一目惚れ2
「知っていますか?医者要らずと言われる
林檎ですが、禁忌の食べ物だったんですよ。
りんごは知恵の実なんだそうです。
りんごを食べたアダムとイヴは楽園を追放されて…」
「桜ちゃん、お昼の時間はちゃんとご飯を食べなきゃ
午後の講義でお腹が鳴って恥ずかしくなっちゃうわ」
ここは桜が通う大学の食堂である。
誰でも知っている様な薄い知識を、まるで大きな発見をしたかの様に話す。知識欲が行き詰まった時にする桜の平常心を保つささやかな遊びだった。勿論薄っぺらい内容だと自分で分かっているため、気の知れた人にしかしない。
因みにアダムとイヴが食べた「禁断の果実」は、リンゴと解釈されているだけでリンゴと明記されているわけでは無かったりする。
目の前に座る、ピンク色の髪を左右と後ろで三つ編みに結う可愛らしい女性は、目の前に並ぶ学食のセットメニューの皿から唐揚げを箸で掴むと、桜の口に差し出してきた。
有り難く唐揚げを頬張り、もぐもぐと食べる事に切り替えると、女性は満足そうに次のお盆の料理を食べ始める。
"次のお盆"……そう。彼女の目の前には学食のセットメニューが3つならんでいるのだ。勿論学生食堂であるから、単品でもそれなりの量がある。それでもセットメニューが並ぶのだから彼女の食欲はかなりなものだ。一方本日の桜は、魚の煮付け定食と言った様に和食の気分。
「今日はあの定食屋さん定休日でしたね。」
「そうなの。あそこなら気にせずに大盛りも頼めるし…」
言葉を切ったその顔がみるみる真っ赤に染まった。
「若店主さん、素敵な方ですものねー。
気にせず食べられる様に、他のお客さんからは
死角になる様な席を用意してくれたり、
蜜璃さんには明らかに優しいです…
……?何か進展でもあったのですか?」
「しっ!進展だなんて、そんな事っ!!」
ますます"カーッ"っと赤くなり、頭の上から湯気が上がり始めるものだから、こちらまでなんだから恥ずかしくなってしまって、それ以上の事を聞き出そうとすることをやめてしまった。
「恋ですねぇ」
「そういう桜ちゃんは、好きな人は居ないのかしら?」
「…そうですねぇ…
私は一途なので、やっぱり
青い彼岸花ですかね」
「それは恋のお話じゃないわ」
「恋?……恋…?
私は自分の好奇心、探究心に恋しています。」
少し語弊がある様な気はする。しかし、レポートや論文なら訂正しなければいけないのだろうが、お昼休みの他愛のない話なので、難しく考える事は辞めてしまう。
「青い彼岸花は高校の頃から調べているのよね?」
「そうですよ。一緒に研究してたはずなのに
青葉先輩が研究室に入ってからは守秘義務とか
しがらみが出てきてしまって、余計に時間ばかりが
掛かっている様な気がします。
でも研究費用とかいろいろあるらしいので離れる
訳にも行かなくて…悩ましいところです。」
「じゃあ、いずれ桜ちゃんは同じ研究室に…」
「それは嫌です。…あくまでも私は私の好奇心を
満たしたいだけで、植物学者になりたい訳では
ありませんから。」
ヴーーヴーーヴーー
スマホの震える音がして、話を遮る事を申し訳ないと思いながらも、蜜璃に断って新着のメールを確認する。
ーーやっと見つかった。
「良いことでもあったのかしら?」
「画廊の持ち主だった女性が作った診療所の場所が
分かったそうです!
