな手振りをしながら、茶々を入れる。

あの連続殺人犯・・・・・・・らしいミルユリルって女が、先導して人間を襲っている。しかも『正体は化け物で、人間を食っている』って? 冗談だろ相棒」

 その言葉に対しステンタフは呆れ顔で、さらにネペンテスへ指を向けながら、強い口調で言い返した。

「俺の見た奴がそうじゃなかったら、……お前が、この前の夜に、見たっていう『黒い化け物』はどうなる? 怯えて漏らした話がホラ話だった、ってだけになるが、いいのかな?」

「おい娼婦の息子この糞野郎、余計な事足してんじゃねえぞ! それに『化け物』の事は嘘じゃねぇって何度も――」

 ヤガタがコップを盛大に置く。酒場内は水を打ったように静かになった。

「何のために声かけて集めたと思っているんだよ。……二人とも、仲良くしてくれや」

 ヤガタの静かな剣幕にすっかり大人しくなる二人。他の客達に対し「いや皆さんすまなかった。こちらのことは気にせず続けてくれ」と、彼は貼り付けたような笑顔で言っている。が、向き直った表情は、それだけで人を殺せそうな悪さである。

「時間が惜しいんだ。今月だって何人やられた? 先にステンタフが言っていたよな、もう十三人だぞ」
「このまま好きにやらせるつもりはない。かと言って、俺達だけであの狂信者を相手にするには無理がある。……警察共はどうせ役に立たないから論外だ」

 ネペンテスは唸り声を上げる。

「ミルユリルを孤立させるのかぁ? 取り巻きがいるんだろ? おびき出すにも囮になりそうなのは……分からねぇ、ステンタフはどうだ?」

「もう少し頭鍛えろって。……そうだな、撒き餌を散らすってのはどうです?」

 ネペンテスは理解が及んでいなかったが、ヤガタが続けろとステンタフに先を急かした。

「取り巻きは間違いなくそれに食いつくでしょう。本命は離れたところから様子を窺って、安心したら寄ってくる」
「ネペンテスが遭遇した時もそだったが、本命が外で食事をする際、何でか知らないが基本的に単独行動している。狙いどころは『そこ』しかないでしょう」

 至って真面目に話すステンタフ。古い友人達にはからかったり冗談は言うが、嘘はつかないのが彼の信条だった。ネペンテスもそれを分かっていて、――話の内容はよく理解していなかったが、口を出さずに聞いている。
 そしてヤガタは彼らが「最も信用に足る」と考えて、故に抱いた疑問を素直に出した。

「その『撒き餌』はどうする? 奴らの為に、殺しをするほどお人好しじゃないが」

「それなら俺がやります」

 ステンタフは当然の如く答える。ネペンテスは驚いて「おいおい、何言っているんだよ」と友人を心配した。

「別に本当に『餌』になる訳じゃないさ。要は奴らが食いつくネタをチラつかせてやればいい」
「俺は『ミルユリルの同士』って思われている。幸いにも何人か顔見知りもできているし、利用してやりますよ」

 ステンタフは本気だった。普段の彼なら「そんな危険すぎる事は願い下げだ」と言うだろう。少々強引に出るのは、二人の仇討ち・・・・・・と考えていい。彼らは口には出さないが、ネペンテスの恋人や、ヤガタの親族がすでに被害に遭っている。天涯孤独であるステンタフにとって、二人が隠れて嘆き悲しむ様子は身にこたえた。

 もし彼らが死んでしまったら――

 自分にとってそれは地獄に放り出されたのも同じだった。

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(投稿:2018.07.16)
(加筆修正:2018.07.16)

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