一目惚れ


私は一目惚れをした。

しかしながらこれは、恋の話では無い。何せ私は生まれてこのかた人を好きになるという感情が欠落しているらしい。
同級生がアイドルに黄色い声をあげて、雑誌を広げていても、興味が湧くこともなく、顔の整った人が同じクラスになっても、私の中ではそれは単なる"人"でしか無くて、人として好ましい人になることはあっても、色恋沙汰に発展した試しはない。

"キャーキャー言わないから"
そんな理由で楽さを求めて避難所の様な扱いをされた事もあった。いつの間にか男子側に恋心が芽生えてややこしい事態になりかけ大変な目にあったことを記憶している。そういった感情を向けられる事があっても、私の方に恋心が生まれることはなかった。


では、私は何に一目惚れをしてしまったのか。
それは、高校の部活のメンバーと出かけた先での事だった。
私が所属していたのは生物部。
特段生物に興味があったわけでは無い。
ただ"興味を持った事を調べる事"が趣味の私には都合が良かった。そんな簡単な理由だった。

その部活で訪れたのは一軒の画廊。企画展が開かれるとかで部の活動内容とはかけ離れていたが、誰かがこじつけな理由を付けて、生物部の活動として見に行く事が決まったのだった。
その画廊は大正時代の家がほぼそのまま残されており、室内も当時の調度品が揃う、博物館より博物館だと、この街でちょっと有名な場所なのだが、正直、学生には敷居が高くて何か理由が無くては気軽に立ち寄れる様な場所ではなかった。

そこで出会ってしまった。

私は一枚の絵に惚れたのだ。
あの巷(ちまた)で有名な山本愈史郎の『珠世』シリーズでは無く、青空を背景に青い彼岸花の揺れる名前も聞いたことのない画家の絵。

私の足はピタッとその絵の前で止まって、ただ古時計が時を刻む音だけがいくつも聞こえていた。この部屋に掛け時計は一つしかないはずなのにとても不思議である。

「桜さん。大丈夫ですか?」
「…………?」

どれくらいそこで立ち止まっていたのかは分からない。ただ、呼びかけと一緒に肩を叩かれた事で、やっと隣に嘴平青葉先輩が居たことに気づいたものの、心配されている理由がよくわからない。

彼が慌てて差し出したハンカチはしわが寄っていて、これじゃ駄目だと引っ込めると、ティッシュを一枚引き出して青葉は桜に差し出し直した。
「涙が、、出てます」
「……ぁれ?なぜでしょう?」

「分かりませんけど……綺麗な絵ですね」
「青葉先輩。でも彼岸花に青い花は」
「無いです。発表されてる限りは。ですけど」

植物学者を目指している青葉は植物の事は知識が豊富である。歩く植物辞典と専ら言われていたりする。

不思議で魅力的なその絵を、桜と青葉の二人は無言のまま揃って見上げていた。


「こんにちは。」

「「??!!!」」
突然現れた女性に、青葉と桜は盛大に驚き、肩を揺らした。
「あらごめんなさい。驚かすつもりは無かったのよ」
許してね。と笑う女性は親くらいの歳だとは思うのだが、可愛らしさも残るそんな雰囲気だった。
「珍しいお客様にテンション上がっちゃって。
 わたくし、こちらの画廊の主人をしております
 佐斐(さい)と申します。いい絵でしょう?」

画廊の主人佐斐は、お祖父さんからこの画廊を引き継いだそうで、青い彼岸花の絵は元々この洋館に住んでいた女性が気に入った品だった為、ずっと売らずに此処に展示し続けている物だと教えてくれた。

「因みに、その女性は青い彼岸花を見る事ができた
 そうですよ」
「え?…だって…」
「確かに、存在しないとされています
 でも、祖父が自分の事のように嬉しかったと
 話していたので、事実かと思います」


ーーーーーー

部活の一環と謳った今回の"あの画廊訪問"だったが、部員はそれぞれ帰路につき、最終的に画廊からの帰り道は、桜と青葉の2人となっていた。

興味スイッチの入った桜は佐斐に青い彼岸花の絵のことだけでなく、それを描いた画家や、売らない事を決めた要因の女性の事も聞こうとした。
しかし、佐斐自体も今まで聞かれる様な話ではなかった事もあって、詳しい事は知らず、何か分かったら連絡をくれるということで纏った。
学生で、絵が買えるわけでも無いのに、相手をしてくれるなんて、頭が下がる思いがする。

「先輩。青い彼岸花。あるんですよね。
 …私、見たいです。」
「確証はない、ほぼ不可能な話でも?」
「植物学者を目指しているはずの先輩が言う事ですか?
 わくわくしませんか?知らない答えを見つける事は?」
困ったように。でも、「仕方ないですね」と青葉は笑った。



あの日の"一目惚れ"は凄い力を持って、私のぼんやりとした日常は色を変えていったのだと思います。

それが後に私の欠けたものを見つける事に繋がっていくとはその時はまだ知り様がありませんでした。
 


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