過疎化が進んで近々取り壊される診療所らしいです」
画廊が女性から佐斐の祖父に売られた後の記録は残っていても、女性の行き先などは見つかっていなかった。戦争なども間に挟んでしまったため、役所などでも記録は欠落して、唯一病院を開業したという事だけが手掛かりだったが、
これについても、当時は病院として開業したのかもしれないが、病院と診療所の規定が明確になり、診療所として分類されていた事も発見を困難にしていたらしい。
今度は蜜璃と桜、両方のスマホからアラームが鳴り、次の講義に移動を促し始めた。ご飯は食べ終えていた為焦ることは無いが、この憩いの時間が終わってしまった事には溜息一つつきたくなる。
「続きはまた明日ですね」
専攻が違う蜜璃とはほとんど講義が被ることはない。しかし、こうして一緒にご飯を食べる時間は楽しくて、短い時間ながら一緒に過ごす事が多かった。
食堂を出て、受講している講義が違う為、桜と蜜璃はそれぞれの講堂へ向かっていく。
また一つ、スマホが震えたと思うとメールが届いている。中を見てその内容に、桜のテンションは回復した。
ーーーーーー
「もし、ご覧になって欲しい物があれば、
お譲りしますのでまたおっしゃってくださいね。
引き取り手が無ければ処分してしまう物
ばかりですので」
「…あ、ありがとうございます…」
早速アポを取り、大学が午前中に終わる日に知らせにあった病院に向かうと、女性に関する物が段ボール数箱に纏められていた。
生涯独身だった彼女にとってはこの病院が自体が終の住処だったそうだ。彼女の意志を継いで何人かの医者が今の時代までこの診療所を繋いできたようだが、過疎化という時代の流れにはどうしようもなかったらしい。
ーー昔は子供の声があふれたこの場所で、
彼女は何を思っていたのだろう、、
通された部屋には大きな窓があり、外は広めの広場があった。数十年前までは向かい側に保育園があったという話だったが、その建物は見る影もなく戸建ての家が二、三軒建つだけである。
桜は窓から段ボールの中へ視線を移すと、彼女の書いたという手記に手を伸ばした。
主に産科と小児科を診ていたらしい女性の手記は謂わば子供たちの成長記録の様で、微笑ましい内容がたくさん並んでいた。
「…まただ。」
しかしその中に何度も同じ名前が出て来ていた。
小児科であるから子供達の名前は代わる代わるであるはずなのに、読み進め、10年を超えてもその名前は幾度となく登場する。それは医者を辞めた後にも続き、最終的にはその名前ばかり出てくるようになった。
しかも、扱いが明らかに人とは違っている。
ーーこの人は、妖怪が見える人だったとか?
《今日も空喜さんは子供達と一緒に広場を
飛び回っています》
《哀絶さんは今日、ヤキモチ焼さんでした》
《悪戯を思い付かせてしまう可楽さんには
文句の一つでも言いたくなります》
《まさか子ども達に無理し過ぎと怒られる
事になるとは思いませんでした。
可愛らしい子供達の後ろから不機嫌な雰囲気が
漂って来て、怖かったです》
「空喜、、哀絶、、可楽、、積怒、、」
口に出すと何故か胸の奥が騒めく。
《訃報が届きました。これで痣の出た鬼殺隊の方は
皆、亡くなってしまった事になります》
「鬼殺隊、痣、、?」
《産屋敷さんが鬼殺隊の記録と一緒に、鬼の記録も
残してはどうかと心遣いを頂きました。
でも、丁重にお断りいたしました。
だって、万人に向けられた優しさではないのだから
理解されない話です。》
「産屋敷?……あの有名な長寿のお爺ちゃんかしら?」
いつのまにか子ども達の成長記録は、四つの名前への言葉で溢れるようになっていく。
《子ども達の感情の移り変わりに姿を見せてくれるのに
四鬼さん達に私の姿は、何年経っても
見えるようにはならないですね…》
ぽた、ぽた、ぽた…
ふいに涙が手記に落ちて慌ててティッシュを押し当てた。
ーー姿が見えても、こちらを認識して貰えない
というのは、どれだけ寂しい事だろうか…
《見つけてもらう事ばかり願っていてはいけませんね》
《今度は私が頑張らなければいけないはずです
だから、待っていて下さいね》
「・・・・・・・・・」
胸の奥でざわざわが止まらない。
この気持ちをどう言い表せばしっくりくるのか分からない。でも、ぽっかりと空いた足りない何かを探さなくてはいけないような気がして、読み直すために、もう一度手記の1冊目に手を伸ばした。
しかしその手は手記に届く前に、室外から凄い勢いで近づいてくる足音によって動きをやめ、代わりに呆れの混じった溜息が流れ出ていた。
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